第8話 商業区

「ねーねー、シャルルー。詠唱しなくていいやつ教えてよー」


 今日も三人で的当ての修行をしていると、イズリーは僕にいつもの質問を投げかけてきた。


 三か月程前にトークディアの昔話を聞いてから、イズリーは僕を『コウモリ』とも『おにぎりもん』とも呼ばなくなった。

 物腰も少し柔らかくなったが、一日に一回は『死ね』もしくは『ぶっ殺すぞ』という罵言を頂戴していた。


 対して、ハティナは直接僕を嫌っている様子は見せないが、今でも僕のことをコウモリくんと呼ぶ。

 

 ……別にいいもん。

 ……気にしてないもん。


「だから、沈黙は銀 サイレンスシルバーってスキルがないと無理だと思うよ」


 この会話は何回目だろうか。

 イズリーは何度も何度も同じ質問を僕に投げかけた。

 それに対して僕は毎回同じ答えを返す。


「あたしもスキル欲しいよー! 何でシャルルはそんなにたくさんスキル持ってるのー?」


 イズリーは悔しそうにぴょんぴょん跳ねる。その度に値段の張りそうなスカートの裾が彼女の足首のあたりで揺れている。


 答えは僕のジョブが魔王だから──それ以前に『神』に下駄を履かせてもらったから──だがそれを言っても納得はしないだろう。

 そもそも僕が魔王のジョブを持つ事実を無闇に口外することはトークディアに禁じられていた。


 そんな会話をしながら、僕とイズリーとハティナは練兵場の的めがけて教わった初級魔法を撃ち込んでいる。


 僕は相変わらず火弾スター を。

 イズリーは石礫ストーン

 ハティナは風属性の微風ゼファー だ。この魔法は小さな風の刃を放出する魔法だが、ハティナはこの魔法を教わって一発目で的に当てた。


 ハティナはどうやら魔法の才に富んでいるらしい。

 彼女が土系統の石礫ストーン も同じように的に当てているのを見て、未だに的に当てることが出来ていないイズリーが一日中ぐずる結果になった。


「もー! 当たらない! つまんない! 死ねっ!」


 何度か三人で的当てをしてるうちに、イズリーが今日もぐずり始めた。

 僕とハティナは放つ魔法のほとんどを的に当てることが出来ていたが、イズリーの石礫ストーン は何度やっても空に向かって飛んでいき、そしてお星様になる。


 威力だけはすごいんだ。

 威力だけは。


「ちゃんと練習してれば当たるようになるよ。僕も最初は当たらなかったし」


「ハティナは一回で当てた!」


 イズリーはすでに涙目だ。綺麗な金色の瞳に涙を溜め、小さなほっぺを赤くして膨らませている。


「……イズリー、魔法を的に当てるのは簡単。……まず的を見て……狙って……撃つ」


 見かねたハティナがイズリーにアドバイスをするが、それが出来れば苦労しないのだ。 


 その間も彼女はイズリーの方を見ながら微風ゼファー をきっちりと的に当てている。


「ああー! あたしには才能がないんだー! でもいいもん。あたし筆頭魔導師になるのやめたの」


「……」


 ハティナは怪訝そうな目でイズリーを見る。その間も微風ゼファー を的に当てながら。


「あたし、将来はエリファス様みたいな立派な魔導師になって、親友の為にこの国を裏切るの」


 何言ってんだこいつ。

 頭、大丈夫か?

 憧れのベクトルが色々と間違っている。


「……イズリーが裏切ってもその石礫ストーン じゃ味方に当たるから余計迷惑になる」


 ハティナはイズリーの石礫ストーン を 揶揄して言う。確かに内通したはずの魔導師がガンガン魔法を当ててきたら相当混乱しそうだ。


「僕の父も祖父も同じような修行をしたって老師が言ってたよ。それこそ老師も。だから多分、大切な事なんだと思う」


 そうは言ったが、いわゆる反復練習だ。

 いつまでもこればかりでは飽きがくるのはとても理解できる。

 僕はこれを五年もやっているが。


「ふーん。あ、そうだ! 街に行かない?」


 イズリーの脳内はどういう思考回路をしているのか、そんなことを唐突に言う。


 完全に僕の話は聞いていなかったな。


 「老師から勝手に王城を出るのは駄目って言われてるから──」


 街とは王都内の南に位置する商業区のことだ。

 街に興味はあるが、禁を破る程ではない。

 それにスラム街なんかは王都内でも治安がすこぶる悪いらしい。

 そんなとこに迷い込んでトラブルになるのは御免だ。


「大丈夫だって! あたし達は何回もお屋敷抜け出して街に行ってるんだよ! ね? シャルルも行こう!」


 そう言う問題じゃないんだが、イズリーにこの手の常識は通じた試しがない。

 助けを求めるつもりでハティナを見ると、彼女は多重起動と呼ばれる同じ魔法を一度の詠唱で複数放つ高等技術で二つの微風ゼファー を撃ち、両方とも正確に的に当ててからイズリーに向き直った。


「……確かに、少し飽きてきた。それに、わたし達にこの修行は向いてない」


「え、待ってよ。まさかハティナまで街に行く気? 老師に怒られるよ!」


「……その通り。……怒られて済むならわたしは遊ぶ」


「ハティナ、早く行こう! シャルルも行くってさ!」


 この双子は全く逆の性格なので本当に双子なのか疑っていたが今、確信した。

 ハティナは間違いなくイズリーの姉だ。

 そしてイズリーの中では僕も行くことが決定事項であるらしい。



 王都の中心に位置する王城から南に進むと商業区が広がっている。国内のみならず隣国から商人が集めてくる食料や、ギルドに所属する傭兵が狩った魔物の素材なんかを多くの商人が売買している。


 街は多いに賑わっていた。


 誠に不本意ながら僕は禁を犯してついてきてしまっていた。

 しかしながら商業区に来るのは初めてなので新たな発見がたくさんある。

 立派な建物の高級店から小さな店、はたまた茣蓙を敷いて商品を並べただけの露店まで多くの店がひしめき合っている。


 『神』の言うように、文明のレベルは高くない。

 地球で言えば中世くらいだろうか。

 あまり中世には詳しくないが。

 前の世界の中世といっても千年くらいの期間があるらしいし、この世界には魔法の存在もある。

 前提条件が違いすぎるのだ。

 二つを比較するのはナンセンスだろうな。


 勝手に出てきてしまったが、トークディアは普段、僕達に課した修行を見ることはほとんどない。宮廷での仕事が忙しいのだろう。仕事の合間に覗きにきてはアドバイスをしてくれていた。

 なのですぐにバレることは無いと思うが、それでも心配は心配だ。


「シャルルー! 見て見て! 魔物の素材が売ってるよ! ハティナ、これ何?」


 僕の先を歩く双子が何か見つけたらしい。


「……これはホーンベアーの角」


「ほーんべあー?」


「……角の生えた熊の魔物。……傭兵ギルドに入ったばかりの人が何人も犠牲になってる……この魔物を狩れると、傭兵として一人前と認められるらしい」


 イズリーは店先ではしゃぎ、ハティナがイズリーに相変わらずの仏頂面で解説して、いつも手に持つ大きな本をめくってホーンベアーについて書かれたページをイズリーに見せていた。


「おー。ほーんべあー。強そーだねえ。そーだ! あたし、魔導師じゃなくて──」


「……イズリーは人間だからホーンベアーにはなれない」


「──ええー。じゃー魔導師でいーや」


 そんなアホな会話を聞きながら双子と一緒に商業区を練り歩く。

 すると、イズリーが露天商の売る木製の人形に目を付けた。


「シャルル! 人形だよ! アレやってよ!」


 イズリーの言うアレとは偶像操作 ドールプレイのことだろう。

 一度、イズリーに熊のぬいぐるみを操るのを見せたところ、大層お気に召したらしい。


「売り物だから無理だよ。壊しちゃったらお金も持ってないし。それにそろそろ帰らないと老師が戻ってくるよ」


「えーっ! あたし、まだ帰りたくない!」


 日は傾きつつある。

 トークディアが戻ってくるのは日が沈んでからだ。

 だが、それまであまり時間はないだろう。


「……コウモリくん。……それは正しい。……イズリー、そろそろ帰ろう」


「うーん。ハティナが言うなら……うーん。……わかったよ。そーだ! あたし近道知ってる! こっち!」


 一瞬だけしょんぼりとしたイズリーはすぐに持ち前の切り替えの早さでスタコラと路地裏に走っていく。


 イズリーは魔法の精度は苦手だが、運動神経は三人の中でも一番だ。

 僕とハティナはイズリーを見失わないように追いかけた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る