第8話 呪い
「ざ、残念だったな・・・」
どうやら俺の
その体には痛々しく呪いの文字が刻まれている。
「うん゛! ・・・だが肉体的損傷は本当に治るみたいだな。しかもこの舌・・・失う前の俺のものだ」
「それはよかった。それで君はどうする? 料理人として死ぬよりも悔しいって言っていたけど」
一方料理人の方は無事治ったみたいでようやく彼の肉声を聞くことができた。
「・・・・・俺に料理を作らせてくれ。それで判断する」
「ちょうどよかった。なら彼らに作ってあげて。なんか4日間干し肉しか食べてなくてもう見るのも嫌だってさっき言われちゃったし。これ使っていいから、はい。ところで君の名前は?」
「・・・・・ダニングだ」
ダニングが俺の投げた袋を受け取る。
この袋は一見ただの袋だがその実見た目の何百倍もの物を入れることができる、王国内で三大発明と名高い魔法具だ。
もちろんこの袋を開発したのは俺なんかじゃないし目が飛び出るくらいの高級品だ。
それでもこうして今手元にあるのは完全回復薬の申請が通ったおかげだ。
中には馬車で送るのは気が引けた、王都で買った新鮮な食材がたくさん入っている。
干し肉生活に限界を感じているバンとヴェルにはちょうどいい。
俺的には何の問題もないんだけどな。
「俺はこの後部屋にこもるからいいや。それじゃあヴェル、後は任せた。あ、あとたまは絶対俺の部屋に入れないでね。あいつ大事な時に限って邪魔ばっかするから」
「かしこまりました」
「それで君は今から俺の部屋にきてもらう。よいしょっと」
「ちょ、ま、待て何をする!!」
「いや、弱ってそうだからお姫様抱っこで運ぼうかなと。俺の部屋二階だし」
「大丈夫だ触れるな近づくな!! じ、自分の足で行ける!」
近づいた俺から逃げるように後ずさる少女。
なんでそんなに動けるんだ・・・?
今回の二人は完全回復薬を使っても眠りにつくことはなかった。
それでもかなり暴れたから消耗しているだろうにダニングは料理をしに行ったし、目の前の少女はこれだけ反発する余裕があるみたいだ。
相当タフなのかもしれない。
それか拷問に慣れているか。
「そうか、じゃあ部屋で待ってるね」
流石にここまで拒絶されては何を言っても無駄だと判断し、さきに自室に戻ることにした。
こうして俺と呪いにかかった少女は初めて二人きりになることができた。
******
「ようやく二人きりになれたね」
「なんだよその言い方。気持ちわりぃ」
「突然だけど、君は魔法と呪いの違いを知ってる?」
「・・・まぁある程度はな。魔法は術者が死ねば消えるし永久に残ることはないけど、呪いは術者、要は呪いをかけたやつが死ねばより強いものになるし、ほっとけばいつまででも残り続けるもんだ」
「そのとおりだ。だけど呪いはその構造式さえ解読してしまえばだれでも解くことができる」
「もしかして今からこの呪いを解く気か?」
そういって軽く服をはだけて見せる少女。
その肌には縄のようにまとわりつく言葉が生き物のようにうごめいていた。
「そうだ。だから俺と賭けをしないか? おれが期限内に君の呪いを解くことができたら俺の計画に協力してもらう。もし期限内に解除できなかったら・・・君はその呪いで死ねる。君はその呪いがあとどれくらいで君の命を刈り取るかわかるよね?」
「・・・この呪いを知ってるのか」
「似たようなのを見たことがある。ここまでおぞましいものは死の呪文以外にない」
「・・・だいたいあと5日ってとこだ。最悪だよな人間って。売りに出す前に商品に時限爆弾を仕込んでいくなんてよ」
「だから俺が全力で君の呪いを解く。・・・ただ呪いの構造を全部見ないといけないから君には恥ずかしい思いをさせるかもしれないけど我慢してくれ」
「いいよ別に・・・。散々汚い人間に汚された体だ。もう羞恥心なんてもの存在しない」
「じゃあ始めるよ。全身全霊をかけて、君を救って見せる」
こうして俺の新たな戦いが始まった。
*********
時計を見る。今はちょうど日付が変わったぐらいの時間だ。
22時に奴隷市場でダニングたちと会い、そこから1時間かけて戻ってきて話し込んだからまあ妥当だろう。
俺はさっき彼女の体に書かれている呪いの一部を紙に移し書いてそれの解読中だ。
カリカリという紙の上をペンが走る音が部屋の中に響く。
(そういえば、彼女の名前ってなんていうんだろう・・・?)
