第16話 日常2 長風呂

「随分とおいしそうに茹で上がっていますね。何をやってるんですか」


「あっはっは、すげぇなこりゃ」


 くらくらする頭、グワングワン言っている耳。

 完全にのぼせてしまった俺は吐き気や頭痛に苦しみながら床に寝かせられている俺の上空からそんな声が聞こえた。


 少し目を開けてみると横ではヴェルがタオルで俺を扇いでおり、頭の方ではシズクがケラケラと笑いながら椅子に座ってタオルでパタパタしてくれている。

 ヴェルが体を、シズクが頭を冷やしてくれている感じか。


 どうやらさっきまで一緒に話していた男二人もなかなかしんどいようで、椅子に座ったまま状態でアイナにがみがみ言われながら水を飲んでいるのが見えた。

 どちらも体調の悪そうな顔をしている。


 あはっ、二人も無事のぼせてるみたいだな。


 ルリは興味深そうに茹で上がった二人をつんつんしている。ただそんな中でも俺が腰にタオルを巻いているのは彼らがやってくれたのだろう。

 ありがとう二人とも。おかげで尊厳は保たれたよ。


「なんでまたこんなことになったんですかね」


 俺が応答できないのを察したのか、ヴェルが座って燃え尽きている二人に質問先を変えた。

 賢明な判断だ。


「いや、主と話していたら夢中になってて・・・」


「面白い話? なんだよ聞かせろよ、男だけで裏でこそこそやってんのはみっともねぇぞ」


「それでもフィセル様を守るのが私たちの仕事でしょうが!! 兄さん分かってるんですか!?」


 バンがつぶやいたセリフにシズクが反応する。シズクがこの手の話に反応しないわけがない。

 アイナはまだぷりぷり怒ってるけど。


「あっ、でも今は言わないほうがいいかもなぁ。男だけで語るなんてそっち系しかねえからな」


「・・・そっち系って何ですか?」


 にやけるシズク、首をかしげるアイナ。

 あ、やばいこいつやりやがった・・・。


「アイナには関係ねえ話だよ。違うか、アイナにはない物の話だ」

「ない・・・ですか? ・・・っ!! に、兄さん!!?」

「待てっ違う、そういう話はしていない!」


「あっはっは、なるほどね! ダニングもむっつりスケベだったってことか!」


 胸を両手で隠すアイナ。

 笑うシズクと対照的に無表情のヴェル。

 ヴェルはどんな思いでこの話を聞いているんだろうか。

 さっきよりも少しだけ頬が緩んだ気がするから嬉しいのだろうか。


「いや、そういう系の話はしていないぞ」

「じゃあ何の話をしてたんだよ、言ってみろよ」

「ちょちょ、フィセル様はやっぱり大きいほうが好きなんですか!? どっちなんですか!?」


 会話がどんどんヒートアップしていく。

 その証拠にさっきからシズク方面から来る風がどんどん強くなっている。

 興奮してきているのであろう、力任せに仰いでいる。

 一方ヴェルからの風は常に一定だ。気持ちいい。だいぶ楽になってきた、

 約一名違う話をしている中、ダニングはシズクの方を見てまた口を開いた。


「言っていいのか?」

「・・・なんで私に聞くんだよ?」

「いや、お前に関係のある話だから」

「むしろ聞きたくなったね。早く言えよ」


「・・・シズクがなぜここまでご主人に懐いているのか聞いてみただけだ」

「わぶっ!?」


 頭上からタオルが叩きつけられる。

 タオルを少しどけて上を見るとわなわな震えているシズクの姿があった。


「はぁ!? ちょ、なんでまたそんな話に!? てか、もしかして言ったのかご主人!?」


「主の尊厳のために言っておくと最初は口を閉ざしていたよ。ただ、だんだん頭が回らなくなっていったみたいで・・・」


「はぁ!? ちょ、ちょ待て! この話はやめだ!!」

「シズク、あなたの顔も今茹であがったように真っ赤ですよ」

「うるせぇ!!」


 俺の顔の上のタオルを取ってヴェルの方に投げるが顔色一つ変えずに手で防ぐ。

 対するシズクは真っ赤だ。


「へぇ~、私も聞きたいですその話。私も気になってたんですよ。シズクさんが言っていいって言ったんですから別にいいですよね?」

「こ、こんな話だと思ってなかったからだ!」


 珍しくアイナがシズクをいじめる。

 いつもとは立場が逆だ。


「あれ、なんだったっけダニング? 確か・・・」


「わぁーー! やめろ! ちょっ、やめてくれ・・・お願いします!!」


「もうここまでいってしまったらあなたの負けですよ、シズク。まだ自分で言ったほうが恥ずかしくないのでは?」


「ルリも気になるー! 何の話かよくわかんないけど!!」


 バンとヴェルが追い打ちをかける。

 もうシズクのライフは0だ。

 普段強気な人って、いざ攻撃されると脆いって聞いたことがあるけどまさにそんな感じである。もういつものようなオーラはない。


「シズクが言わないのなら俺が・・・」

「わかった、言う。自分で言うから・・・」


 遂に折れたのか、ダニングの声をさえぎりポツリ、ポツリとシズクが話し始めた。


「あれは・・・私がご主人に呪いを解いてもらった時だ。呪いがどんどん体を侵食してきてもうそろそろ死ぬってなったときに視界が真っ黒になったんだ。・・・それでもう駄目だって思ってすべてを諦めてたら聞こえたんだよ、ご主人の声が。そしたら真っ黒な世界に亀裂が入ってそこから腕が伸びてきてさ引っ張られて・・・次の瞬間には視界が真っ白になって気づいたらご主人の腕の中にいたんだ。あん時抱きしめられた温もりはもう忘れねえ・・・。それでそんな私にご主人は耳元で・・・・」


