ケモ耳っ娘ちゃん
危機に陥った時、どんなものでもプラスにとらえてしまうものだ。
俺だって生きてるうちにそんなことは何度もあった。
だから分かる。
だから今のこいつもそうなんだろう。
「んにゃ~……。助かったああぁぁ~~」
俺の前には(というか足にしがみついている)獣人の少女がいる。
見た目は10歳くらいの子供で、茶色く長い髪からネコ科のようなぴょこんとした耳を生やしている。
着ている服はあちこちボロボロだ。
奴隷……にしては(直感だが)奴隷特有の匂いとか絶望感は感じられない。
となると迷子か?
しかしこんなところでなるものか?
「かみさまはここにいたんですね~……!」
「ガイコツの神様なんて死神くらいのもんだぞ」
俺がそう言うと少女は顔を上げて俺の顔を見た。
そして目が合った時、少女は体をびくりとさせ慌てて飛びのき、手足をバタバタさせながら地面に転んだ。
……久々にこの見た目にピッタリな反応を見た気がする。
「え? もしかしてわたし死んでます?」
「死神が戸惑うくらい元気だ」
少女は体のあちこちをさわり、最後に耳をひっぱると生きてることを確信した。
「でもあなたは死んでますよね? どういうことですか?」
「こんなだがこれでも生きてんだ。疑似的な不死ってやつだ。……まあ言っても分からないだろうから、喋れることだし生きてると思ってくれ」
「よ、よく分からないけどそうします」
「で、ここに何の用だ? 助けてほしそうにしていたが」
すると少女は耳をピンと立てて俺の体にまたすがってきた。
「お願いします! ミーニャを助けて欲しいのです!」
「ミーニャってお前のことか?」
少女は強くうなずくとなぜか舌を出した。
理由を聞くとどうやら水や食べ物をしばらく口にしていなかったらしい。
さすがに追い返すのは気が引けた俺は、ひとまず城から水と簡単な食料を持ってきた。
ミーニャはよほど欲しかったのか、俺から奪い取るように水と食料を取った。
「で、助けてほしいってどういうわけだ?」
俺が訊ねるとミーニャの耳が弱弱しく垂れ、尻尾も同じように垂れた。
「実は群れから追い出されて。それで私ひとりぼっちになっちゃって、ずっとあちこちを迷っていたのです」
「群れから? 何かとんでもないことでもしでかしたのか?」
ミーニャは自らの手のひらを見ながら言った。
「何もできないから追い出されたのです」
獣人といっても人間に近い生活を送るやつもいればそうでないやつもいる。
そしてそうでないやつは特に種の生き残りを重視する。
その傾向からか、狩りなんかができない役立たずはある程度の年齢に達すると群れを追い出されると聞いたことがあった。
つまりミーニャは無能だとみられ、捨てられたのか。
まあ、自然の厳しいところだな。
とはいうものの。
「ならこんなところじゃなく孤児院なり教会に行けばいい話だろ。ここがそんな風な場所に見えるか?」
ミーニャは自らの耳を掴みながら恥ずかしそうに言った。
「実は私。方向音痴みたいなのです」
「は? 方向音痴」
「んにゃ~……。自分でもびっくりするくらいそうなんです。私も群れを追い出された時、街に行こうとしたんですよ。でもずっと迷っちゃって」
それで気がついたらここに来たわけか。
いつ頃からかは知らないが、よく食われなくて済んだな。
「一応聞くが地図があっても迷う自信があるか?」
「んにゃ!」
「『んにゃ!』じゃねえよ……」
追い返したところでどうせ迷うのは目に見えている。
最悪死ぬかもしれんな。
というより、帰れといったところでこいつは駄々をこねるに違いない。
だったらいっそのこと、城のやつに任せるか。
「事情は分かった。今日はここに泊まれ。我が主に話は俺から通しておく。それで明日――」
俺の前に大きな影がでてきた。
それどころか、影はだんだんと迫ってくる。
「んにゃー!! ありがとうございます!!」
ミーニャの言葉が聞こえたと同時に、ミーニャは俺の顔に抱きついてきた。
さすが獣人というだけあってよく飛べる。
それよりも邪魔だ。
そもそも顔に抱きついてくるやつがいるか。
「……おい。邪魔だ」
