第3話 『神』の悪戯

目を大きく見開いたまま、司祭は肥えた二重顎をぷるぷると揺らしている。


「グリムリープ卿、これはすぐにでも陛下に報告しなければ……」


 太った司祭は恐る恐るといった様子で父親に進言した。


「まさか、我がグリムリープ家に魔王が出たなど……」


 父親は司祭の言葉が聞こえていないかのように呟いている。


 その様子を見て司祭は神官に、表に馬車をまわせと指示を出した。


 放心状態の父親と泣き崩れている母親と馬車に同乗して王城に向かうことになった。


 気まずいなんてものじゃない。

 三歳児のハートにはヘビーすぎるぞ。


 そもそも、この世界に魔王が現れたから僕が転生させられたのではなかったか。


 勇者の仲間としてその魔王を討伐しなければならないのに、どうしてこうなった?


 これって主人公ラスボス的な、そーゆーやつ?



 王城に着くと、完全武装の騎士達が警戒したように馬車を取り囲む。


 両親と共に馬車を降りて王城内に入り、その中の一室に通されるとそこには一人のローブを羽織る、見るからに魔法使いといった出で立ちの老人が座っていた。


 腰まで伸ばした白髪にこれまた白く長い髭。


 皺の多い優しそうな顔立ちが僕の警戒心を薄れさせる。


 その手には、先程僕のステータスとジョブが表記されたプレートを持っている。


「此度は大変なことになったのう、雷鼓殿。いや、失礼。グリムリープ卿」

 

 雷鼓と言うのは父の異名である。戦場で活躍をすると、こういった異名と呼ばれる通り名を授かるらしい。


 僕の父方の祖父も母方の祖父も異名を持っているそうだ。


 老人は僕達を席に案内し、小間使いにお茶を出すように指示をした。


「お久しぶりにございます、トークディア筆頭……。我が子がまさか魔王のジョブを授かるとは。」


「……うむ。心中お察しする。しかし、最後に魔王のジョブが顕現したのは500年前と伝わっておる。それ故に我らも魔王のジョブのことに詳しくはない。奇しくも貴殿のご子息が魔王のジョブを授かることになったとは言え、それがそのまま南方のようにこの地にも害悪を与えるかどうかは未だ解らぬ。そう気に病むでない。……儂も先代の震霆 しんてい殿には恩がある。王陛下にも、くれぐれも早まらぬようにと進言しよう。なに、悪いようにはせぬよ」


「……ありがとうございます」


 どうやらこの老人は王国の宮廷筆頭魔導師のようだ。つまり、この国で最も力を持つ魔導師なのだろう。


「とにかく、ご子息にはスキル鑑定を受けて貰わねばな」


「スキル鑑定は本来十五歳で受けるものでは? シャルルはまだ三つでございます!」


 目を泣きはらした母親がトークディアに訴える。


 育児はやらない風習なのだろうが、それでも我が子は可愛いのだろう。


 今まで見たことのないような必死の形相だ。


「左様。本来であればスキルは歳を経る毎に発現していき、満十五歳でその全てが発現すると言われておる。しかしながらご子息のジョブは魔王。既に危険なスキルに覚醒しておらぬと言う保証はない」


「そ、それでは! ……もしも、既にその危険なスキルに目醒めていたら……シャルルは、シャルルはどうなるのです?」


「……アンナよ。全てを判断するのは王陛下だ。我らは祈るほかない」


 尚もトークディアに食ってかかる母親を父親が制する。


 それを見届けてから、トークディアは机の上に拳大の水晶玉と僕のステータスが書かれているプレートを置いた。


「……では、始めるとするかの。碧玉を。シャルルよ、この水晶に手をかざすが良い」


 先程のように僕は小間使いに碧玉を口に含まされ、言われたように水晶に手をかざす。



 ブワッ



 と水晶は黒い煙を吐き出し、机の上でドロドロに溶け出し、その煙は中空で纏まりステータスプレートに吸い込まれる。口の中の碧玉も消えて無くなっている。


「こ、これは。……水晶は本来、魔力の強さに応じて眩い光を放つもの。こんな反応は初めて見るのう。この歳にして発現しているスキルは五つか。……加えて見たことのないスキルが三つもある。これは確かめぬことには何とも言えぬのう」


「シャルルよ、文字は読めるな。このスキルに心当たりはあるか?」

 

 スキルプレートを受け取った父親がそれを見せながら僕に水を向ける。


 スキルプレートには僕の名前、両親、そして知力と魔力に突出した六角形 ヘキサゴンと魔王と書かれたジョブ。

 

 プレートの余白に、スキル名と適性のある魔法系統を表す七角形のステータスチャートが新たに表記されていた。



 真名

 シャルル・グリムリープ



 異名

 無し

 


 両親

 ベロン・グリムリープ

 アンナ・レディレッド

 

 