 そこまで言ったシズクは口を急に閉ざした。


「・・・さすがにこれ以上は言いたくねぇし、二人も言わないでほしい」


 そういってシズクはうつむいてしまった。

 ・・・流石におふざけが過ぎたみたいだ。


「ま、まさかそんな事があったなんて・・。ご、ごめんなさいシズクさん、ここまで踏み込むつもりでは・・・」


「私も悪かったです。流石に踏み込みすぎましたね」


「ごめんねシズク、少しやりすぎたみたいだ。それにしてもそんなことがあっただなんて」


「ああ、びっくりだな」


 アイナ、ヴェル、バン、ダニングの順にシズクに声をかける。


「ああ、いや別に・・・。って、ちょっと待て。バンとダニングの反応はおかしくないか?」


「ん? おかしいかい?」

「いやお前らご主人に聞いたんだろ?」


 そう尋ねられた二人は顔を見合わせたのち、こう言い放った。



「俺らはシズクの事を何も聞いていないよ。いや、主に聞いたのは本当だけど教えてくれなかったんだ」


 凍り付くリビング。

 状況がよくわかっていないルリの素っ頓狂な声だけが響いた。


「は? ・・・え、でもさっき・・・・」


「聞いた、というか尋ねただけだな。ただご主人は教えてくれなかった。要は俺らも何も知らなかったってことだ」


「ってことは・・・、てめえら私をだましたってことか!!!」


「いやいや、確かに知ってそうな感じは出したけど話を進めたのは君だよ。まぁ、たまにはシズクをいじるのもありかなって思って」


 覚えておこう。意外とバンはSだ。

 満面の笑みからは楽しいオーラがにじみ出ている。

 こいつを敵に回すのはやめておこう。


「まぁご主人様の口は堅いですからね」

「そういうこと。止めようとも思ったけどあまりにシズクが可愛かったからつい。ごめんね」


 ようやく体調が戻ってきた俺は上半身を起こしてシズクのほうを向く。

 シズクは何が何だかって顔をしている。

 その後立ち上がって椅子の上でパニックになっているシズクの頭をわしゃわしゃ撫でてあげてる。

 シズクは猫のように目をつむった。


「ごめんなシズク」

「・・・よかった。あの思い出は・・・私とご主人だけのものなんだな」


 そう嬉しそうにシズクはぽつりとつぶやいた。

 この時のシズクは本当にかわいかった。

 ダニングが余計なことを言うまでは。


「いや、あの時ご主人は気を失ってたらしいぞ。俺たちが知らなかったのはご主人に風呂で『俺もあの時の事は覚えてない。だからよくわからない』って言われたからだ」


 撫でていた手を離して俺はすぐにシズクに背を向けた。

 俺の背後ではどうやら先ほどまで失っていたオーラが復活してきたみたいだ。

 なにやら圧を感じる。

 元気が戻るのは何よりだ。

 怖くて後ろ向けないけど。


「・・・ってことはご主人は口が堅かったんじゃなくて、何も覚えてなかったってことか?」


 後ろからシズクの声が聞こえる。

 どうやら怒りの矛先が俺に向いてしまったようだ。

 俺は悪くないはずなのに。


「おっ、もうこんな時間か。タイヘンダー、俺はもう寝るぞー」

「ご主人、服を着替えたらすぐ私の部屋に集合」

「・・・うっす」


 この後シズクにぐちぐち言われたのは長いからカットすることにする。


 *********


 どうやらあの時の事をご主人は本当に覚えていないみたいだ。

 まぁ呪いを解く作業の後半はもう何も聞こえていないって感じだったから超集中モードだったのかもしれない。

 なにやら怪しい飲み物も飲んでたし。


 そんな中で私だけ覚えているのもなんだか悔しい。

 あんな言葉を吐いたのなら責任は取ってほしい。

 私とあなた、二人の秘密がよかった。


 でも覚えてないのなら仕方がない。

 それだけ必死だったってこと、それだけ私を死ぬ気で助けてくれたってことだから。

 貴方が言ったあの言葉は無意識に出たことだということだから。


 だけど私は意地悪だからあなたに教えない。

 あなたは凄い気になっていたようだけど。

 そのうち自力で思い出すかもしれないし。

 それまでは私だけの秘密にしておこうと思う。


 いつか私もあの言葉を、他の誰かにかけることができる日は来るのだろうか。

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