第9話  豹変

 時計を見る。時刻は午前8時。

 ここにきてようやく昨日書き写した分の解読がひと段落着いた。


「な、なんとかできた・・・。人間やればできるもんだな」


 ダニングの料理がなければここまで集中力はもたなかっただろう。

 そのまま倒れるように机に突っ伏したが勢い余って机に頭から落ち、「ゴンッ」という音が部屋に響く。


「? ・・・何の音・・・?」


 そしてこの音でシズクがお目覚めのようだ。


「おう、シズクお目覚めか。ちょっとそこで待ってて」


 一休みしようかとも思ったがシズクが起きたのなら話は違う。

 そのまま一回に降りて厨房の方へと歩いていくとそこにはダニングが朝ご飯の準備をしていた。


「ダニングおはよう。朝早くからありがとう」

「別に問題ない。今来たということはあの少女が起きたのか?」

「うん、だからご飯作ってあげて」

「承知した」


 そういって今作っていたであろうスープにお玉を入れ、味見するような動作をするダニング。

 その姿はまさに料理人という感じだ。


「あのさ、言いにくかったらいいんだけど・・・なんでダニングは舌を切られてたの?」


 ずっと気になってて聞けなかったことパート2だ。

 聞くかどうか迷ったけど好奇心が勝ってしまった。


「・・・俺は昔エルフの王城で料理長として働いていた。就任して間もなくエルフの国は滅びて俺は人間のもとに売られたがな。最初は腕の立つ料理人として高額で売られて他のエルフよりかは良い待遇で扱われていたと思う。ただ、俺は言葉遣いが悪くてさらにある日あろうことか俺は主人に歯向かってしまってな。その罰で牢屋に監禁されていたんだが最終的に舌を切られて再び売りに出されたってわけだ。舌がなければ味が分からないから料理人としては終わっているからな」


「そ、そんなことが・・・」


「俺も一つ疑問があった。何故あんたはエルフの味方のような動きをする?」


「俺は人間とエルフの関係をつい先日初めて知った。それまでは研究一筋でめったに外に出歩かなかったから知らなかったんだ。それで国に認められて大金を持ったと同時に勧められてね、そこで初めてこの国の闇を見た」


「それが奴隷市場という事か」


「うん。それで俺はこの国のエルフの対応はどうかしてると思った。でも俺なんかじゃ変えることは出来ないことも思い知った。俺は金があるだけで他は何もできないし俺が人間である以上は人間のルールに従わないといけないし。でも君たちは違う。もし君たちが自由になれたら、何か力を持てたら再び世界を変えれるんじゃないかと思ったんだ。人間と違って寿命がとんでもなく長いみたいだし。だから俺は君たちに託すことにした」


