第22話 幕引き

「フィセル様!! 目を閉じないでくださいフィセル様!!!」


 アイナの声で俺は閉じかけていた眼をゆっくりと開ける。

 ・・・懐かしい夢を見た。

 今叫んだ彼女と一緒にとある町を訪れた時の記憶だ。


 あれから何年、いや何十年がたっただろうか。


 エルフたちの協力のおかげで俺の回復薬はどんどん進化していってその分莫大な富を築き、すべてのエルフの位置を知ることができる魔法も俺が38歳の時に完成した。

 この魔法以外にもたくさんの魔法や魔法具を開発しては王都に持っていき、どんどん金はたまっていく。

 あの後結局ゲルグさんのほかにダズマさんとも契約をしたからさらに売るものの幅が広がったからというのもあるかもしれない。


 さらにそれとは別で、エルフにしか使えない魔法や魔法具の研究にもいそしんだ。


 その中の一つとしてエルフたちの血と俺の独自の魔法で編み出した『エルフを人間のようにする薬』も開発することができた。

『エルフは自分の体を思い描いた姿に成長できる』という話から着想を得た、俺が世界で初めて開発した薬だ。

 単純にエルフの特徴である耳の形状がなくなるだけだけど、それだけでも十分のはずだ。


 しかし年月が経ってもエルフの扱いは変わることなく、ついに野良のエルフはもういないといわれるほどにまでなってしまっていた。


 こうして社会は変わらないものの俺の計画は順調に進んでいき、もしかしたら俺が生きている間に歴史の変わる瞬間を見ることができるかもしれないと思った時もあったが、それが叶うことはなかった。


 俺、ことフィセルは41歳で完全回復薬フルポーションすらも跳ね除ける未知の病にかかってしまった。


 いや、未知なんかじゃない。

 単純にーーーー。


「ま、まさかこれほどまでに無理をしていたとは・・・・、なんで、なんで今まで言ってくれなかったんですか!!!」


 今までの生活で摂取し続けた『悪魔の回復薬デーモンポーション』とその反動を打ち消すために飲み続けた中級回復薬セミポーションによって、ついに俺の体はぶっ壊れてしまったのだ。


 だって仕方がない、一刻も早く計画に移るには俺の体にムチ打つ以外の方法がなかったから。

 俺の命と引き換えにエルフが助かるなら安いものだったから。


 いつものように書斎で研究をしていた際に急に意識を失って起き上がることができなくなった俺の耳に残った最後の言葉は、ヴェルの悲痛な叫びだ。

 今でもその叫び声は耳に張り付いている。


 こうして俺はベッドから起き上がることのできない人間となった。


 それから寝たきり生活を1年ほど過ごして体調は徐々に回復し始めた。

 ダニングの旨い飯を食えず外で体を動かすこともできず、元気に話すこともできずに過ごしたこの一年間は本当につらかったが、この療養生活によって死の淵をさまよった精神が回復したのも確かである。


 ただ、自分の体の事は自分がよくわかっておりもう長くは生きられないことをエルフたちに伝えた時の反応は今でも忘れないだろう。あろうことか彼女らは死にかけの俺に


『じゃあ転生魔法を編み出してください。転生して一緒に変えましょう』

 なんて言いやがった。


 最初こそ「君たちは馬鹿か」と俺も笑いとばしたが、時間が経つにつれて自分がみんなにおいて行かれることに対する焦り、そして見届けることのできない悔しさが徐々に熱を帯びて肥大化していき、倒れてから2年後にはぼろぼろの体に最後の踏ん張りをかけて俺の人生における最後の研究を始めていた。


 俺も大バカ者だったということだ。


 途中あまりの無謀な挑戦であることに気づいて

「これ多分転生後の世界は何百年も後になるから意味ないかも」

 と逃げようとした俺に対して


「エルフの寿命をなめないでください。絶対にご主人様が転生するまで生き残って見せますし、転生したご主人様に是非とも私たちが変えた世界を見せて差し上げます」


 と後押し(脅迫)されつつ俺は1年を、俺の人生の最期の1年を転生魔法の研究にささげたのだった。


 そしてついにその時は来た。



 ********



「ご主人様、行かないでくださいご主人様!」


「おい! 俺が最高の料理人になるまで見届けるって言ったじゃねえか!! 約束と違ぇぞ!」


「私たちを置いていかないでください・・・。こんなのあんまりです・・・」


「・・・これが人間とエルフの、寿命の違いというものだ。私たちではどうにもならん。普通の人間よりかは明らかに早い気もするが」


「主よ・・・、絶対生まれ変わってくださいね。その時はまた俺はあなたのもとに仕える」


「私、まってるから! お兄ちゃんが生き返ったときに何もおびえるものがないような世界にするから!」


 もうゆっくりとしか動かない目を開けるのを諦めて俺は全神経を口に集中させる。

 声を聞けばみんなが近くにいることが分かるから自然と怖くはなかった。


「お前らにもう俺は・・・必要ない。・・・これからは自由だ、自分が生きたいように生きろ・・・。そのために編み出した俺の・・・道具や魔法だ。あとは・・・任せたぞ」


 誰かの手が俺の手をつかむ。

 するとどんどん俺の手が包まれていく気がした。

 俺は最後の力を振り絞って口をわずかに動かす。


「もし、もし・・・俺が生き返れたら・・・その時は優しく迎えてくれ・・・・・。君たちと再び会えることを・・・楽しみにしている」


 俺の一度目の人生の記憶は、ここで途絶えた。

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