第5話 未知のスキル

 スキルで熊の人形を浮かして遊んでいる内に、だんだんとコツを掴んできた。どうやらこのスキルは人形の形をしていなくても発動するらしい。

 試しに、先程トークディアの投げた石に意識を集中させると今度は石も動かせるようになった。


「童、その辺にしておけ。神官が来たぞ」


 モルドレイが僕を制止してすぐにトークディアの指示で騎士の一人が神官を連れてきた。


「では神官殿、この子に治癒魔法を掛けて貰えるかの。治癒 ヒール快癒キュア あたりで良いぞ」


 トークディアにそう言われた神官は、「こいつ怪我してないじゃん」みたいな目で僕を見てから、僕に向かって何やら呪文を唱えた後に「治癒ヒール 」と唱えた。


 僕を心地良い柔らかな光が包み込む。


 その瞬間、僕は簒奪の魔導アルセーヌ を起動する。


頭に響くパチンという音。


そして一瞬で理解するスキルの本質。


その瞬間には、僕を包む柔らかな光は僕の身体に吸収された。


 ……遅かった。


 僕がこのスキルの本質を理解し、起動を止めようとした時には、すでに神官の唱えた治癒 ヒールは僕に吸収されてしまっていた。

 このスキルは、少なくとも害意を持った相手以外には使うべきではなかった。


「何が起こった? やはり吸魔 スパンジのようなスキルか? 光が童に吸収された様に見えたが」


 モルドレイはそう言うが、そんな生優しいものではない事が僕にははっきりと解った。


「今のは……。こ、これは吸魔 スパンジなんぞとは本質が違うようじゃぞ。神官殿、もう一度その子に治癒 ヒールを掛けてみるのじゃ」


 トークディアは気付いたみたいだ。

 そう。簒奪の魔導アルセーヌ は魔法から魔力を簒奪するスキルではない。では何を奪うのか?

 

 その答えは──


「な、な、あれ? なぜ?」


 トークディアの指示通り、再び治癒 ヒールを僕に掛けようとした神官が慌てている。


 おそらく、もうこの神官の治癒 ヒールは発動しない。

 簒奪の魔導アルセーヌ の能力は、自身に掛けられたスキルと魔法そのものを術者から奪い取る能力だ。


「ま……さか……奪ったのか。スキルそのものを」


 モルドレイが瞠目する。


「神官殿は確かに体内魔力を込めて治癒 ヒールを使っておる。じゃがそれが発動しないと言う事は、坊にスキルを奪われたのじゃろう」


 それはほとんど正解に近い解答だった。

 正確に言えば、簒奪の魔導アルセーヌ は術者からそのスキルや魔法の『熟練度』を奪う能力。


 つまり、僕に治癒 ヒールを奪われた神官は治癒 ヒールだけに関しては素人になっている。

 替わりに僕はこの神官の熟練度で治癒 ヒールを使えるようになった。


 とんでもない能力だった。

 

「神官殿は一度、休まれるが良かろう。この事は追って沙汰するゆえ」


 そう言って、神官を遠ざけたトークディアはモルドレイに短剣を借り、自分の指先を少しだけ傷付ける。


 トークディアの指先からポタポタと血が流れる。


「坊、奪ったスキルを使ってみるのじゃ」


 そう言って血の流れる指先を僕の眼前に突き出さた。



 そして、僕は治癒 ヒールと念じた。

 見る見る内にトークディアの指先から傷が消える。


「見たか、灰塵の。この子はあの神官からスキルの熟練度を奪ったのよ。同じスキルでも使用者によって癖がある。魔力の込め方、流し方、術の精度、発動時の魔力ロス。この治癒 ヒールは間違いなく、先程の神官のものと同じじゃぞ」


「ぐぬぬ、そんなことが可能なのか? だが……だが、確かにあの神官の治癒 ヒールだ。間違いない。しかし、疑問がある。何故この童は初めて使った己のスキルをここまで十全に使っておる? 本来スキルとは己の内なる鍛錬が顕現したものであろう」

 

「案外、それこそが魔王というジョブの特性の本質やも知れんぞ」


「つまり魔王というジョブ自体には危険がないと?」


「確証はないがのう。しかしながら、そうでなければこの子が生まれて初めて使った簒奪の魔導アルセーヌ が手練れの神官の治癒 ヒールを奪ったことに説明がつかん。先程お主が言ったであろう。内なる鍛錬じゃよ。スキルと魔法の精度と威力はその熟練度に大きく依存しておる。熟練度の高い下位スキルと熟練度の低い上位スキルとでは、ほとんどの場合スキル自体の強さよりも熟練度の高い方に軍配が上がるようにな。」


「……。御老の考えは解った。それで、我が国はこの小さき魔王をどう使うのが正解なのだ」


「そうじゃのう、そこが問題よのう」

 

そんな話をしながら、モルドレイとトークディアはしげしげと僕の顔を見る。


「ま、それよりも最後のスキルの検証が先じゃのう。スキルの名前は至福の暴魔 トリガーハッピー。名前からして凶悪そうなスキルじゃのう」


「童よ。その至福の暴魔 トリガーハッピーとやらが、どのような権能を持つかわからぬか。自分のスキルであろう」


「じつは、すきるをつかうために、あたまのなかでねんじると、そのすきるのつかいかたがなんとなくわかるようになります」


 僕は正直に答えた。

  それを聞いて、合点がいったようにトークディアが手を打つ。


「ふむ、本来であればスキルの呪文と名前だけが頭に浮かぶものじゃ。知らぬスキルは使ってみないとわからぬ。じゃが、坊には沈黙は銀 サイレンスシルバーがある。そのスキルの副次的な効果じゃろう。何しろ本来であれば魔法の発動に必要な詠唱という手順を飛ばす為のスキルじゃ。呪文を知っていても意味がないからのう」


 つまり、沈黙は銀 サイレンスシルバーは詠唱をスキップする機能に加え、発動スキルの本質を理解させてくれる、二つの権能を持つスキルらしい。


「では、至福の暴魔 トリガーハッピーを使ってみるのじゃ。危険を感じたらすぐにやめてよい」


「わかりました」


 僕は早速、至福の暴魔 トリガーハッピーを発動する。

 しかし、パチンという音が響かない。

 スキルが発動しないのだ。さらに沈黙は銀 サイレンスシルバーによるスキル理解も発動しない。


「できないみたいです。なぜでしょう?」


「ほう。できぬか。どう見る? 灰塵の」


「体内魔力が足りぬか、発動条件を満たしていないかであろう。童が嘘をついている可能性もあるがな」


「ほほほ、お主もブレぬのう。嘘はともかく、発動条件を満たしておらんという線は怪しいかのう。例えばカウンターで発動するタイプであれば発動しないことにも説明がつく」


魔導停減 インタラプト鎧纏万金 ハルニッシュの様なタイプか」


「うむ。魔導停減 インタラプトは自動発動型の変質系スキルであるし、鎧纏万金 ハルニッシュも術者の意識外の攻撃に自動反応する防御系のスキルじゃ。二つの共通点は攻撃あるいは状態異常に対して自動で発動することじゃ」


「だが、至福の暴魔 トリガーハッピーというスキル名は明らかに攻撃系統だぞ」


「それじゃよ。つまり、自身の攻撃系統のスキルや魔法に対して自動発動するタイプなのではないか?」


「術の威力を上げるとかか?」


「わからぬ。坊は攻撃魔法は覚えておらぬし、その線もあるの。もしくは、以心伝心テレキャスターのようなスキルのように自分以外の仲間を必要とするか」


「補助系統のスキルの可能性か」


「いずれにしても、現時点では推測の域を出んじゃろう」


「攻撃魔法を覚えさせるか?誰かの魔法を簒奪の魔導アルセーヌ で奪わせてみればどうだ」


「お主が奪われてくれるのか? 先程の神官が治癒 ヒールを奪われたのはスキルの検証時に起きた事故と言えば押し通せるが、次に奪われた者にはそうは言えぬぞ? それに、初級であろうと攻撃魔法を一朝一夕で覚えるのは無理じゃろう」


「ふむ。では保留だな」


「この子は、儂が預かろうと思っておる」


「魔王を弟子に取る気か? しかも、こいつはコウモリの子だぞ。それに不本意ながらレディレッドの血縁の者でもある。それをトークディアの当主が弟子に取るなど……」


「儂はな、灰塵の。この坊はいずれ国の英雄になってもおかしくないと考えておる。小国であるリーズヘヴンは周囲の大国から侮られておろう? いつまた戦火に巻き込まれてもおかしくはない」


「魔王を擁しておれば、望まぬ火の粉を払えると? 逆にいらぬ戦乱を招くやもしれぬぞ?」


「戦になった時に、強力な魔導師がおらぬことの方が問題じゃろう。それに、いつまでも我ら魔導四家で争っていても仕方あるまいて」


「……ふん。異なことを言う。トカゲとコウモリの子をカラスが育てようとはな。それに、四家融和……『震霆の遺志』か」


 モルドレイは神妙な様子で何か考え、僕のことをジッと見て口を開いた。


「ワシは協力はせぬが邪魔もせぬ。……この童は御老の好きにすれば良かろう。さて、検証が終わったのならワシは帰るぞ。魔王なぞ、問答無用に切り捨てようかと思っておったが興が削がれたわ。ただし、震霆の名を使えるのは一度までだ。奴からの恩より国からの恩だ」


「ほほほ。忙しないのう。わかっておるとも。このことは借りにしておこうかのう。」


 その言葉を聞いて深く頷いたモルドレイはその日のうちに自領に帰っていった。

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