第4話 地鳴りと灰塵

 硬いベッドで目が覚める。

 窓もない質素な部屋だ。置いてあるのは木製の机と椅子。粗末なベッドに飲み水の入った水瓶、それから用を足すための壺だけだ。



 昨日、王城に預けられることになってからこの部屋に案内された。


 恐らく、王城でも格式の低い部屋だろう。


 もしくは捕虜や政治犯を軟禁するための部屋だろうか。


 逃げられないように扉には外から鍵がかけられている。


 僕がベッドから起き上がり、備え付けられている椅子を踏み台にして水瓶で顔を洗っていると、カチリと鍵の開く音がした。



「おや、シャルルよ。起きておったか」



 宮廷筆頭魔導師の老人が顔を覗かせた。

 名前はアンガドルフ・トークディア。


「おはようございます。トークディアさま」

 

 ひとまず挨拶するとトークディアは好好爺のように笑顔を見せた。


「ふむ。貴族の子息とは言え聡明な子だ。今日は坊のスキルを調べるぞ。何、心配はいらん。痛いことや苦しいことはない」


「ありがとうございます。トークディアさま。すぐにじゅんびします」


 僕がまだ慣れない言葉で辿々しく答えると、「うむ」と優しい笑顔を見せて部屋から出ていく。


 すぐに着替えて外に出ると、数名の騎士とトークディアが廊下で待っていた。


「では向かおうかの。昨夜はよく眠れたかの?」


 雑談をしながら向かったのは王城の裏手にある練兵場だ。多くの騎士や兵士が朝から訓練をしている。


「筆頭! 待っておったぞ! 久しいな!」


 トークディアに声をかけたのは真紅のローブに身を包む大柄な壮年の男だ。


 僕の母親によく似た燃えるように赤い髪。

 白髪まじりの眉と髭から、相応の年齢であることがわかる。


 眉間の深い皺とその筋肉に包まれた巨体から、歴戦の猛将のような印象を与える。


 首から下げるトカゲの紋章からしてレディレッド家の当主だろう。


 王国の魔導四家の当主は戦場において、それぞれ首から家紋とされる紋章を下げるそうだ。


 父もトークディアも紋章を下げてないのは、今が平時だからというわけだ。


 魔導四家の家紋はそれぞれ異なり、レディレッド家がトカゲ、トークディア家がカラス、グリムリープ家がコウモリ、残りのワンスブルー家がカエルといった具合だ。


 つまり、当主の紋章を首から下げるこの人は僕にとって母方の祖父ということになる。

 名は確かモルドレイ・レディレッド。


 灰塵と呼ばれる大魔導師だ。

 

「おお、これはこれはレディレッド卿ではないか。灰塵殿が健勝そうで何よりじゃ。相変わらず、平時であっても紋章か」


 トークディアが長い白髭をさすりながら挨拶をした。


「ふん。レディレッド卿などと余所余所しい物言いはよせ。紋章はいつ何時でも戦時の心持ちを保つためだ。そんなことより、グリムリープのとこにやった末の娘が魔王を産みおったと聞いてな。昨夜の内にこっちに来た! して、その童が?」


 急に水を向けられて焦ったものの、すぐに挨拶をする。


「おはつにおめにかかります。シャルル・グリム──」


「アンナの息子か。名などよい。どうせ覚える必要などないからな。やはりグリムリープなぞに娘を出すので無かったわ! おかげで余計な手間が増えた」


 レディレッド家には気位が高い人物が多いと聞いたが、ここまであからさまにされるとは思って無かったので軽くショックを受ける。


 僕の記憶にあるお爺ちゃん像は孫好きって感じだったが、この人は違うみたいだな。


 あまり関わり合いにならないようにした方が良いだろうか。


「そう邪険にいたすな、灰塵の。ご令孫はお主の火魔法の素質も色濃く受け継いでおる。ジョブこそ魔王でなければ、魔導に関しては建国以来の神童と呼ばれていたであろう」


 トークディアが柔らかなもの腰で取りなしてくれた。


 ありがとう!

 白い爺さんはなんて優しいんだ!

 赤い爺さんはくたばっちまえ。


「ふん。戦場では地鳴りのアンガドルフと恐れられた御老も焼きが回ったかな。筆頭の座が重荷であれば、いつでもワシが替わってやるぞ! そもそもジョブが魔王なのが問題であろうが。それにワシはコウモリの人間は先代の震霆 しんていしか認めん。ヤツに恩義が無ければ現当主の雷鼓などに娘をやる事などなかったわ!」


 震霆と言うのは父方の祖父の異名だ。 


 僕が生まれる前に亡くなったが、かつて戦場で祖父モルドレイの命を救ったらしい。  


 後にトークディアがこっそりと教えてくれた。


「ほほほ、そう老体をいじめなさるな。早速、未知のスキルの権能を明かそうではないか」

 

「ふん、やはり御老は甘い! ワシらの力でどうにかなる内にそっ首叩き落とせば良かろうに。それに魔王が顕現したと言うに酔霧 すいむのババアはいないのか」

 

