束縛系エルフさん
「……なんだこれは?」
俺は思わず抜いた剣を鞘に片付けながら訊ねた。
俺の前には、拷問でも始めるつもりかと思うような鎖や縄などの拘束具がずらりと並んでいる。
そのうちの一つ。他の物よりも一回り分厚く、重量感のある鈍い銀色の手枷を女は手にとった。
「これは北部のオーク達が作ったものよ。どう? ずいぶん頑丈そうだと思わない? 高かったんだから」
顔の表情をほとんど変えず、曇った黒と青のオッドアイをした黒髪のハーフエルフ(エルフにしては他の特徴がですぎているからハーフだと判断した。実際は分からん)の女は淡々と言った。
淡々と、とは言ったもののこいつの雰囲気は少し油断ならない。
見た目は成人したくらいの儚さがほのかに漂う美しい女だが、そもそもこんなところまで拘束具コレクションを背負ってやってきたやつだ。
しかもここから街までは最低でも数日は歩く。
だからこいつを遠目で見た時はちょっとした化け物でも来たかと思い、俺は思わず剣を抜いてしまった。
我ながら情けない。
「北部のものというと、独房中の独房の囚人に使うくらいの代物か」
「そうよ。でもこれもダメだったの」
「? 話が全然見えてこないが、一体何がダメだったんだ?」
女はそう言いながら手枷を指でなぞった。
瞬間、手枷は魔法が解かれたように割れ、女の指の間からボロボロと零れていった。
手枷の断片を見るに、女が何かの魔法で砕いたわけではないようだ。
というより、何かを拘束していたが破られたような跡だ。
「……ストレスたまってるのか?」
「ある意味そうね。まあとにかく、私の悩みを聞いてよ」
「お断りだ。俺は門番だ、相談役じゃない」
女は不思議そうに首をかしげた。
なぜ不思議がる。どう見たら俺が相談役に見える。
「実力行使でも聞いてくれない?」
女がそう言った瞬間、女の雰囲気が変わった。
魔力の鼓動のような、張り詰めた空気があたりの土ぼこりをおしのける。
俺自身の体からも、骨のきしむ音がした。
純血じゃないが、さすがエルフの血が流れてるだけはある。
まともに戦うと面倒だ。それに――
「相談相手に手を出すのか?」
「それもそうね。悪かったわ」
女は小さくため息をつくと、元の感情が分からない状態へと戻った。
「よっぽどストレスがたまってるみたいだな。何があった?」
「彼とうまくいってないのよ」
痴話げんかか?
「なあ、だったらなおさら俺みたいなガイコツに聞くのは間違いじゃないのか?」
「ふさわしかろうがなかろうが、来ちゃったものはもういいじゃない」
ん~まあ……。そうだといえばそんな気はするが。
既成事実みたいでいい気分じゃない。
「分かった分かった。期待には応えられないかもしれないが、話くらい聞いてやる。で、何がうまくいってないんだ? ……って聞いたそばから悪いが、恐らくその悪趣味な物が関係してるんだろ?」
女は「ええ」と腕を組んだ。
そのどこか上から目線の態度にはこの拘束具がよく似合っている。
勝手な予想だが、きっとこいつは人に言いにくい趣味をしてるんだろう。
保守的なエルフが聞いたら卒倒しそうだ。
「私はいいと思ったのだけど、彼にはどうも合わなかったみたいなの」
そりゃそうだ。
いや、稀にそういう趣味のやつがいるかもしれないが大体はそうだろう。
どんなに見た目が良くても、こんな物騒なもので束縛してくるのはたまったもんじゃない。
「今まで色々試したのだけど。どれもすぐ破っちゃうの。それで彼、最近少し不満げなのよ」
あー……。稀の方の人だったか。
「私の彼ってとにかく縛られるのが好きなのよ。でも普段は好青年って言葉がよく似合う人。知り合いはみんなそう言うし、いい旦那さんになるって評判よ」
女はそう言うと他の手枷を手に拾った。
その時、最初に壊れた手枷と同じようにそれも音を立てて割れた。
「『芸術は汚すためにある』……誰が言ったのかしら。すごく的を得てると思うの。彼みたいな皆が羨むようなできた人を服従させ、汚すのって。楽しいのよ。分かるでしょ?」
指の間から破片をこぼしながら同意を求めてきた。
当然だが答えはNOだ。
女は子供みたいに少し不服そうに口をとがらせた。
「つまり私達はお互いに満たされている関係なの。でも彼の持つ強さのせいでそれが崩れるかもしれないのよ」
女はそう言うと最初に壊れた手枷を指した。
「それ、彼は数分で壊したの」
「魔法を使わず?」
「ええ。物理だけよ」
「……お前の彼氏って巨人とかドラゴンじゃないよな?」
「見る目は普通よ。そんなわけないじゃない」
ごもっとも。
だがこいつの彼氏はごもっともじゃない。
「まあこういう問題なわけだから、わざわざあなたのところに来たわけよ」
「いや。そういうわけと言われてもどういうわけか分からねえよ」
「あら? ここは魔王城なんでしょ。だったら彼をずっと縛ってられるようなすごいものがあったり、どうにかできる人がいるんじゃないの?」
「もしそうだとしても、部外者にやるわけにも教えてやるわけにもいかない」
それにこいつが求めてるのはもはや機密情報レベルの代物だ。
到底無理な話だ。
「どうしても?」
「どうしてもだ」
女は「そう……」と画になるような物憂げな表情を浮かべながらつぶやいた。
事情が事情だから俺にとってはおっかなく見えるわけだが。
などと思っていると女は俺を指してこう言った。
「じゃああなたが何かいい案を考えなさい」
「いや、そう言われてもな」
「じゃないと私」
女はそう言うと腕を組み、真っ直ぐ俺を見つめた。
「ここで子供みたいに寝て駄々をこねるわよ」
精神的に嫌すぎる。
「……本気で言ってんのか?」
「大真面目よ。ふんぎゃ~とかプギャーとか言って駄々こねるから」
俺は思わず手で目を覆った。
それくらい想像するだけで消耗する光景が浮かびあがるからだ。
「分かった分かった。考えてやるから絶対にするなよ」
とは言ったが、あの手枷を数分で破るようなやつをどうにか縛れる方法か……。
難しい話だ。
道具はダメ。なら魔法はどうだろうか。
……いや、勘ではあるが魔法も似たような結果になるだろう。
となると物理は無理そうだ。
じゃあどうする?
う~ん。分からん。
だが分からんと言うとこの女が門の前で駄々をこねる。
そんなの城のやつに見られたらなんて言われるか。
いや、それ以前に俺が精神的にまいってしまう。
……精神的?
ああ、精神的か。
「いっそ洗脳してみたらどうだ?」
「洗脳? 物騒なこと言うのね」
「お前がそれを言うか……。まあとにかくだ。おまえ言霊ってなにか分かってるよな?」
「言葉に宿る霊力のことでしょ。魔法を学ぶ者なら最初の方で学ぶ概念だから知ってるわよ」
「なら話は早い。俺が言いたいのは怪しい宗教じみたことをしてまでの洗脳ってことじゃなく、言い聞かせるだけでいいってわけだ」
「つまりプチ洗脳というわけね」
プチ……。まあそうだがあんま軽いものみたいに扱われてもな。
いや、この際どうでもいいか。
「プチ洗脳……。すぐにでも試してみたいものね」
女は口元を微かに緩めると、俺に礼を言って去っていった。
それにしてもプチ洗脳か。
一応どんなものか言ってみたが、あいつと俺で理解にずれが無ければいいが……。
まあ、なるようになるだろう。世の中そういうもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます