第2話 託宣と驚愕

 『神』との会話の後、すぐに抗い難い眠気に襲われ意識を手放した。

 


 なんだか暖かい感覚に意識が戻る。

 身体はうまく動かせない。

 何も見えない聞こえない。

 息もしてないが苦しくはない。

 不思議な空間だがどこか懐かしくもある。

 周りは壁に囲まれているみたいだ。

 小さな空洞に暖かな水が溜まっており、その中にぷかぷかと浮いているようだ。



 どうやら僕は、母親のお腹の中にいるみたいだ。


 またぷかぷかと浮いている状態かよ。


 すると、周りの壁がどんどん狭くなってきて、僕の身体を押し出すようにグイグイと迫ってくる。


 や、やばい。


 これはやばい。


 こっちは意識が戻ってそんなに時間が経ってないんだ心の準備というやつが出来ていない!


 大丈夫なのか?


 早すぎるってことはないだろうな?


 最初は『おぎゃー』と泣いた方が良いだろうか?


 生まれてすぐにナイスガイな雰囲気を醸し出しながら『やあ、僕だ』なんて挨拶したらまずいよな?


 そんな恐怖と恐らく杞憂に終わる心配を抱きながらも、壁に押し出されるままに頭が外に出る。


 肺が開くような感覚に襲われ、一気に外気が体内を満たす。

 

 外の空気は冷たく、まるで風呂から上がった時のように体温を下げていくのがわかった。


 大きな手が僕の身体を掴み、抱え上げた。

 

「#######!」


「#######、####?」


「#######、#######! ####」


 周りの大人たちが何やら騒いでいるのはわかるが、言葉が全くわからない。


 僕は冷静に周りの大人達を観察する。


『おぎゃー』と泣くのもナイスガイな雰囲気を醸し出しながら挨拶をするのもやめた。


 どちらも気恥ずかしかったからだ。


 布のようなもので身体のあちこちを拭かれている間に再び激しい眠気が襲ってくる。


 どうやら無事に生まれることが出来たみたいだ。


 やれやれ転生成功か。


 周りで騒ぐ大人達を尻目に僕の意識は混濁した。


 それがこの世界での最初の記憶になる。


 


 で、転生してから3年が経った。


 運が良かったのか神の計らいか、また男として生を受けた。


 さらにとんでもない不細工だったらどうしようとも思ったが、容姿もそれなりに整っていた点は安心した。 


 父親譲りの黒目黒髪。馴染み深い日本人ぽくて良かった。


 まあ、自分の元のルックスに関する記憶は一切ないんだけどな。


 赤毛の母親の影響なのか、僕の髪は毛先だけが真っ赤に染まっている。


 髪が生えてすぐは黒髪なのだが、時間経過で毛先が赤くなるようだ。


 どんな原理なんだ。

 さすが異世界。

 ブリーチいらずか。


 名前はシャルル・グリムリープ。


 シャルルと言うのが僕の名前だ。


 この3年間では最初に言葉と文字を徹底的に調べた。


 まだ歩けもしない頃から家の書庫で本を眺めていた僕は、家人からは相当に気味悪がられていたが知ったことではない。


 そして2歳までに文字と言葉をある程度覚えてからは世界情勢や文明レベルなんかを調べていた。


 知り得た情報を整理すると、どうやら僕はリーズヘヴン王国という小国に生まれたらしい。        

 

 この星の世界地図には中央に大きな大陸があり、西側には山岳地帯がある。

 

 そこから大陸のど真ん中を一直線に大河が渡っており、河の南側には山脈が連なり、低地には森林が生茂っている。


 逆に北側には広大な平地が広がっているらしい。


 リーズヘヴン王国は大陸北側の東方に位置し、大河を挟んで南側には魔物の領域が広がっているようだ。


 世界地図には大陸が一つだけしか書かれていない。


 他にも大陸があるのだろうか。


 それともパンゲアのように一つの大陸だけ?

 

 もしくは航海技術が発達していないから、新大陸がまだ発見されていない可能性もある。


 そして、僕が生まれたグリムリープ家というのは、ここリーズヘヴン王国で代々宮廷魔導師を多く輩出している家系だそうだ。


 これは推論だが、どうやら魔法の能力は遺伝するらしい。僕の場合は祖父母も両親も親戚もみんな魔法使いだ。


 王国では魔法使いが生まれるとほとんどが宮廷魔導師として王国に召抱えられるようだ。


 魔法使いは剣と魔法のこの世界では軍事の花形であり、色々な国がこぞって数を揃えようとしているらしい。

 

 

 王国にはグリムリープ家と同じように代々宮廷魔導師を数多く輩出する家が他に三家あり、どの家の者が筆頭魔導師となるかで日々争っているようだ。


 筆頭魔導師は絶大な権限を擁し、一族から筆頭魔導師を輩出するのが一種のステータスになるらしい。


 と言っても、僕はそんな事には興味がない。それより僕も早く魔法を使ってみたいものだ。


 一度、母親が魔法を見せてくれたが何もないところから花火のように火が上がった。あれには本当に驚いたものだ。


 もちろん驚いて漏らしたさ。

 当たり前だ。

 まだ子供なんだからな!



そして今日、僕にとってビッグなイベントがある。

 

 この世界では生まれた子供の3歳の誕生日に託宣の儀という宗教儀礼を受けさせる。


 ジョブと呼ばれる天職を鑑定するのが目的で、子供が3歳になった段階で託宣の儀を行いその子供の才覚や能力を測るらしい。


 つまり三歳の誕生日である今日、僕は託宣の儀を迎える。


 神様が約束を守ってくれていれば魔法使いとして一流の才能を持って生まれているはずだ。


 あの『神』の気怠げな声を思いだすに一抹の不安は拭えないものの、それでも神様だ。


 きっと手抜かりはないと信じたい。


 黒目黒髪にちょび髭を生やした父親が執事と何事か話している。


「シャルルの準備は出来たか? 教会への持参金も忘れるな」


「はい。旦那様。若君は必ずや抜群の才気をお持ちでおられることでしょうな」


 大人達がバタバタと忙しなく準備を進める中で父親と執事の話が聞こえてくる。


 貴族に育児をする習慣はないらしく、僕の世話をしているのはもっぱら乳母やメイドだ。


 それなりに育ちきった精神年齢の自我が元々僕に備わっている事もあり、ほとんど両親は他人のような感覚だ。


 父親は僕を筆頭魔導師にしたいらしく今から色々な貴族や王族、それから教会にまで根回しをしているみたいだ。

 

 リーズヘヴン王国の王都は高い城壁に囲まれ、東西南北に四つの大門があり、さらにそれらを繋ぐように大きな道が十字に通っている。王都の中心には王城がそびえ立ち、西側に貴族街があり、目的の教会区は東側にある。一度だけ王都の地図を見たときは北側には教育機関が多く建ち並び、南に商いなんかをする商業区があるようだ。


 両親と共に馬車に揺られながら教会区に運ばれていく途中、王城の前を通った。


 三歳になるが家から出ることはほとんどなかったので、間近で城を見たのは初めてのことだった。


「とんでもなくおおきなしろですね」


 なんとなしに両親にそんな事を言うと、


「お前はいずれ、宮廷魔導師としてここで働くことになる。そして、ゆくゆくはグリムリープ家から三代ぶりの筆頭魔導師となるのだ。それまでしっかりと励め」


 と父親が言い、母親は静かにその会話を聞いている。


 えー、嫌なんだけど。

 めんどくさい。

 ちょび髭毟るぞ。

 僕は心の中で毒づいた。


「これはこれはグリムリープ卿。ご足労感謝します」


 教会に着くと門の前に祭服を纏う太った男が立っていた。 


 どうやらこの教会の司祭のようだ。


「これはご丁寧に。こちらは、心付けになります。どうぞお納め下さい」

 

 父親が綺麗な布に包まれた寄付金を渡す。


「これはこれは。グリムリープ家の方は代々信仰心が篤い。神もきっと天よりご覧になっているでしょう」


「シャルル、挨拶をしなさい」


「おはつにおめにかかります。シャルル・グリムリープです」


 父に促され、挨拶をした。


 聞きとりは充分だが、何せ外国語どころか異世界語だ。


 話す方はまだ苦手である。


「ほう。グリムリープ卿のご子息はまだ三つなのに賢い。どうやらグリムリープ家は安泰のようですな」


「家ではいつも本ばかり読んでいましてな。託宣を得たら早速、魔法を教えようと考えております」


「この歳でもう本に興味を? これは、グリムリープ家から筆頭が生まれるのも近いと見えますな」


 そんな話をしながら司祭についていく。


 美しい女神の石像が置いてある聖堂に通された。何人かの神官が託宣の儀の準備をしているようだ。


「早速、始めましょう」


 そう言うと司祭が一粒の碧玉を神官から受け取り、それを僕の口に含ませ、何か呪文のようなものをブツブツと唱える。


 すると口の中の碧玉は急に溶け出し、何処かに消えてしまった。


「ではシャルル殿、これを握って」


 そう言って、今度は僕の手に銀色のプレートを持たせた。


 すると、その銀色のプレートが眩く光り、六角形の図形と黒い文字が浮かび上がる。


 どうやらステータスを映し出す呪文のようだ。六角形はレーダーチャートでステータスを表記し、文字の方はジョブが映し出されるのだろう。


 司祭は僕からプレートを受け取りそれを読み上げる。


「シャルル・グリムリープ。ベロン・グリムリープとアンナ・レディレッドの子。……これは珍しい。六角形 ヘキサゴンは魔力と知力の二つに偏重型の特性が見られますな。それから、ジョブは──」


 そこまで言って、司祭は目を丸くして僕を見つめる。見る間に血の気の引いたような顔になる。


「司祭様。託宣には何と?」


 父親が司祭に訪ねたが、司祭は口をポカンと開きながら僕を見つめる。


 もしや、神様から貰った才能がぶっ飛んだ性能だったかな?


 もしくは激レアなジョブか?


 まあ驚くのも無理はない。


 神様の話ぶりからしても転生者自体がレアみたいだったし。


 神様から直接、才能を貰ったんだから並のジョブではなかろう。


「……ジ、ジョブには──」


 ゴクリ、と誰がが唾を飲んだ音が聖堂に響く。


「──魔王と。魔王と記されています!」


 ──え?

 

「そんな!」


 普段は寡黙な母親が泣き崩れる。


 父親はなりふり構わないという様子で司祭からプレートを奪い、表示された内容を覗き込み、


「こんなバカな話があるか!」


 とプレートを床に叩きつける。


 司祭の横にいた神官達はなにやら祈りだか念仏だかのような言葉を繰り返し、司祭は未だ放心状態から解放されていない。

 

 厳かな雰囲気の聖堂は阿鼻叫喚の巷と化した。

 


 ──ああ、『神』よ。



 あんた何してくれてんの。

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