「ワンスブルー卿はオークの群れの討伐で、今頃はナソンの街におるじゃろうな」


「そんなものは傭兵ギルドの連中にでも任せれば良かろう。全く、この国の連中は戦でなくなるとすぐに腑抜ける」


「なんでも相当な数の群れらしくての。雷鼓殿が行く予定であったが、この通り、ご子息の託宣の儀があってのう。ワンスブルー家の御令嬢は昨年託宣の儀を済ませておる故に代わってもらったのじゃ。結果としては雷鼓殿に残ってもらって良かったかもしれんのう」


トークディアは、「それよりスキルじゃ」と言って、僕に向き直る。


「では、坊よ。これよりスキルのテストをする。そうじゃな、まずは偶像操作 ドールプレイからじゃ。本来は人形やゴーレムを操るスキルじゃの。そのスキルを頭に思い浮かべてみるんじゃ。まずはこのぬいぐるみで試してみようかの」


 トークディアは僕の目の前に熊のぬいぐるみを置いた。


 そう言われて、僕はすぐにスキルを頭に思い浮かべる。すると、脳内にパチンと風船ガムが弾けるような音が二度した。


 『神』と話したあの時の音だ。


 しばらくすると、スマホがアプリをインストールするように段々と頭にその偶像操作 ドールプレイの使い方が入ってくる。


 さらにそれに先んじるように、沈黙は銀 サイレンスシルバーが発動したのがわかった。


 

 ぴくり


 

 と熊のぬいぐるみが動く。


 次の瞬間。ふわふわと熊のぬいぐるみが空中に浮かび上がる。


 ラジコン操作のように熊のぬいぐるみを自在に動かす。


 なかなか難しい。腕を動かそうとすると熊の体も一緒に動いてしまう。


 もっと正確に動かすには慣れが必要かもしれない。


「で、できたみたいです」


 そう言うと、トークディアはモルドレイの顔を見る。


「ここまでとはな。本来、偶像操作 ドールプレイは人形やゴーレムを動かし操るスキルだ。だが、人形を浮かび上がらせるなどと聞いた事もない」


 モルドレイは驚きを隠さずにそう言った。


「じゃが、現に浮いとる。これは偶像操作 ドールプレイの力を限界まで引き出しておるのじゃろう。それに、気付いておろう? 灰塵よ」


「詠唱が無かったな」


「シャルルのスキルに沈黙は銀 サイレンスシルバーというのがあっての。未知のスキルじゃが、スキル名で大方想像がつくわい」


「無詠唱によるスキルと魔法の使用を可能にするスキルか。だとすれば、一対一の魔法戦では勝てる魔導師は皆無だろうな」


 どうやら、二つのスキルを使っていたらしい。魔法だけでなく、本来はスキルにも詠唱が必要なのか。だとすれば、沈黙は銀 サイレンスシルバーを持たない人が未知のスキルに目覚めた場合、使えないのでは?


 などと考えていたが、トークディアのテストは続く。


「次は、この小石を投げる。それを魔塞 シタデルで防いでみよ」


 言われた通り、魔塞 シタデルを起動する。


 確かこのスキルは防御系らしい。


 また頭の中に、今度は一回だけパチンと音が響く。


 起動を確認して、トークディアに合図をすると、トークディアが僕の方にゆっくりと小石を投げた。


 トークディアが投げた小石は僕の眼前、30センチほど手前でコツンと見えない壁にぶつかって地面に落ちた。


「こんな童が魔塞 シタデルをな。やはり手が付けられぬようになる前にどうにかするべきではないか?」


「ほほほ、震霆殿が存命でも同じことが言えたかのう? 今、グリムリープ卿はこの子の助命の嘆願に王陛下に謁見しておる。儂としても、この子の成長は見てみたいがのう。リーズヘヴンがこの神童を得たのには何か意味があると、儂はそう踏んでおるよ」


 三歳児には分からないと思って話しているのだろうが、僕のライフが際どいラインにある事はしっかりと把握した。


 ありがとう白い方の爺さん!

 そしてパパ!

 なんとしても頑張ってくれ!

 それから赤い方の爺さんはすぐ死ね。

 今死ね。

 

「ふん、気に食わんな。御老の本心は未知のスキルとジョブの探究だろう? そんなだから魔導狂いと呼ばれるのだ。で、あとは何が残っておる」


「ここからは難問じゃ。簒奪の魔導アルセーヌ 至福の暴魔 トリガーハッピーという未知のスキルじゃ。スキル名から察するに何かを奪う能力と攻撃系統か補助系統の能力じゃろうな」


吸魔 スパンジのようなスキルか?しかし、誰から何を奪うのだ? 魔力か? 効果か? 攻撃魔法をぶつけてみるか?」


「手荒なことはするでない。そうじゃな、仮に吸魔 スパンジのように自分に向けられた魔法から魔力を奪うなら治癒魔法からも奪えるはずじゃ、神官にかけさせてみよう」


 そう言ってトークディアは近くにいた騎士に神官を呼ばせた。


 一度死んでるからだろうか。

 命の危機にあるというのに、そこまで恐怖を感じない。


 最悪、どうにかしてこの国から逃げ出す必要があるかもしれない。


 果たして3歳児の身体でどこまでのことが出来るかはわからないが。



 僕は熊のぬいぐるみをふわふわ浮かせながら、神官がやってくるのを待つのであった。

 

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