第55話 過去編 上
「一体どうやって結界も破らずにここへ入ったのでしょう? 流石ご主人様ですね、私の想像の範疇を超えてきます」
「ちょっと待ってくれよ・・・。もう今頭が真っ白なんだ。オーバーヒートしてる」
俺は頭を抱えて思考をまとめようとしているがヴェルは止まる気がないようだ。
もう背中は変な汗でびっしょりだし立っているのがやっとである。
「おそらく先日ここに侵入した無法者が手引きをしたのでしょうね。玄関にご主人様が200年前に開発したオリジナルの青玉が転がっていましたので。いやはや、保管していたご主人様製の転移玉を盗まれて利用されるとは。それかもしかしたら自分で作ったのかもしれませんね」
「・・・あぁ、そうだよ。ここに連れてきたのはグエン王子だ」
「やはりですか。それで、真実を知ってしまったと」
随分と他人事のようにヴェルは無表情で告げる。
やばい、思考が全くまとまらない。
どんどん体が熱を帯びていくのが分かるし息も荒くなっていく。
「・・・一旦今住んでいる小屋に帰って落ち着きましょうか。そこですべての真実を話します」
「あ、あぁ・・・・・」
彼女はそう言ってポケットから転移玉を取り出したて地面に落とし、魔法具を発動させたが俺はまだ放心状態のままだった。
そして結局心の整理がつくことの無いまま、エルフたち6人と俺1人でリビングの机に座り全ての真実が明らかになる話し合いが始まることとなった。
*********
その空気は重いものだった。
昨日までの楽しい空気はどこにもなくどのエルフも覚悟を決めた顔をしており、張りつめた空気が漂っている。
そして肝心の俺はと言うとようやく落ち着き始めていた。
まだ、すべてが真実と決まったわけじゃあない。
それに・・・、いつか来る日が今日だっただけだ。
もうグエン王子が何らかの動きを始めている以上、俺もいつまでも目をそらし続けるわけにはいかない。
それにあれだってグエン王子が用意した罠かもしれないしな。
いつまでも逃げ続けるな俺。
そう自分に言い聞かせて。
「・・・今日、ご主人様があの小屋の中を見たそうなのでこの場ですべてを話そうと思いますが異論のあるものはいますか?」
ヴェルがそう言い辺りを見渡すが特に手を挙げる者はいなかった。
「わかりました、それでは不相応ながらもこのヴェルが説明させていただきます」
彼女が一つ、咳払いをする。
「あれは今からおよそ200年前、ご主人が亡くなった日までさかのぼりますーー。
パンドラの箱が、俺がふたを閉めたパズルが再び開いた。
********
―約200年前
「もし俺が生き返れたら・・・その時は優しく迎えてくれ・・・」
その言葉を最後に私たち6人のエルフを残してご主人様は旅立っていった。
死因は言ってしまえば過労。
それも私たちエルフを救うための計画の末にだ。
だから私たちがここで止まるわけにはいかない。
それに私がこのエルフたちを引っ張っていかなければならない。
ご主人様の期待にこたえたい。
溢れる涙を必死に拭いてこの目にご主人様の姿を焼き付ける。
「フィセル様! フィセル様・・・」
「泣くんじゃねえアイナ!! 泣いていても・・・何も始まらねえ・・・」
「でも我慢はしなくていいと思うよ、シズク。君だって十分悲しいはずだ。その証拠にさっきから一番泣いているのは君じゃないか」
「だって、だってよぉ・・・・あぁなんだこれ、涙が止まんねえ。バンも人のこと言えねえけどな」
「ズビッ、こうして目から涙を流せるようになったのも主のおかげだからね。俺は光栄に思うよ」
「今はしっかり泣いて決意を固めるべきだ。あの人だってそれを望んでいるはずだ」
「お兄ちゃん・・・、ぐすっ、私絶対強くなるからね!! だから、だから待ってて!」
思っていた通り、すぐ受け止められた者と立ち直りに時間がかかるものに分かれた。
ルリは思ったよりも落ち込んでいないのが驚きであったが私はというとまだどこか信じられないというのが本音だった。
「そうです。今はしっかり泣いて落ち着いたらこれからの事を話し合いましょう。まずはご主人様を葬りましょうか」
それでも足を止めるわけにはいかない。
動けるときに動くしかない。
早いうちに落ち着いた私とバン、そしてダニングで小屋の裏手の以前たまを埋めたところの横に同じようにご主人様を埋めることにした。
