第58話 お気の毒ですが

「なるほど、そうやって戦争は始まったんだね」

「はい。それもこれもご主人様からいただいた魔法具のおかげです」


 そうか、そうやって人間とエルフの戦争は始まったのか。

 確かに俺は彼女たちに道具を託しただけで、こうやってほしいとかは特に伝えていない。もっと血が流れることのない、犠牲者の出ない方法はあったのかもしれないけれど彼らなりに考え、計画を立てて実行したんだろう。

 これに関してはある程度想定出来ていたから何となく心にゆとりがある。

 勿論何も思わないわけじゃあないけれどそんなことでエルフたちと縁を切る気はない。


 だけど、だけどだ。


『人間奴隷化計画』


 この文字がさっきから頭にへばりついて離れない。

 話の流れ的に恐らくエルフたちは戦争に勝ったんだろう。

 だが、戦争が終わってから今の王国が建国されるまでの間に何か別の期間があったんじゃないのか?


 そんな一抹の不安が脳裏によぎる。


「・・・・・どうしますか? 一度頭を整理する時間を設けますか?」


 ヴェルの声がいつもより遠く感じる。

 そうだ、一旦整理しよう。

 今の頭じゃちゃんと処理できるかどうか怪しい。


「そうだね。ごめんちょっと一旦外の空気吸ってくるよ」

「かしこまりました。では落ち着いたらまたひと声お願いします」


 俺はそう言って立ち上がって椅子をしまい、外に出ることにした。

 俺の後を追ってくるエルフは誰もいなかった。


 ********


「ふぅー、綺麗な夕日だ」


 外に出た俺を迎えたのは落ちかかっている真っ赤な太陽であり、俺や小屋を含めた森全体を赤色に染め上げていた。

 俺はそんな森の中を少し歩いてやや大きめの木に腰かけることにした。

 ここは俺のお気に入りスポットなのだ。


 ・・・さて、どうするか。

 先ほどのヴェルの話は俺が死んでから戦争が起こるまでのことで少なくとも俺の死後から50年は経っているはずだ。

 そして人間とエルフで戦争をして・・・。


 確かに俺はエルフを助け出す魔法具を開発しながら、どうすればエルフが完全に開放されるかはあまり考えていなかった。

 エルフの寿命は長いからその間になんとかなるよなー程度にしか考えていなかった。


 だけど俺が転生することになった以上、早めにすべてを終わらせたかったんだろうしそれには戦争という手が有効なのも分かる。

 人間に対してやり返したいという思いが生まれても仕方がないというのも分かる。


 それで多くの人間の命が奪われることになったとしても、平和を作り上げるのに必要な犠牲であったと言い切るしかない。そうでなければ前へ進めない。

 たとえ俺自身が人間の敵になろうとも。

 俺は少し前まではそう思っていた。


「だけど・・・、なんだよ人間奴隷化改革って・・・」


「どうだ? 今の気分は。いいねぇその顔、俺の大好物だ」


「はぁ!?」


 うつむいていた俺の背後から聞いたことのある声が聞こえた。

 なんで今この声が聞こえるんだ・・・!?


「なっ、お、お前どうしてここに!?」


「あれぇ、さっきまで敬語使ってくれてたのにもうお前呼ばわりかよ。まっ、俺は別にいいけどな。寛大だから許してやるよ。それでどうだ? 真実を知った気分は?」


「質問に答えろよ! なんでここにいるんだ!?」


「別にぃ。お前と昼会ったときに発信機と盗聴器を合体させた魔法具をつけさせてもらったんだよ。お前が今出てきた小屋は魔法阻害結界が張られてたけど外はまだ緩かったからな。この小屋に帰ってきたタイミングで場所はわかった」


「なっ!? い、今すぐはずせ!!」


「意味ねぇよ。今からお前は俺と来るんだからな」

「何を言って・・・。え?」


 立ち上がって小屋に戻ろうとした瞬間、視界がぐらつき始め思考がまとまらなくなる。なんかよくわからない魔法をかけられているようだ。


「ここまで不信感を募らせることができれば上等だ。んじゃ戻るか」


 嫌だ、誰か助けてくれ・・・。

 このままだと駄目だ、俺はあいつらと・・・。


「お兄ちゃん離れて!!!!!」


 だが失いつつある意識の片隅にルリの声が響く。

 とっさに最後の力を振り絞って横に倒れる俺。


 そしてその横をありえない速さで何かが通り抜け、ゲルグ王子に衝突して火花が飛び散る。ぼやける視界には、ルリとゲルグ王子がつばぜり合いをしているのが映って見えた。

 いつの間にこの王子は剣を抜いたんだ・・・?


「お前は誰だ!!! お兄ちゃんに何をした!!!!」


「おぉ、怖い怖い。お前がSランク冒険者のルリ・フィセルか。まさか俺の存在に気づくとはな。一応認識阻害魔法をかけてたんだけど」


「そんなことは聞いていない、早くお兄ちゃんから離れろ!!!!」


「おぉ怖っ。殺気で空気が振動してるじゃねぇか。別にただ少し行動を制限させてもらっただけだ」


「じゃあお前はここで死ね!!!! 全部燃えて骨まで灰になってしまえ!!!!!」


 もう意識が飛びつつあって何が起こっているのかわからないが、多分ルリとグエン王子が衝突しているのだろう。

 先ほどから金属と金属がぶつかり合う音や魔法が発動している音が聞こえてくる。


 そんな俺はなんとかこの場から抜け出そうと体を引きずって距離を取っていたのだが、その手は誰かに掴まれてしまった。

 いや、エルフの誰かが助けに来てくれたのかもしれない。


「あ、ありがとう・・・。今ルリが・・・!」


 もうよく見えない目に映る誰かに感謝したところで俺は再び絶望に落とされた。

 この匂いはどこかで嗅いだことのある・・・。


「申し訳ありませんねフィセル様。ではいきましょうか」


 この声の正体は・・・、スミスさんだ。

 王城であった際にはエルフと人間は共存できると言った彼がどうしてゲルグ王子と共に・・・?


 なんで? まさか黒幕はゲルグ王子だけじゃなくて・・・?



 そして俺の意識はここで途切れた。


 ************


 ・・・・・・どこだここは。

 目隠しされてていて見えないうえに手足も椅子かなんかに固定されている。


 というか俺はどれくらい気を失っていたんだ?


「よう、やっとお目覚めか」


 前方からあの糞王子の声が聞こえる。

 ということはこいつらの拠点とかに連れ込まれてしまった感じか。

 そしてスミスさんがいるかどうかはちょっとわからない。


「にしても便利だな。今迄この赤玉と青玉はエルフが作る決まりになってたし、設置個所もあいつらが指定してたけどお前のおかげで自分で作れたよ。やっぱり俺は天才だな」


「どういうことだ・・・?」


「お前もあの小屋の中見ただろ? 俺たちが初めて会ったときに転移させた場所だよ。あそこにはお前が開発したと思われる魔法具とかの作り方も残ってたからな。試しに自分で作ったら出来たんだよ。だからこの前エルフたちと交戦したときもこの魔法具のおかげで逃げられたってことだ」


「ちょっと待て、今この前って言ったか!? あれからどれぐらいの日数が経ってるんだ!?」


「・・・へっ、教えるかよ。それにすぐにでもそんなこと気にしないような体にしてやるからよ」


「お前の目的はなんだ!? 何をしようとしているんだ!?」


 がたがた体全体を使って括り付けられている椅子から逃れようとするが俺の貧弱な力では到底壊れる様子もなく体力だけがどんどん減らされていく。

 だけど動きを止める気にはなれなかった。


「目的? んなもん決まってんだろ、エルフを昔のようにまた奴隷にするんだよ」


「は?」


「というかあのエルフたちの話から大体わかっただろ。あいつらは人間の国を滅ぼしてその後50年間くらい人間を支配してたんだよ。だから今度は人間がやり返す。何かおかしな話か? この話を聞けばほとんどの人間が俺たちサイドに着くと思うぜ。なんてったって隠された過去では人間がエルフに支配されてたんだからな。まっ、おれもあの小屋を調べるまでさらにその昔はエルフの方が奴隷だったなんて知らなかったけど」


 ガツンと頭を打たれたような衝撃が走る。

 一番聞きたくなかった言葉がついに俺の耳を通過した。


「だから俺は少し前からまず王城でエルフの悪評を広め始めて少しずつ派閥を増やしていった。何も知らない奴ほど簡単に操れるからな。そしてその後、新聞や放送器具を使って全人間に呼びかけてすべてのエルフを捕らえるって算段だ。だがこれにはどうしたってあの6人のエルフたちが厄介だからな。お前を人質に取らせてもらう」


 人質・・・!?

 くそっ、一番恐れていたことじゃないか!!


「今生きている普通のエルフたちはあの6人によって行動が制限されてんだろ? そしてあのエルフたちは元を辿ればお前のために動いている。ってことはお前を人質にとってあいつらの機能を停止させればエルフの動きも停止するってわけだ」


 ・・・いや、前に彼らに伝えてあるから大丈夫なはずだ。

 俺が何かに巻き込まれたときは、エルフのために動けとそう伝えてある。

 だからきっと彼らなら自己判断で動いてくれるはず。

 この平和な世界が保たれるのなら俺は死んでも構わないから。


「だが、もしもの事を考えてだな。お前にはこっちサイドについてほしいんだよ。だからな・・・」


「な、なんだ!? やめ、やめろ・・・!!!!」


 かすかに場の空気が変わってきたと思えば突然俺の頭の中が真っ白になっていく感覚に襲われた。


「知ってるか? 今の王族の奴らはそれぞれ相手の何かを『止める』固有の魔法が使えるんだ。パトラは相手の動きを、クレアは相手の視界だったか。それで俺はなんだと思う?」


 奴が何か言っているがもう俺にはよくわからなくなってくる。

 頭がグワングワンしてもう右と左も分からなくなっていくようだ。

 マテ、今ナニガ起コッテイル?


「俺は相手の思考を止められるんだ。ひゃっはははは!!!! だからこれからは俺の話を受け入れることしかできねぇ。今お前の心には絶望とあいつらに対する不信感しかねぇんだよ!!!」


 脳裏にあのエルフたち6人の顔が浮かぶがどんどん黒い靄に包まれていく。

 やめろ、頼むやめてくれっ!!!!!!!!


 あ、あれ? このエルフたちの名前は・・・・・・?

 もう、何も見えない・・・・・・・。

 何も聞こえない。


「あぁ・・・・・」


 ・・・エルフ? なんだその言葉は。


「さぁ、エルフを恨め。悲しみのどん底に落ちろ。ともにエルフを駆逐しようじゃないか。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る