第13話 探しもの

「私を・・・犯してほしい」


 目の前のエルフ、シズクから爆弾発言が飛び出す。

 え、なに、どういうこと?


「・・・シズク、言ったよな俺はそういう目的で君らを雇ったんじゃないって」


「それはわかってる」


「ならなんでそんなこと言うんだ。それは異性に向かって軽々しく吐く言葉じゃないし、俺が喜ぶわけでもない」


「軽々しくなんて言ってない!! ・・・だって、だって・・・」


 捨てられるのが怖い、もしくは私にはこれくらいしかできない。か?

 シズクが言うのをためらっている間いろいろな可能性を考える。

 彼女が、人間が嫌いだった彼女がなぜこんな発言をしたのかを。

 だがシズクが次に発した言葉は俺の考えとは全く違うものだった。


「・・・今でも夢に見る。汚い人間たちに犯される夢を」


「・・・・・」


「知っての通り、人間に連れ去られてご主人に買われるまでの5年間私はいたるところで奴隷として扱われてきた。あるところでは粗悪な労働環境で働かされた後に犯されて、違うところではサンドバックみたいに扱われて。・・・いま、ご主人のおかげでこうした生活を送れているけれど記憶までは変わらない。私の記憶でそう言った行為は全て絶望の象徴だ」


 思わず返事に困る。

 これはシズクが経験してきた過去。俺が口を出せるようなものではない。


「ご主人に記憶をピンポイントで消せる薬があるのならそれでいいのだが」


「ないな。そもそも記憶を消す薬すら作れたことがない」


「そう。だから私はあなたに犯してほしい、傷をつけてほしい。唯一心を許した人間であるご主人に記憶を塗り替えてほしい。そうでなければ・・・私は毎晩悪夢にうなされ続ける」


「で、でも・・・」


「安心しろ、ご主人の完全回復薬のおかげで今私は何の病気も持っていないから感染る《うつる》心配はない」


「そんなの違う!!」


「なにも違わない。・・・私がどれほど苦しんでいるかあんたにわかるか・・・? 好きでもない汚い人間に好きなように扱われ続けたこの無念が、怒りが、悲しみが。だから・・・せめて心を許した人、初めて添い遂げたいと思えた人とそう言った行為をすることさえ許されないのか!? 愚かな人間どもにいいように汚された私と行為をするのは嫌なのか!?」


「そうじゃない!!  ただ・・・」


「私の体はあの薄汚い人間によって汚された不良品だ。おそらくほかのエルフの者たちは私と結ばれることは拒むだろう。だから・・・一夜でもいいから私に心から信頼した者と交わらせてくれ、この体を私の意志で使わせてくれ!! そうでなければ・・・私の記憶はあの人間ども止まりだ・・・」


 大粒の涙を流しながら言いあう俺とシズク。

 そうか、彼女は軽々しく口にしたんじゃない。本当に苦しかったから俺を頼ったんだ。


「・・・・・わかった。一回だけ、今日だけだ。だが条件がある」


「条件?」


「もし俺が今回の件で変わってしまって、二回目をシズクに懇願したときは俺を殺してくれ。そうなったら・・・あの王都の人たちと同じになってしまうから。そうなる前に俺は死にたい」