俺がミーニャの後ろ首あたりを掴んで離すと、ミーニャは「にゃッ?!」と驚きながら手足をぷらんとさせていた。
どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
ったく。話をさえぎりやがって。
「明日にも城のやつに街に連れて行ってもらう。それでいいか?」
ミーニャは元気よく返事をした。
それを聞いた俺は俺が目を通したことを記したメモをミーニャに渡した。
「じゃあ城のやつにそれを見せて魔法使いのところへ行け」
「魔法使い? どうしてですか?」
「二重チェックだ。心配するな、余計なことをしなきゃ大丈夫だ」
ミーニャはそれを聞いて戸惑いを見せた。
だがすぐに門に向かって歩きだした。
自分がどういう立場か理解したようだ。知能はあるらしい。
「あの~。魔法使いってどんな方ですか?」
ミーニャはふと立ち止まって俺の方を見て言った。
「俺をこんな姿にしたやつだ。まあ、俺が望んでなったってところもあるけどな」
ミーニャはそれを聞くとびくりと全身を一瞬震わせた。
あの魔法使いが好みそうなみごとな怯えっぷりだ。
♢
翌日。
俺の横になぜかミーニャが立っていた。
恰好は昨日のみすぼらしいものと違いちゃんとした(むしろちゃんとしすぎているような)ものを着ている。
それに肌もなんだかツヤがでている気がする。
出発する準備は完了といったなりなのになぜかこいつは一向に動かない。
どころか城のやつも出てくる気配がしない。
「…………おい。なぜここにいる?」
ミーニャは腰に手をあて、誇らしげに胸を張った。
「だから言ったじゃないですか。今日からこのお城で働くんです!」
そうだった。
なぜかこいつは今日からここで働くらしい。
俺はその事実を忘れていた、というより忘れたがっていたようだ。
「……なぜだ?」
「人手不足? だからそうです。私も行くあてがないので、せっかくならと決めたのです!」
この城も少し見直す時が必要かもしれない。
というよりよく我が主が許したものだ。
寛大なのやらいい加減なのやら。
なんてことを考えているとミーニャはビシッと姿勢を正し「一生懸命働きます! んにゃ!」と言った。
そういうやる気に満ち溢れているものは苦手だ。
「で、どうしてここにいる? 仕事なら他にあるだろ」
「何が一番合ってるかはやってみないと分からないから、まずは色々やってみるようにって言われたので」
もっともなことだ。
だがどうも不愉快だ。
「誰に言われた?」
「リューネ様です。あと城のことも教えてもらうようにとも言ってました」
「俺に?」
「はい。子守が得意だから丁寧に教えてくれるはずたって」
そんなわけあるか。
まったくあの人は……。俺を困らせたいだけでそんなことを。
……与えられた以上やるしかないか。
「分かった。しばらくはそうするとしてだ、ミーニャ。お前戦えるのか?」
「狩りじゃないなら戦えます。狩りって頭を使ったり緊張することがあるじゃないですか。それがわたし苦手で」
群れを追い出された理由がよく分かった。
まあ戦えるなら問題ないだろう。
「あのー。そんな風に作戦を考えてやって来る人っているんですか?」
俺がうなずくとミーニャはあごに手を当て思案しているポーズを見せた。
それっぽいという印象しかない。
「ちなみに最近だとどんな作戦で来られたのですか?」
最近となると。
……あの馬鹿な女騎士か。
考えるだけで疲れてくる。
「くだらない遊びで通ろうとしたやつがいた。それくらいだ」
「遊び?! それってどんな遊びなんですか?」
「じゃんけんだ」
「じゃんけん? それってなんですか? 教えてください!」
俺が断るとミーニャは教えてくれとやかましく言い始めた。
黙るよう言っても聞くのをやめない。
静かにさせようと俺はミーニャの服の後ろ首あたりを掴んで宙に持ちあげた。
「んにゃ~」
手足をだらりとさせ、耳を垂れさせながらミーニャは気の抜けた声を出した。
普通の子守よりも少しは楽かもしれない。
……そう思いたい。
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