カルト宗教家さん
たまに俺は本を読む。
読むのは主に夜。俺もたまに夜に門番の仕事をするが、夜は目の効く奴がやっている。
だがそいつは目こそ誰よりもいいが少し気が弱く、強さもそれほどじゃない。
そんなだからか噂だがそいつは別の仕事を割り当てられるらしい。
で、代わりになのか最近城の魔法使いが俺が夜でもちゃんと仕事ができるように道具を開発中とか。
たしか『クリスタルアイ』とか言ったか。
目が宝石のガイコツ……。
悪趣味なやつが好きそうな見た目だ。絶対なりたくない。
……話がそれた。たしか本の話か。
城には図書室がある。
そこにはあらゆる分野の本がたくさんあるが、その中で俺が読むのは世界の動物や歴史など、そういった記録とか。あとは冒険した者達の手記とかだ。
もう冒険をするつもりはないが……。昔の名残なんだろうな。
とまあ、主に読むのはそういったものだが、それ以外もたまに読む。
そうだな。例えば門番をしているとごくたまに本を勧められたりする本とか。
だが。
「……これはなんだ?」
俺が手に持っている本の表紙には「世界解剖新書」なる文字がこれ見よがしな金文字で記されている。
装丁は紫をベースに神々しい鳥やら天使らしきものがあったりと、とにかく金のかかりようがすごい。
「ですから先ほどお話したでしょう? これはこの世界の真実について記されたものであると!」
毒を持つ生物の見た目がよく鮮やかで美しいものをしているのはなぜか。
それは獲物をその魅力で引き寄せるためだ。
何が言いたいかというと、この本はろくでもない代物ってことだ。
そしてこの本を持ってきた男。
顔は道化師のようにきっちりと化粧しているにもかかわらず、あちこち穴があいたみすぼらしい服という何ともとんちんかんな身なりだ。
そのわりに髪だけは好青年な短髪だからもうわけがわからない。
こいつの見た目には苛立ちに近いもどかしささえ覚えてしまう。
「悪いが宗教の勧誘は断ってるんだ」
張り紙でも貼ろうかという話さえ出てるくらいにな。
まあそんなことしたら景観が台無しだって反対の意見が多いわけだが。
「え? 魔王城にも宗教の勧誘って来るんですか?」
「ここに来るのは基本、命知らずなやつだからな。それくらいいてもおかしくない」
それに魔王を自らの宗教に取り込めたら大きな躍進になるだろう。
実際、そういうわけのわからない宗教にハマって国や家が亡くなった王族や貴族の言い伝えは各地に残ってたりする。
そういう成功例(目的や事情は知らんが)があるから実践しようとする者もいる。
「へえ~……。って! 私をあんなペテン師達と一緒にしないでください!」
「逆に聞くが、俺がお前を見てペテン師じゃないと思ってたらどう思う?」
「あ~。それはやばいですね」
「……意外とまともな判断はできるんだな」
すると男は振り払うように頭を振った。
「とにかくですね! あなたは先ほど読まないと申しましたが、この本を読まなければ後悔しますよ?」
「後悔って。具体的にどんな?」
男は「どんな?」と言葉を繰り返しながら考えを巡らせ始めた。
こういうやつは下手に拒否するよりも、ある程度話を合わせてからお帰り願う方が早く済む場合がある。
今回の場合はそれに当てはまると判断したわけだが、まさかこんな(カルト野郎にとって)答えやすい質問に言葉を詰まらせるとは思わなかった。
「そ、そう! 例えばあなたがこの世界がどうなっていて、誰が作ったとか考えた時!」
「……かなり限定的すぎないか?」
「だけどみんな一度は考えるでしょう! ええ! だからいいのです!」
まあ、無くは無いからつっこまないでおこう。
「それでですね。なぜこのような事を言ったかといいますとね」
男は含みを込めて口を開こうとした。
何を言おうとしてるのかはおおよそ分かりきっている。
「知ったからなのですよ。この世界の真実を」
「……で、それがこの本に書いてあると」
「そうです! どうでしょう? 興味わきませんか? 読んでみようと思いませんか?」
「いや、毛頭ない」
「え? そう?」
男はキョトンとした顔をしたかと思うと、地面につく勢いで肩を落とした。
よくそのメンタルでこんなことしようと思うもんだ。
「まあ……せめてどんなものか少しだけ聞いてやる」
「え?! いいんですか?」
「お前みたいなのはだいたい斬られるまで居座るからな。死体処理が面倒なだけだ」
男は斬られる姿を想像したのか、一瞬顔が真っ青になり身を震わせた。
変な男だ。異端者のくせに妙に人間味が残っている。
まるで異端者のフリをしているみたいだ。
「まあいい。さっさと内容を話してみろ。それが済んだら帰れ」
男はコクコクとうなずいた。
「えっとですね……。つまりその……。その本に書いてあるのはですね……。う~ん……。いざ話してみろと言われると緊張しちゃいますね。こういう扱いを受けたのはなにぶん初めてで」