 ステータス

 筋 ☆

 速 ☆☆☆

 耐 ☆☆

 知 ☆☆☆☆☆☆

 魔 ☆☆☆☆☆☆

 成 ☆☆



 ジョブ

 [魔王]

 


 スキル 

 ・魔塞 シタデル

 ・偶像操作 ドールプレイ

 ・沈黙は銀 サイレンスシルバー

 ・簒奪の魔導アルセーヌ

 ・至福の暴魔 トリガーハッピー


 魔法系統


 火系統 ☆☆☆☆

 水系統 ☆

 土系統 ☆☆

 風系統 ☆☆☆

 雷系統 ☆☆☆☆☆☆

 光系統 ☆

 闇系統 ☆☆☆☆☆☆



 魔法使いとしてのステータス的には悪い方ではないだろう。


 少なくとも、この世界を滅亡から救うだけの力はあるはずなのだ。


 前世のゲーム知識通りなら筋は筋力、速は俊敏性、耐は耐久力、知は知力、魔は魔力、最後の成はなんだろう。


 成長速度だろうか?


 そして問題のスキル構成が強いのか弱いのか、どんな権能を有しているのかはわからないが、おそらく相当に良いものなのだろう。


 何せ、神から貰った才能ギフト だ。


 ついでに、魔法系統は7つあるらしい。

 魔法系統の欄を見るに、どうやら闇と雷が得意系統のようだ、光と水と土は苦手で火と風は人並みだろうか?


 一通り記憶してから、大人達にはスキルに関しては心あたりがないことを伝える。


 「では、やはり確かめるしかないのう。グリムリープ卿、この子はしばらく預かるぞ。スキルが常時発動型の可能性もあるからのう」


 そう筆頭魔導師は両親に告げた。


 トークディア曰く、スキルには意思によって発動するタイプと常時自動発動するパッシブスキル、そして珍しいタイプではあるが、特定の条件下で自動発動するものがあるらしい。


 もしこの中に常時発動型の危険なスキルがあった場合、確かに王国の存続に関わる問題であることは想像に難くない。


 それを数日かけて確かめる必要があるようだ。


 もし、万が一あの堕落した神の手違いで危険なパッシブスキルが混ざっていたら自分は処刑か良くて一生牢獄か。


 齢三つにして牢獄生活。

 想像していた異世界生活とは程遠いものである。


 そんな想像に怯えていると、トークディアが口を開いた。


「しかしながら魔王、さもありなんと言った感じじゃのう。この歳にして、魔塞 シタデル偶像操作 ドールプレイを発現させておるとは」


「私も驚きです。魔塞 シタデルは防御系統のスキルでも最高峰のスキルですし、操作系統の偶像操作 ドールプレイにしても大陸中を探して10年に一人出るかどうかのレアなスキル。ジョブが魔王でさえなければこの子は……」


 父親は興奮したような、落胆したような不思議な表情をしてそう言った。

 トークディアはそれを含みのあるような目で見て、白く伸ばした髭をさすりながらまた口を開く。

 

「それに、二つのステータスに偏重型を見せる珍しい六角形 ヘキサゴンもさることながら、系統適性の七角形 ペンタゴンも闇と雷に天賦の才を持っておる。火系統にも長じておるのは奥方の血筋かの。確か、奥方はレディレッド家の生まれじゃったな?」


「はい。私はモルドレイ・レディレッド公爵の次女でございます」


「ふむ。灰塵 かいじんと恐れられるレディレッド卿の御息女か。そちらの血筋も色濃く受け継いでおるの」


 レディレッド家はグリムリープ家と同じく、王国の魔導四家の一つで最も多くの筆頭魔導師を輩出した名門だ。

 なんでも建国当時の初代国王の宰相を務めていた人物が始祖となった家系だそうだ。


 ただ、生まれが高貴であることから気位の高い人物が多いらしく、母が嫁入りする時も何やら家格の事でごたごたがあったと使用人達が話していたのを聞いたことがあった。


 そんなこんなで、全てのステータスとスキルを明かされた僕はしばらく王城で生活することとなった。


 前世の地球でも宗教が原因での人殺しや、宗教対立から起こる戦争はたくさんあった。


 本当に神ってやつらはロクなことをしないな。

 

 しかしながら、なぜ僕のジョブが魔王なのか。『神』も僕のジョブを魔王にしたら、こうなるのは分かりそうなものだが。


 そして『神』との会話を思い出す。


 そう言えば、あの会話に魔王という単語が出ただろうか?


 勇者が倒すのは魔王。


 お互い、そこは共通認識だと思っていたが、魔王という単語を口にした記憶も、『神』が滅ぼすべき存在を魔王と呼んだことも無かったのではないだろうか。


 もし、倒すべき相手が魔王であるならば、転生者を魔王にするのは道理に合わない。

 

 この世界の危機は魔王によるものではないのだろうか?


 だとすれば、僕が倒すべき相手は魔王ではなく、もっと別の存在かもしれない。

 

 

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