第21話 日常7 目標
「はー、疲れた。アイナも楽にしていいよ、今日はお疲れ様」
宿に着くなり俺はカバンを床に勢いよく置いてベッドにダイブした。
アイナも部屋に入って鍵を閉めた後、置いてあった椅子にゆっくりと腰を掛けた。
本当なら二部屋借りたかったのだが奴隷に一部屋宿をとるというのは不自然極まりなかったのでツインの部屋を取ったのだが、男女二人で一部屋となるとやっぱりどこか緊張する。
それがたとえ一年一生に過ごしたものであっても、奴隷であってもだ。
「お疲れ様ですフィセル様。つかぬことをお聞きしますがこの後のご予定はどんな感じなんですか?」
「んー、まぁ今日はこのままゆっくり休んで明日、明後日で買い出しとかいろいろ見て回ったりとかかな」
「わかりました。では私は外にいますのでご用があれば・・・」
「いやちょいちょい待って!? えっ、何で外に?」
「いえ、奴隷は普通外で護衛をするものだと聞きまして」
「誰に?」
「ゲルグ様の護衛のエルフに」
いつの間にそんな会話を・・・、とびっくりするが今はそこじゃない。
俺は椅子から立ち上がったアイナの方をつかんで無理やり座らせた。
「いいか、アイナ。君は俺に買われたけど奴隷なんかじゃない。今は奴隷として振舞ってもらっているだけだ」
「ですがまたいつ今日のようなミスをしてしまうかわかりません」
ミス・・・。ゲルグさんが言っていたものか。
「いや、あれは俺が悪かった。それにこんなところまでそういう振る舞いをしないでくれ。これは命令だ。悲しくなる」
「・・・わかりました、ではいつものように振舞ってもよろしいのですね」
「そう言っているだろう。もうここには俺ら以外に誰もいないし」
「では・・・。フィセル様!!!!!」
そういって彼女は急に立ち上がって俺に抱き着いてくる。
完全に不意を突かれた俺はそのまま押し倒されるようにベッドに叩きつけられてしまった。
「いって、えぇ!? ちょっと待ってよどうしたの!?」
「フィセル様・・・! いつも見ているあなたが本当のあなたで間違いないのですよね!? あんな人間どもと同じではないんですよね!?」
もう力の限り抱きしめてくる怪力少女。
やばい・・・! このまま行ったら背骨がへし折れる!!
「あ、当たり前だろう!? 今日冷たくあしらったのは申し訳ないって!! だからちょっ、ギブギブ!!」
「っ! ご、ごめんなさい。・・・私はもしフィセル様に買われていなければ今日のような、いやもっとひどい扱いを毎日受けていたのですね・・・。そして私たち以外のエルフは今も」
「・・・そうだね。だから俺らで変えるしかない」
急に力が弱まったと思えば急に涙を浮かべ始めてしまったアイナ。
ちょっと戸惑ったがそのまま俺も背中に手をまわして抱きしめることにした。
「・・・別に今日が初めての事ではないだろう」
「そうですね、でも、・・・あの男が私たちを売った人間なんですよね? あの時私は眼が見えていなかったのでわかりませんけど」
「・・・まぁ、そうだな」
「あの男は私たちを何だと思っているのでしょうか。あの男のもつ牢屋にはどれだけのエルフが泣いて過ごしているのでしょうか。・・・・どうして私だけこうも幸せなんでしょうか」
「幸せ・・・か。そう思えてるのなら俺は嬉しいよ。でも俺が助けられるのには限界がある。確かに君はたまたま俺に買われたかもしれないけど、あと何十年もしたら君はエルフの英雄になるかもしれない。そのために俺らは今やれることをやるしかないんだ」
「わかってます・・・、やれることをやるしかないのは。・・・それに不安なんです。いつかフィセル様があの者たちと同じようになってしまうんではないかって。そんなわけないっていうのはわかってるんですけど、王都ではあなたが異端です。この先変わることだって・・・」
「確かに人間という生き物は欲深いし、俺自身この先どうなるかわからない。ただ、今日の賭けで俺は君たちを完全に奴隷から解放することができた。だから・・・」
「だから?」
「俺が道を踏み外したときはアイナ、君が俺の首をはねてくれ。俺が残した資料は多分ヴェルとシズクなら読み解けるから君たちだけで進むんだ」
静まり返る部屋。
そんなことあってはならないのはわかっている。
ただ、俺は人間の欲深さも知っている。