「なるほど、そうか。いや、変なことを聞いて申し訳なかった」


「いいよ、いつかは伝えておきたかったことだし。それじゃあシズクのごはん頼んだよ」


「シズク? ああ、あの少女の事か。了解した」


「よろしく。・・・ダニング、俺が生きている間に最高の料理人になってくれよ。舌を切ったやつらを見返してやれ」


「生きている間か。それは随分と短い期間だな」

「君たちに比べたらそうだね。じゃあ俺は部屋に戻るからできたら持ってきてくれ」

「了解した」


 俺は厨房を出て自分の部屋へと向かう。

 正直このペースだと5日後いや、もう4日後か。

 4日後に間に合うかどうか微妙なラインだ。


 でも、やるしかない。


 *******


 それからあっという間に3日が経過したある日の午後、それは急に起こった。

 そしていつもと変わらず俺が呪いの解読にいそしんでいたところ、急にシズクが悲鳴とともにソファから落ち、苦しみだしたのだ。


「シズク! 大丈夫かシズク!!!」

「が・・・、首が・・・」

「首!?」


 シズクの首をよく見ると呪いの縄が彼女の首を締めあげていた。

 首だけじゃない、どんどん縄が食い込んでいっている。


「大丈夫かシズク!?」

「だ、大丈夫・・・ただ、あと5時間ってところだ」

「5時間!? そ、そんな無茶な・・・。もうちょいがんばれ!!!」

「こ、これでわ、私の勝ち・・・だ」

「なっ、おい諦めるな!!」


 口ではそう言ったものの、俺も正直限界であった。

 今の進行状況は正直言って75%といったところ、そして呪いのデッドラインが迫っている。

 もう無理かとあきらめかけたその時、シズクの目から一滴の雫が落ちていくのが見えた。

 いや一滴どころじゃない。次から次へと溢れていく。


「シ、シズク・・・? 泣いているのか?」

「泣いてなんか・・・ない。ただ、お前に・・・腹が立っているだけだ・・・」


「俺に? た、確かにこんなひどい呪いをかけた人間は・・・」


「違う、お前だ。お前があの日すぐ私を殺してくれればこんなことに・・・・ならなかった。なぜあいつらは・・・私にやさしくする。・・・なぜこんなにおいしいご飯を・・・食べさせてくれる。・・・・どうして・・・エルフを救おうとする!! お前の話を聞いたら・・・死にたくなくなるじゃないか・・・」


「シ、シズク・・・」


 彼女はそんなことを思ってこの4日間を過ごしていたのか。

 呪いにおびえながらも俺が解読できることを信じて。

 そうとも知らず俺は・・・あろうことか諦めようとしていた?


「生きたい・・・。私はまだ生きたい。生きて・・・あいつらと、そしておまえと暮らしたい・・・」

「当たり前だ。俺が絶対お前を救う」


 そういって俺は自分の机に向かい引き出しを開ける。

 そこには完全回復薬の小瓶、そしてもう一つ、紫色の液体の入った瓶がある。


「それは・・・何だ?」

「これは俺が飲むものだ。『悪魔の回復薬デーモンポーション』っていう俺が開発した薬で、まあ集中力を高めるエナジードリンクってところかな。ここ最近寝てなくて集中が切れてきてたから」


 嘘は言っていない。これは開発途中の集中力を無理やり底上げする薬だ。

 だがまだ開発途中なだけあってそれこそ5時間持つかどうかってところだし、効果が切れた後に頭痛、吐き気、その他もろもろの体調不良を引き起こす、いわば集中力の前借りってところだ。


 その薬を一気に飲み干してシズクを見据える。

 頭の中はさっきまでと打って変わってすっきりしており眠気も飛んだ。


「シズク、一緒に頑張ろう」

「・・・・・」


 羞恥心がないと彼女は言っていたが最初の方はそりゃもう抵抗されたもんだ。

 じっくり眺めていると「変態!」て言われて触れようとすると「触るな!」とはたかれて。


 でももうそんなことを言ってられなくなったようだ。

 彼女も分かっているようで一切の抵抗をしなくなった。



 そこから先の事はもう覚えていない。


 気が付けば俺はヴェルに使えと言ったベッドに寝かされておりその周りにはエルフたちが座ったり地面に寝そべる形で眠っていた。


 そして俺の横には一糸まとわずすやすやと眠っているシズクの姿があった。

 もうその綺麗な肌には呪いの文字はない。


「そうか、俺、、ちゃんとできたのか・・・」


 今度こそ、守りたかったものを俺の手で守ることができたみたいだ。

 この状況は全く理解できないが。


 ・・・よし、いったん落ち着こう。冷静にだ。


 目線の先は天井。うん、ヴェルに貸している部屋だ。

 右を見るとシズクが寝ている。

 うん、若い男女が一緒に寝る時点でアウトだな。

 しかも全裸だし。

 え? 全裸?


 急いで布団をめくるがちゃんと俺の方は服を着ているようで安心した。

 右腕はシズクにがっちりホールドされておりシズクは何とも嬉しそうに腕に顔をすりつけているけど。

 ていうか女の子って男とは体つきが全く違うんですね。

 いいにおいするし柔らかいし。

 右腕は石のように動かないけど。

 この体のどこからそんな力が生まれているんだ?


 ・・・ちょっと待て。え? まじで誰この人? シズクであってる? 

 ついさっきまでと別人なんですけど。

 こんなんバレたら殺されるのでは?

 冷汗が背中を伝う。


 そう思ってからは早かった。

 シズクの腕を振りほどいてベッドから出よう・・・。


 としたのだが振りほどこうとした瞬間右腕をつかんでいる力が増して逃げることはかなわなかった。

 しかも不運にもシズクは今の動作で目が覚めてしまったみたいだ。


「ん、ふぁ・・・」


 あ、やべ、殺されるわ。

 みんなごめん・・・約束果たせずに終わりそうだ。


「・・ご主人、おはよう」


「ひやっ! 違うこれは不可抗力だ!! い、命だけは!!! ・・・ん?」


「どうしたご主人? なぜそんなにおびえている。私の胸で慰めてやろうか」


 もう一回言おう。


「え?」

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