もう動くことのないご主人様の体は私ですら簡単に持ち上げられるほどに軽かった。
人間のやり方がよくわからなかった私たちは昔一度だけ見たのを頼りに土を掘り、布で巻いたご主人様の体を埋めて土をかぶせて石を立て、その後花を添えて手を合わせた。
正直これは何のためにするのかわからなかったがこうしているとご主人様と話していられるような気がした。
まだ彼女たちは立ち直らなかった。
ようやくこれからについて話せるようになったのは日も暮れて夕飯の時間になってからであった。
いつもならご主人様の音頭で食事が始まるのだがもうその声はない。
静まり返る食卓。
せっかくダニングが作ってくれたおいしそうなご飯のはずなのになかなか手が伸びない。
「・・・ではいただきましょうか。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
私が代わりに音頭を取って食事が始まるがやはり空気は重い。
ただ食べねば元気は出ぬと奮い立って目の前の料理に手を伸ばすがなんだかいつもと味が違う。
ストレスで味覚が変わってしまったのか・・・。
・・・いや、それにしてもおかしい。
これは私がおかしいのではなく恐らく・・・
「ぶっ! なんだこれめちゃめちゃ甘いぞ!? なんだこれ!?」
「こっちはひたすらにしょっぱいです・・・」
「本当だね。なんか変わった味がする」
「ぶえっ、なにこれ!」
みんなそう言うというのは私たちが原因ではないということ。
つまりは・・・。
「やっぱり君もかなり堪えていたんだねダニング。君がこんなミスするなんて珍しい」
「そんなはずは!? ・・・なんだこの味、お、俺は一体・・・」
急いで彼は目の前の料理を口に運ぶがすぐに顔をしかめた。
今まで気づいていなかったみたいだ。
「ダニング、あなたもやはりかなり堪えているんですね」
「・・・いや、大丈夫だ」
「あなたが言ったんですよ『泣いて決意を固めるべきだ』って。あなたも相当無理しているのでは?」
「違う!!」
「違いません。だってあなたはこんなミスをする人じゃありません。心が沈みに沈んで大好きな料理中にも上の空になったりしない限りは」
「・・・はぁ、そうかもな、違わないのかもな。そうか、俺も無理していたのか。これじゃあどっかの誰かさんと一緒じゃないか」
唇を震わせながら必死に言葉を紡ぐ。
握っていたスプーンを手放して顔を覆うが呼吸が荒くなっているのはよくわかる。
そもそもついさっき目の前で大切な人が死んだというのにすぐに集中して料理を作れるかといえば普通の者なら無理に違いない。
きっと料理しながらいろいろ昔の事を思い出していたんであろう。
目の前のことに集中できなくなるくらいに。
「そうですね、無理をしてそれを隠すようではあのお馬鹿さんと同じです」
「はぁ、そうか・・・」
ここで初めてダニングが瞳から大粒の涙を流した。
恐らくずっと我慢していたんだろう。
自分は泣くわけにはいかないって。
自分はしっかりしていないといけないって。
だってダニングはいつだってみんなに頼られていたのだから。
「私たちが真っ先に泣いてしまったから我慢していたんですね。ごめんなさいダニング、でも今は泣いていいんですよ」
「くっそぉ!!! なんで先に行くんだよ!! 俺の活躍を見届けるんじゃなかったのか馬鹿野郎!!!!」
「私もまた涙が・・・、でもそのお馬鹿さんのためにがんばらないとですね」
あの場で一人だけ泣かなかったエルフの男泣きにまた全員が涙をこぼす。
だけれどもこれによって沈み切っていた雰囲気が少しずつ活気を取り戻してきたのであった。
******
「ふぅ、やはり泣くとすっきりするな。みんなには済まないがもう一度作り直してくる」
「いえ、その必要はありません。私たちの始動にはぴったりです」
泣き終えたダニングがまたいつものように戻るが私はそれを止めた。
この料理が今の私たちにとってぴったりな気がしたから。
「そうだね。・・・料理の味は独特だけどこれならこの先も忘れないよ」
「ルリももっと食べる!!」
「はいはい、私がよそってあげますからじっとしててくださいね」
「うまい飯よりまずい飯のほうが記憶に残るってか」
「みんながいいならそれでいいが・・・」