男はメイクに似合わない人の好さがにじみ出ている照れ笑いを浮かべていた。
やっぱりこいつ。
「……なあ、なんでそんな恰好してるんだ? そもそもお前、どうして異端者のフリをしている?」
「え?! な……なぜ、そう思うのです?」
「それなりに長いこと生きてるとな、本物かどうか見分けがつくもんだ。お前の場合は偽物だ。身振りもそうだし、今こうして普通に会話ができているのもその証拠だ」
俺がそう言うと男は観念したようにうなずいた。
「耳を傾けてもらうためですよ。どんなに素晴らしいアイデアも、誰にも見られなければ意味がありません。それにこのような身なりだからこそ、思いっきり恥を捨てて喧伝することができるのです」
最後のは迷惑極まりない。
「私は航海士をしていました。といっても望んでこの職についたわけではありません。幼い頃から父にそうなるよう育てられたのです。だからこの仕事はあまり好きではありませんでした。雑用ばかりで、仕事もきつく、周りはみな私をからかい。正直自分にはあってないと思っていました」
道化師に似合わない暗い面持ちをしていた男の顔に、暖かさが出てきた。
「ですが楽しいこともあったのです。それはいろんな人から話を聞くことでした。船には古今東西からたくさんの客がやって来ました。その中には私達に好意的に接し、愉快な話をしてくれる方もいました。彼らの話す現実も空想も混ざったあらゆる話。それに思いを馳せ、胸を躍らせ、いつか私は彼らのように素晴らしい物語を語り、伝えたいと思うようになったのです」
男は懐かしい思い出に耽るように語っていた。
その姿は道化師でも異端者でもなく、年を重ねた冒険心を忘れない人間だった。
きっとこの男は、それなりにいい男だったのだろう。
むしろどんな話をこれまで聞いてきたのか聞いてみたいくらいだ。
「そんな時です!」
男の目が急にぎょろっと開き、俺は一瞬すくんでしまった。
「私は夢で恐ろしくも神秘的で、そして真実めいた深淵をみたのです! そこは海か夜空か分からないところでした。そこには我々を作り上げた光の巨人が――」
「あーうん。分かった、もういい」
「なんですと?! これからが素晴らしいところなのに!」
危うく前言撤回しかけたところだ。
「知ったことか。とにかくなんだ。色々あったがそのなんかすごいこと? を伝えたいわけだろ?」
「なんかすごいことではありません! とびきりやばくてすごいことです!!」
何が変わったんだ?
「とにかくだ。話を繰り返すようで悪いが、やっぱりそんな恰好をわざわざしなくていいと思う。どうしてもしないとだめなのか?」
「だって内容がやばいですから」
その判断力があるのにどうしてこうなったんだろうな……。
「それに何事もまず形からと言うでしょう? あ、ちなみにですけどその一環として今日ここに来たわけなんですよ」
「なんだ? 勧誘だけじゃなく他にも何かしようとしてたわけか?」
「ええ。この前酒場で魔王城の門番は大変立派なガイコツであるという話を聞きましてね。それを聞いてそのガイコツの頭をこう、例えば首飾りにしてみるとか。そうすればより禍々しさも増していい感じになると思いましたけど、実物は想像よりも大きすぎましたね」
頭のてっぺん辺りにジワリと変な感触を感じてしまった。
「で、要件は済んだか? なら答えはこうだ。さっさと帰れ」
俺が本を突き返すと男は惜しみのある顔で本を表紙に目をやった。
「やっぱりだめですか」
「……俺や我が主はな。だがまあ、少しくらい共感してくれるやつはいるだろ」
男は一瞬ハッとした様子で顔をあげたが「何を根拠に?」と眉をひそめた。
「見てきたんだろ? たくさんの人を。だったら分かってるはずだ。世の中いろんなやつがいるってな」
「だから私みたいに変な人もきっといると?」
「お前なんかマシな方だ」
「ハハハッ。まるで見てきたかのようですね」
……まあな。
「そこまで言われてしまったら仕方ありません。今回は諦めましょう」
男は礼儀正しく一礼し、背中を向けて歩きだした。
表情はたしかに晴れやかだ。
だがやはり見た目が気になってしかたない。
「なあ、一つ聞いていいか?」
男は「なんでしょう?」と振り返る。
「余計なお世話かもしれないが、やっぱその恰好で話を伝えようとするのは色々面倒だと思うぞ?」
「でしょうね。でもいいのです!」
男は何もかもを解放したかのように両手を広げて大空を仰いだ。
しかもなぜか男を包み込むように陽の光まで降り注ぐ。
どうやら変なところで神様の奇跡とやらが起きたみたいだ。
「今こうしてッ! 内なる自分をッ! 解放できたことにッ! 喜びが――」
「さっさと帰れ」
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