「・・・その気持ち、わかる。最初にご主人に会った時もそうだった。これ以上辱めを受けさせられるくらいなら殺せって、ずっと思っていた」


「それだけじゃない、もし俺がほかの二人にも手を出すようなら一思いにやってくれ。これは命令だ」


「向こうから誘ってきた場合はどうするのだ」

「それは・・・その時考える。ただ俺からは絶対に出さない」

「承知した。約束は守る」


「そういえばご主人って童貞なのか?」

「なっ、どどど童貞じゃねぇし!」

「その反応・・・ギャグか本当なのかわからないのだが」

「童貞だよ悪かったな!!!」

「ならば初めては私の物か。じゃあ今日の夜、待っている」


 こうして俺はこの人生で初めて女性を抱いた。

 俺の人生における最初で最後の経験だった。



 ******


 それからの日常は何とも平和で、素晴らしいものだった。

 好きなように研究して、体を動かしたくなったら外に出て、時間になればうまいご飯が出てくる。

 部屋はいつもきれいに保たれているし王都の情報も入ってくる。


 また、家の周りに魔物が出現する場面が今日までに一度だけあったがいともたやすく双子の二人が葬ってくれた。

 俺一人の時は強力な酸をぶっかけて何とかしてたから安全度はかなり増したと言える。


 このようにエルフを雇う前に比べると生活水準がグッと上がったのは言うまでもない。

 まあ今まで一人で生活していたから当たり前といえば当たり前だし、買いだめしておいた干し肉はもう二度と食卓に上がることがないため部屋で夜虚しく一人で食べているのは前と変わらないが。


 そんな生活も軌道に乗り始めて順風満帆に見えたが、シズクの呪いを解呪してから2週間が経とうとしている時、また一つ事件があった。


 ことの発端はアイナであった。

 いつも通り昼食を取った後にバンとアイナと共に体を動かした後、アイナに相談されたのだ。


「ご主人、その、少しでいいので元エルフの国の様子を見てきてはいけませんか?」

「エルフの国? 危なくないかい? あ、ありがとう」


 動き疲れてくたくたになっている俺はバンが渡してくれた水を飲みながらアイナに答える。

 体を動かした後の水ほどうまいものはない。

 ちなみに水は家の近くの井戸からとって来ているものだ。


 ・・・元エルフの国。

 確か今あそこは魔国と王国の国境のようなものになっていて今も戦いが繰り広げられているはずだ。

 だからこそ、毎週のように新たなエルフが発見されては、売りに出されて行ってしまうのだが。


「は、はい。その・・・探したいものがありまして・・・」


「そうか、それは大事なものなの?」


「はい、それがあれば私たちのホントの力が出せるようになるので・・・」


「アイナ、無理を言ってはいけない。俺らは主のコマなんだから迷惑をかけちゃだめだ」


「でもあれがあれば、もっと強い力でお守りすることができます!」


「そうだけど・・・!」


 なにやら双子には何らかの事情があるみたいだ。

 できれば解決してあげたいが・・・。


「ちょっと待っててくれ、おーい!!! シズク!!! ちょっと来てくれーー!!!」


 館に向かってそう叫ぶと10秒もしないうちにシズクの姿が見えた。

 ・・・すげえなエルフの耳って。


「どうしたんだ? 庭に呼び出すとは珍しい」

「今の元エルフの国って治安どう?」

「それは悪いに決まっているだろう。魔物と人間が日夜戦っているからな」

「だよね。・・・アイナ、君の探し物はすぐに見つかると思う?」

「はい、目星はついてます。そこになければ持っていかれたか破壊されたかなので・・・」


「よし、わかった。特別に許可を出そう。シズク、着いていってくれ。それに向こうへはドラグで行くのか?」


「え、あ、ありがとうございます!!! はい、ドラグに乗っていきます」


「本当はバンも着いていってほしいんだけどそしたらこっちが手薄になってしまうからごめんね。代わりにシズクを付けるから」


「かしこまりました」

「主の命のままに」


「シズクは少しでもやばいと思ったら赤玉を使う事。アイナは今日中に必ず帰ってくること。そして必ず生きて帰ってくることそれが条件だ。回復薬もシズクに何本か渡しておくから惜しみなく使って」


「わかりました! ありがとうございます!!!」


 不安を抱きながらもこうして俺は二人を元エルフの国に送り出した。


 一応首輪は外してあるし再度つけることは出来ないようになってるけど大丈夫か、とか強力な魔物に襲われていないかとか、不安を数えだしたらきりがなかった。

 なんかもう子供を旅に送り出したお母さんの気分が何となくわかった気がする。


 結果としてそんな不安も杞憂に終わりその日の日が落ちるころにはちゃんと二人そろって帰ってきた。

 特に目立った外傷はなく、無事に目当てのものも発見できたみたいで結果としては大成功に終わった。


 一つ不測の事態が起こったが。


「あ、あの、この子お父さんもお母さんもいないみたいで・・・。魔物に襲われているところを助けてそのまま・・・・・」


 そう、アイナとシズクが新しいエルフ、しかも子供のエルフを助けてきたのだ。

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