と、聞き忘れていたことが頭の中でぐるぐるし始めるくらいには集中できていなかったが。
「そうそう、君の名前はなんていうの?」
「名前なんかない。もう捨てた」
「じゃあ好きなように呼んでもいい?」
「・・・勝手にしろ、どうせ死ぬんだから」
「じゃあシズクで。シズク、君は疲れたら寝てもいいからね」
「いわれなくても勝手に寝る」
といって彼女はソファの上で寝息を立て始めてしまった。
やっぱり完全回復薬を使ったことによる疲労は相当だったのだろう。
取りあえずさっき写した分だけでも彼女が起きる前に解読しようと俺は意気込んだ。
そもそも呪いの解読とは、掛けられてる呪いを逆順で掛けてやれば治るといういたってシンプルなものだ。
だから彼女の体に書かれている呪いを写し取って逆から読めばいいだけだ。
ただどの呪いでも例外ではないが、基本的にその文字列はぐっちゃぐちゃになっている。
例えるなら絡まった紐をほどくような、そんな感じでどことどこがつながってるのかよくわからないことが多い。
だから俺はこの5日間でまず彼女の呪いの文字を全部写し取って、それをつながってるところを頑張って見つけてほどいて新たに呪いをかけなおすという事をしなければならないわけだ。
うん、中々にしんどい。
それに寝ている彼女の体をまさぐるのはどうにも気が引けたから今日はさっき写した分で何とか分解できそうなところを分解するしかない。
「ふぁああ、さすがに俺も疲れたな・・・。まあこの分だけはやっとくか」
そう思って再びペンを持った時だった。
「失礼します、ヴェルです」
コンコン、というノックとともにヴェルの声がドア越しに聞こえる。
「いいよ入って」
俺が答えるとそこにはヴェルと、ダニングがお皿をもって立っていた。
「ご飯ができたので持ってきました」
「あれ、俺は大丈夫って・・・」
「いや、俺があんたに食べてほしいんだ。俺の料理を」
「それに何やら大変そうなことをしているそうですけど・・・、腹が減っては戦は出来ぬですよ」
足元に散らばる紙をちらっと見てヴェルが優しく告げる。
「・・・そうだね、いただくよ。ちょっと待って」
急いで机の上に散らばる紙を片付けてスペースを作る。
ヴェルとダニングがおいてくれたさらにはなんともおいしそうな料理がたくさん載っており、ほかほかと湯気が立っている。
いただきます。と手を合わせて一口ずつ口に運んでいくがどれもあり得ないほどおいしい。
肉は中までジューシーだしスープは一口飲んだだけで温まる。
干し肉とは違って脂が口に入れたとたんに広がっていく。
「・・・こんなあったかいごはん家で食べるのいつぶりだろう?」
「いつもは干し肉だったからですよね」
「ヴェルはどんだけ干し肉に恨み持ってんだよ・・・。で、ダニング、どうだった?」
「・・・正直、全盛期の俺からは程遠い。だが、俺は間違っていたよ。俺が忘れていたのは味でもセンスでもなく俺の料理を食べて喜ぶ人の顔だった。彼ら、そしてあんたの今の顔だ。・・・さっきは失礼なことを言って申し訳なかった。どうか俺をあんたのもとで仕えさせてください。みんなの喜ぶ顔が・・・また見たい」
「むぐむぐ、・・・本当においしい。俺の方からもお願いするよ。これからの俺たちの食卓を任せた」
「・・・承知した」
「それで彼女の分も持ってきたのですが寝てしまっていますね。・・・彼女の呪いを解くことは出来るのですか?」
「わからない。でもできるだけのことはする。彼女の分の料理は・・・ちょっと俺はもうお腹いっぱいだからみんなに回してくれ。ダニングは出来ればでいいけど明日の朝ご飯を彼女に作ってあげてほしいからまたその時は伝える」
「承知した」
三人ですやすやと眠るシズクの顔をのぞき込む。
その顔は悍ましい呪いの跡とは違って綺麗でやすらかであった。
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