目線と目線が交差する。
お互い真剣だってことが伝わり、空気がヒリつく。俺はそのままちょうど上にある頭を撫でた。
彼女は少しうれしそうに目をつむって、その後決心したのか口を開いた。
「・・・わかりました。フィセル様の騎士として、その命令・・・承ります」
「大丈夫だってアイナ、俺はそんな風にならない。すべてを変えるんだ、俺たちの手で」
「・・・どこまでも着いていきます。この命果てるまで」
「うん、よしじゃあ寝る準備しようか。せっかくツイン取ったんだしアイナもベッドで寝てね。俺、先にシャワー浴びてくるから」
こうして少し異様な雰囲気になった王都での夜が更けていくのだった。
*********
「おっ、そこのにーちゃんどうだい、このリンゴ! 安くしとくぜ!!」
「靴磨きー。たったワンコインできれいにするよ!!」
「今日は良い肉仕入れてるよ!! どうだい!!」
「肉より魚だ!! どうよねえさん、ウマそうでしょ!?」
王都に来て3日が経過して、もう買いたいものを買い切った俺らは王都からやや離れた小さな街をぶらぶらしていた。
この街は特に有名なものもなく、王都から微妙に離れているのもあって栄えているとは言えないし、歩き回っていてもこれと言ってめぼしい店やモノはないがなぜか俺はこの雰囲気が好きで王都に来るたび訪れる。
小さな商店街が並ぶ中、みんなで協力し合って街を活気づけていく。
まるで俺が目指している人間とエルフの共存のようにも思えたから。
そして何より俺が好ましく思っているのは・・・。
「へい、お待ち。サンドイッチとピザね!! おっ、嬢ちゃんエルフかこれまた珍しい。ごゆっくりどうぞー」
「お、美味しそうですね・・・」
「いいよ、ほら好きなだけ食べて」
この街はエルフを拒絶しない。
王都では一度ヴェルとこうして店で食事をとったり服を買いに行ったりしたのだがその時の目線と言ったらすごかった。
まるで「なぜ汚いエルフがここに?」と言いたげな目でずっと見続けられたから。
だが、この街はそこまで裕福じゃないのもあって奴隷はほぼ見かけないし、こうしてエルフと食事をとっていても「エルフがいる! 珍しい!」くらいで収まってくれる。
一応外を歩くときはいつもの服を着てもらっているけど。
この街の人たちは王都から離れているのもあって奴隷と深くかかわりがないからなのかもしれない。
まだ、染まっていないというべきなのかもしれないしどうせ領主様たちは持っているんだろうけど。
「もぐもぐ、お、美味しいですー!」
おいしそうにほおばる目の前のエルフ。
その顔を見て俺も不意に笑みがこぼれた。
「そりゃよかった。それにしてもいいねこの街は。やっぱり腐っているのは王都の貴族たちだけみたいだ。・・・ここはこんなにも温かい」
「確かにそうですね。ここの人たちは私を見ても珍しいとしか思っていないようですから。王都ではエルフ=汚い奴隷とみられてしまいますし」
「多分王都の人たちだって昔はこんな感じだったはずだ。多分狂ってしまったのは」
「「金」」
「・・・だよね。いや、もしかしたら狂っているのは俺なのかもしれないな」
「そうですね、フィセル様は狂っているかもしれません」
「えぇ、ストレートに言うなぁ」
「ですが、この街の人たちは少なくともフィセル様と同じような感じがします。私を一人のエルフとして認めてくれている感じです」
「どうすればこの国全体をエルフと人間が笑いあえるようにできるんだろうね。そして俺は・・・目的を果たすことができるかな」
目的。それは全てのエルフを救い出す道具・魔法・そして金を準備すること。
俺は生きている間に人間とエルフが共存する世界を見ることができるんだろうか。
腐っているところだけ切り取って、新しい物を作ることなんてできるんだろうか。
「わかりません。でもやってみないとわからないですよ!!」
「そうだね。じゃあこれ食べ終わったら早く帰ろうか。みんなが待ってる」
「はい!!」
「よーし、じゃあ食うぞ!!」
人間の温かい部分を見れた俺たちはおいしい飯をほおばって、その目に人間とエルフが共存する世界を思い描いて街を後にした。
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