第57話 過去編 下
巨大な結界が張られ始める少し前の私の行動をもう少し掘り下げる。
まず私が手中に収めたエルフたちと接触し、人間には読めない文字『エルフ文字』を用いてこの後の計画を知らせることに成功した。
牢屋の前を通ったときに何人かの同胞にひそかに紙を渡して私は彼らに伝えていたのだ。私たちの計画を。
そして蓄え続けていた物資を改良した赤玉と青玉で一旦ご主人様の小屋へと送る。一度に一斉に送ってしまうと流石にばれる恐れがあったので少しずつ慎重に送っていった。
流石に私一人では無理があったため他のエルフにも手伝ってもらったがなかなかに辛かった。
それでも彼らはやってのけてくれた。
そして最後に私とバンで私が持つすべての会社や工場に爆破魔法具を仕掛けた。
ボタンを押すだけで辺り一体を吹き飛ばすほどの強力な爆弾だ。
だが戦争が始まってしまえばすべてが灰になる。
金も、魔法具も道具も全てだ。
だから後悔はなかった。
そして全ての場所に爆弾を仕掛け終わった後、私とシズクは結界魔法を起動した。
結界が引かれたのちに私はエルフの回収作業に、バンは物資の転送や結界内の魔物の殲滅の手伝いにエルフの国へ。
そして人間に化けたシズクが人間の国での行動にシフトした。
さて、この時どうやってエルフを回収したのか。
答えは簡単だ。
結界が引かれたら戦争に備えてまず最初に私のところへ国から武器や魔法具の増産の要請がかかる。
それに伴って奴隷商会の者たちを武器製造のラインにぶち込めばいいのだ。
この大義名分があれば嫌でも人は動く。
王からの命令だと言えばこの国では絶対だった。
平和ボケしていた人間ほど操りやすいものはなかった。
そして監視がなくなって牢屋に入れられたままになっているエルフたちをシズクが彼らの首輪を外しながら次から次へとご主人様の小屋の近くへと転送していったのだ。この辺りの拠点づくりも前々からやっていたので問題はなかった。
また、人間からはエルフもラインで働かせろという声も多く上がったが、
「敵がエルフであるかもしれないから、武器や魔法具の生産に回すのは危険です。スパイがいるかもしれないので」
といえば事なきを得た。
彼らは思いもしなかっただろう、この私こそがスパイだったなどという事を。
そして彼らが作った武器は知らぬ間にどんどんエルフの元へと送り込まれているなんて。
こうした捕らえられていたエルフの運搬が終わったのと、ある程度結界内の元エルフの国周りの駆除が終わったと連絡があったのはほぼ同時であった。
もう少し時間がかかることを想定していたがこれはうれしい誤算であり、私が国から要請を受けて奴隷商会から人を移動させてエルフたちを回収している間に元エルフの国の土地をある程度奪還したということだ。
王国が私に協力を要請してきたのが思ったよりも遅かったというのもあるが、それもこれも他種族の方たちの協力のおかげであった。
そしてエルフがいなくなっていること、そして私が物資を横流ししていることはおそらくすぐにばれると思われたので早急にシズクを王城へと向かわせて、助けたエルフはダニングたちが今度は結界内に移動させる。
こうして私たちの計画は次の段階へと入った。
次の段階、それは今誰かの所有物になっているエルフの回収だった。
*****
私は会社の本部で人間としてバタバタしているふりをしている中それは始まった。
王国のあらゆる放送機器が突然止まり、そのすべてから女性の声が聞こえてきたのだ。
もちろん声の主はシズクである。
前々から王城にはこのように緊急を要する時にすべての放送機器を中断させ、城の放送室から声を流すことができる設備があるという情報をつかんでおり、シズクの声が聞こえたということは無事乗っ取りが成功したみたいだ。
放送室の場所、使い方、警備員の位置はすべて私とシズクは把握していたし侵入経路もあらかじめ確保していた。
さらにシズクにはいろいろな魔法具を持たせていたからから特に問題なかった。
後から聞いたら周りの警備は全員眠らせていたとか。
こういうのを今の言葉ではテロっていうらしい。
それは一旦置いておいて話を戻そう。
私がその時いた部屋の放送機器も勿論ジャックされておりそこからシズクの声が響いてきた。
『あー、あー、聞こえるか人間ども。』
「しゃ、社長!!! いったい何が!?」
「わかりません・・・。もしかしたら王城が乗っ取られたのかもしれません」
私の部屋へ血相を変えた部下がノックもなしに飛び込んでくる。
まぁそうだろう。焦るのも無理はない。
ただごめんなさい、あなたの目の前の私が首謀者なんです。
『時間もないから端的に言う。私たちはエルフだ。今から言うことを守らないやつは命を覚悟しろ。一つ目、今エルフを奴隷にしてるやつのところに私の仲間がエルフを回収しに行くから抵抗するな。抵抗するならその場で殺す。あぁ、エルフの位置はぜーんぶこちらが把握しているから抵抗は無駄だぞ。というかもう私の仲間が向かってるから何もしないほうがいい』
「な、エ、エルフですと!?」
「なんてこと・・・。まさかエルフが反旗を翻すなんて・・・」
「エルフごときが反乱ですと!? 生意気な!!!」
目の前の男の発言に苛立ちを覚えたが必死に我慢する。
別に今始まったことじゃない。
『そしてもう一つ。この国の武器関連の心臓ともいわれる「ヴェル・フィセル」が保有する会社にはすべて爆弾を仕掛けさせてもらった。今そこにいるものは早く出たほうがいい。あと数刻もしないうちに爆発する』
「はぁ!? な、なんですって!!!!!!」
「ヴェル様! い、一体何が!?」
「わ、わかりません、でも早く従業員のみんなを避難させてください!! 何か嫌な予感がします!! 全員避難を!!!!」
『じゃあな人間ども。これは我々からの宣戦布告だ』
大混乱に陥る我が会社。そして王都。
みんな我先にと作業の手を止め会社から逃げていく。
本社だけでなくすべての工場、倉庫からもだ。
皆思い思いに工場から離れていき、王国軍の者たちは何が起きているのかわからないながらも場を落ち着かせようと必死になる。
そしてこの混乱に乗じて他のエルフたちを動員して倉庫にある武器、魔法具、食料などを根こそぎ移動させる作業と、誰かの者になっているエルフの回収作業に入った。
さらにエルフの位置もご主人様が作ってくれた魔法があったから容易に把握できたため作業は滞りなく進んだ。
そして倉庫が空になったのを確認して起爆スイッチを押した。
私が自分自身の手で。
もうこうなっては死者がどうとか考えてらない。
戦いの火ぶたは切って落とされたのだから。
自分自身がこの国の中枢になり作り上げたものをほぼ全てエルフのものとしてかすめとり、最期に自分で壊す。
いくら人間が優秀な騎士団を持っていたとしても戦争をする前に武器を奪われ、壊されてはたまったものじゃない。
ご主人様が生きていた証拠でもある回復薬もちゃんと全部回収済だ。
こうなれば人間にとっては大きな痛手であったに違いない。
火の海に包まれる王都。
いや、王都だけじゃない。
この国全域をかけて爆発は広がる。
そして私が人間として手に入れたすべてが灰となって消えていく。
逃げ惑う人々。
周りではまだ爆発音が聞こえる。
私のすべてが消えていく・・・。
でもどこか晴れやかな気分だった。
今迄私を縛り付けられていた何かが音を立てて崩れていくような、そんな感覚。
昔私たちを苦しめた人間たちはどんな感情で崩れ行くエルフの国を見ていたのだろうか。
「ヴぇ、ヴェル様、どうしてまだここに!? 早く逃げましょう!!!」
炎の海の中で呆然と立ち尽くす私を見つけた一人の従業員だと思われる男性が私に声をかける。
私もそろそろ戻ろう。
そのうち騎士団の人たちが私の元へ事情聴取しに来るだろうし、まだエルフの回収作業は続いているに違いないから首輪を外す作業を手伝ったほうがいい。
「ごめんなさい。人間としてのヴェル・フィセルはもう・・・死にました」
「え、な、何を?」
さようなら、人間の私。
もし最初から人間に生まれていたら、ご主人様ともっと違う出会いができていたのでしょうか。いや、きっとまた会える。
そのためにも私たちで・・・まずはこの世界を変える。
「今までありがとうございました。さようなら」
誰にとは言わないが私は腰を折って礼をする。
そして私はポケットに入れていた赤玉を地面に落として人間の国を後にした。
このようにして結界によって隔たれた二国における戦争が始まったのだった。
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