「ふふ、大丈夫です。それでは食べながら話し合いましょうか。これからについて」
一瞬静まり返る食卓。
ただこの静寂は先ほどのものとは違い、前へと踏み出した証拠である静寂であった。
「まずですが、当初の計画通りこれから先の50年は準備期間にしましょう。シズク、ダニング、そちらはどうですか?」
「まずは自由に行き来できるようにご主人の赤玉と青玉の改良からだな。まだ全然だ。あとはこっちの技術の有用さをアピールしなくちゃなんねえからほかの魔法具も改良していかねえとな」
「俺もまだだな。これからは現地調査だったり、食材の入手があるから俺とシズクはこの家を離れることが多くなる。一応俺たち二人はセットで動くようにはするから安心しろ」
「この家に私たちをつなぎとめていたものが、なくなっちまったから余計にな」
この二人には以前から人間やエルフ、そして魔物とも異なる種族との協力関係を結ぶことを任せていた。
今動いているのは龍神族と獣人族らしい。
どれも人間にあまり良い印象を持っていない種族たちである。
流石にいくら力を持ったとしても私たちだけでは力不足であり、そのためにも他と協力関係を結ぶほかない。
そのためにも今はまずすぐに行き来できる道を作るところ、そして存在を認知してもらうところからだ。
さらに交渉も、どの種族にどんな交渉を仰ぐかもシズクに全任せである。
だが彼女ならできると信じている。
そしてダニングはその交渉の際に料理をふるまってもらう。
胃袋をつかんだら勝ちという言葉があるように、料理というのは立派な外交手段だ。
そのためにも彼らがどんなものが好きでどんなものがタブーとされているのか。
物珍しさを感じるにはどのような料理が適しているのかを研究してもらっている。
彼自身初めて取り組む料理も多いらしく、中々手こずっているようだ。
獣人族は肉を生で食べる文化しかないからそれを尊重しつつ新たなものを提供するべく尽力してくれている。
「わかりました。それなのですが私もこの家を離れることが多くなります。そこでバン、あなたには私の護衛を頼みたいのです」
「元からそのつもりだよ」
そして私の仕事はご主人様が残した莫大な資産や魔法具を手に人間界で商売を始めることだ。
人間の国から武器や土地や商会を買えばそれだけ敵の力をそぐことになる。
地位や人脈を得て秘密の情報とかも得られれば最高だ。
これを可能にしたのはご主人が編み出した『人間になれる薬』である。
さらにご主人様の生前にお願いして私の戸籍、そしてご主人様との偽の婚姻届けを作ってもらいご主人様の口座を仮の妻である私が引き継ぐことができた。
だからまず、私たちは王都に家でも買うところから始めなくてはいけない。
一応『人間になれる薬』の作り方は私とシズクが覚えているから離れていても何とかはなるはずだ。
そしてバンにはあえてエルフのままで首輪をつけてもらい、私の護衛をしてもらうことになった。
やはり人間とは言っても女である以上何があるかわからないし何かに巻き込まれたらすべての計画が駄目になってしまう。
それにこのころエルフの護衛を持つことはそれなりの地位があることの証拠になるため猶更都合がよかった。
「そしてアイナ、あなたはここに残ってルリの指導をお願いします。もちろん私たちもたまに帰ってきますからそのときにいろいろ共有したり物資を届けたりするので安心してください。あと、ここに眠っているご主人様の資料の保護もお願いします」
「はい、任せてください!」
「ルリも頑張る!! 絶対に強くなるから楽しみにしててね!!」
これによってこれから先、私たちがするべきことは決まった。
私たちの計画、ご主人様には秘密裏に進めていた計画はこうしてすぐに始まっていった。
だがこの時の私はまさか自分があそこまでに醜く、欲におぼれたものだとは知る由もなかった。
今、私たちが遂行しようとしている計画さえご主人様は嫌うことを承知の上で動いていたのにまさかあんなことになるとは。
「情報の共有は必ずすること、そして絶対死なないこと。これを守って各々頑張りましょう」
そう言って口にしたスープはしょっぱかったけど、今もその味は記憶に残っている。
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