第7話 裏切り者

「ハティナもやろーよ! 誰が先に的をぶっ壊せるか!」


「……わたしはいい。……筆頭にはイズリーがなればいい」


「えー。つまんないなー。まあいいや! コウモリから先にやっていいよ!」


 イズリーとハティナは僕を置き去りにわいわいと騒いでいる。

 いや、主にイズリーが一方的に騒いでいる。


 あの的は魔法練習用の的で火弾スター のような下級魔法じゃ傷一つ付かない。

 一度、トークディアが手本として中級土魔法を的に当てるのを見たがそれでも壊れることはなかった。

 おそらく勝負は付かないから、かえって都合が良いかもしれない。


「じゃあ、僕から先にやるね」


「早くーっ! ぶっ殺すぞ!」


 心の底から楽しそうな笑顔で金髪少女は辛辣なセリフを吐く。

 

 ……こえーよ。


 そう思いながらも僕は的に向かって火弾スター を撃ち込む。

 この五年、何千回と練習してきた。

 最初は難しかったが、今では的に当てるくらいは造作もない。なるべく威力を上げて魔法を放つ。


 火の粉が爆ぜるような音と共に火の玉が的に向かい直撃する。火焔が弾けて辺りに熱を撒き散らす。

 しかし案の定、的は無傷のまま残った。


「おーっ! 火魔法だーっ! コウモリは雷が得意って聞いてたけど火魔法も使えるの!?」


 グリムリープ家は代々、雷の系統を得意とする魔導師が多い。

 イズリーが言っているのはそのことだろう。

 彼女は相当に魔法が好きらしい。

 僕の火弾スター を見てぴょんぴょん跳ねながら興奮している。


「次はあたしの番だね。見てろよー! イズリーが詠う。弾ける指弾が巌を穿つ。起動、石礫ストーン !」


 そう大声で唱えたイズリーの指先に地面から砂埃が集まり、ちいさな石ころのような形を形成して勢いよくその指先から放たれる。

 

 しかし、イズリーが放った石礫ストーン は大きなカーブを描いて青空に消えていく。


 僕も初めて火弾スター を使用した時、的から外れることが多かった。


 さすがにお空に飛んで星になるようなことはなかったが。

 魔法とスキルには熟練度が重要なファクターとなる。熟練度が低いと威力や精度が著しく落ちる。

 

 僕のスキルの一つである簒奪の魔導アルセーヌ なら相手から熟練度ごとスキルをぶっこ抜ける。

 ただ、師匠のトークディアは僕の簒奪の魔導アルセーヌ を禁術に指定して、その使用を認めていない。

 確かに王城の魔法使いのスキルを片っ端から奪っていっては王城にはスキルの使えない魔法使いばかりになってしまう。


 禁術として使用を制限するのは当然の措置と言えた。


「あれー⁉︎ なんでー⁉︎」


「……イズリーの負け」


 空に星となって消えた石礫ストーン を見上げ、悔しそうに地団駄を踏むイズリーに、冷静にハティナが敗北を告げる。


「負けてないよ! コウモリだってまだ的壊せてないもん!」


「……そもそもイズリーの魔法は的に当たってない。……それに詠唱は大声で唱えると相手にバレるから小さな声でってお母様が言ってた」


「そ、そーだった! 忘れてた! コソコソ言わないと! ……あれれ? コウモリは詠唱してたっけ?」


「……コウモリくんは詠唱してなかった」


「えーっ! ずるい! なんで詠唱してないの? なんでなんで?」


「僕は詠唱しなくても魔法が使えるスキルを持ってるんだよ」

 

「……そんなスキル、本には書いてない」


「僕が持つまで未発見のスキルだったらしいから」

 

「ズルイ! 今のなし! 死ねコウモリ!」


 だから何故、僕が死ぬことに……。

 イズリーは顔を真っ赤にして喚き散らす。今にも泣き出しそうだ。


「ほほほ、すまぬな坊。イズリーよ、シャルルはお前達より早く儂に弟子入りしておる。お前達からすれば兄弟子じゃ。敬意を持たぬか」


 いつからそこにいたのか、トークディアがイズリーを嗜めた。


 トークディアに気付いたイズリーはパッと顔を笑顔にして「爺さま! こんにちは!」と挨拶をした。まるでさっきの勝負は頭からスポッと抜けたような切り替えの速さだ。

 

 不思議とそこに計算高さや嫌らしさは感じられない。


 本気でアホの子なんだろう。


「マーニャが言ってた! コウモリのれんちゅーは『おにぎりもん』だって!」


「……イズリー、その話は他言無用とメイドに言われていた」


「……う、うん。……うん? ……わたし、たごん……むよう? ちゃんとしてるよ! でもでも! コウモリのれんちゅーは『おにぎりもん』で、ぎゃ……えっと。……ハティナ、なんだっけ? ぎゃぐ? ぎゃぐなんとかってマーニャが言ってた!」


「……はぁ。……他言無用とは人に言ってはダメということ。……それから、裏切り者の逆賊だよ」


 困り顔のイズリーにハティナが無表情に一瞬だけ呆れたような色合いを見せ、淡々とした声で教える。


「それだ! うらぎりもんで、ギャグ……族?だって!」


 人の家庭を捕まえてギャグ族とはなんだ。

 そんな、西日本の喜劇に出てきそうな家庭いくら何でも嫌すぎるぞ。


 それを聞いて困った様な顔でしばらく沈黙するトークディア。


「トークディア老師。グリムリープ家が裏切り者とはどういうことなんですか?」


 なぜ、グリムリープ家が裏切り者呼ばわりされるのか。それ自体に関しては不満のようなものはないが、本当にそうならばこれは僕も知らなかった情報だ。出来れば知っておきたい。


「ふむ、では今日は魔導四家の歴史について少し教えるとしようかの」


 そう言ってトークディアは僕達に昔話をして聞かせた。


「かつて、我ら魔導四家は魔導三家だったのじゃよ。レディレッド家の初代、マーリン・レディレッドが宰相として初代国王を擁立してリーズヘヴンを建国した当時はのう。それから百年後のことじゃ。当時から小国であるリーズヘヴンは隣国の大国マルムガルム帝国と同盟関係にあった。しかし、帝国は一方的に同盟を破棄し、王国領に侵攻を始めおった。帝国の兵は強く、王国は敗戦を重ねての。王都の目と鼻の先まで帝国に侵攻されたのじゃ」


「めちゃくちゃピンチだーっ! それでどーしたの? どうなっちゃうの⁉︎」


 イズリーが騒いでいる。それに対してハティナはボーッと空を眺めている。


「帝国軍の兵は精強で、ついには王城の目前に敵軍は布陣した。王都の街壁は強固じゃ。しかし、籠城したとて援軍の見込みはない。王国軍は篭城するか、打って出るかで軍議は揉めに揉めてたそうな」


「帝国軍なんて魔法でパーっとやっつければいーじゃん! ハティナだったらどうする?」


「……私だったら降伏する」


「ええー! 戦わないの⁉︎」


「……大軍相手に街壁を捨てて白兵戦を仕掛けるのは愚策。……でも援軍の見込みがないなら籠城するのも愚策。……王都まで攻め込まれた時点で王国は詰んでる」


 イズリーはともかく、ハティナは相当に頭が切れるらしい。

 双子なのにこんなに正反対なのも珍しい。


「ほほほ、ハティナの言う通りじゃ。どちらを取っても敗戦は目に見えとる。誇りを持って潔く散るか、一縷の望みをかけて時間を稼ぐか。軍議で揉めたのはそこじゃ」


「うおおお! どうなっちゃうの! 王国は!」


 いや、だから何かがあって王国が帝国軍に勝つんだろう。

 じゃなきゃ僕たちは、少なくとも王国民としては生まれていないはずだ。

 

 ──と思っても口には出さない。


「……はぁ」

 

 ハティナは何かを諦めたように溜息を吐いた。


「そんな時じゃ。困り果てた王に当時の筆頭魔導師、アナスタシア・ワンスブルーが全軍総攻撃を進言した。王も遂には覚悟を決めた。王国軍は城門から出て布陣し、帝国軍に一斉に突撃した。その時じゃ。帝国軍の陣地の後方から火の手が上がった。敵の魔導師が帝国軍を裏切ったんじゃ」


「えー! 何で⁉︎ もーすぐ勝てそうじゃん!」


 トークディアはイズリーに微笑んで話を続ける。


「その帝国を裏切った魔導師は元々、アナスタシア・ワンスブルーの親友での。国を越えた付き合いをしとったそうじゃ。親友の祖国との同盟を一方的に裏切った帝国を許せなかったそうじゃ。そうして、帝国軍を裏切った強力な魔導師と挟み撃ちにする形で王国軍は帝国軍を破ったのじゃ」


 そうか。……それで裏切りものか。

 元々、グリムリープは帝国の魔導師だったわけか。

 二百年も前のこととは言え、未だ差別的な見方をされているわけだ。


「やったー! 王国の勝ちだあ!」


 イズリーははしゃいでいるがハティナは僕のことをジッと見てきた。


「坊もハティナも察しが良いな。その時、帝国を裏切り王国を勝利に導いた魔導師が始祖となり、後に魔導四家の一角を成すことになる。グリムリープ家の魔法使い。……エリファス・グリムリープじゃよ」


「すごーい! エリファス様ありがとう!」


「……エリファス・グリムリープが祖国を裏切ったのは事実じゃ。祖国を裏切ることは宮仕えにとっては最大の禁忌とされておる。しかし、そのおかげで王国は今でも健在じゃ。その事実を棚に上げてグリムリープ家を裏切り者と呼ぶ者もおるが、儂はエリファス師が酷い人間じゃとは思わん。むしろ、立場よりも友を。不義より仁義を選べる、立派な偉人じゃと思うのう」


 そう言って、トークディアは僕に微笑みかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る