魔王城のガイコツ門番さん

くぼたともゆき

女騎士さん


 黒い曇天の空のもとにそびえ立つ魔王城は、まさに異形で畏敬の存在。

 俺が初めてこの城に来た時と変わりない。

 その時の俺は職を失い各地を放浪していた。

 そんな時だ。偶然この近くに迷い込み、そこで我が主である魔王様の奔放な娘リューネ様に出会った。

 本の中のように人間と魔族とが対立している時代ではないにしろ、今だそれに似た意識を持つ者はいる。

 にもかかわらず、リューネ様は一方的に俺に好奇心からの好意を見せた。

 そして話をしているうちに流れでここへ来た。

 ……考えてみると、ガイコツの姿になり、今こうして門番をしているのもなんだか不思議――


「おい貴様! 私を無視してもの思いにふけるな!」


 ……ああ、忘れていた。

 俺が振り向くと、甲冑姿の女騎士が俺を指しながらプンプンと(見た目は成人していない金髪の女で子供という印象ではない。だが彼女の雰囲気はまるで子供だ。だからあえてこんな表現を使う)怒っていた。


「ああ悪かった。ところで聞き間違いかもしれないが、さっき何言ったんだ?」


 俺が訊ねると、女は急に得意げな表情を浮かべ――


「さあ、この私と勝負しろ」


 左足を大きく前に踏み込み、右腕が後ろになるよう体をひねらせ、握った右手に左手をかぶせた。


「じゃんけんで!」


 策士策に溺れるという言葉があるが、この女の今の状況は一応そうらしい。

 で、なぜこの女が策に勝手に溺れているかというと、(さっき聞いた時は耳を疑ったが)どうやらじゃんけんで勝てば俺がここを通すと考えているようだ。

 というのも実はこの女、ついこの間も魔王城に入ろうと俺に戦いを挑んできた。

 その時は剣を交えての勝負だったが、実力差は圧倒的に俺の方が上でまるで勝負にならなかった。

 そういうわけで、運ならば互角に渡り合えるということでこんなふざけた勝負を持ちこんできたわけだ。


「お前。仮にも剣を携える者として恥ずかしくないのか?」

「かつて『竜達の舞踏』と呼ばれた戦いで名をあげた苛烈卿ドラクスクはこう言うだろう。『勝てばよかろうなのだ』と!」


 ドラクスクがどんなやつか知らないが、多分そんなこと言わない人だろう。

 なんてことを考えていると、女は一方的にじゃんけんを始め、勝手にグーを出した。


「フフッ。手を出さないということは戦いを放棄したということ。つまり私の不戦勝、というわけで通らせてもらう!」


 勝手に(しかも早口で)事を進めた女は俺の横をずんずんと通りすぎようとした。

 もちろん通すつもりなどさらさらない。俺は女がその場から動かないよう女の頭を押さえつけた。


「クッ……! この卑怯者!」


 どの口が言いやがる。


「こんなことして俺がここを通すと本気で思ってんのか?」

「押し通る! 押し通ってみせる!!」


 答えになってない。


「ぐぬぬぬッ……!!」


 女は何とか一歩踏み出そうと全身に力を入れる。

 だが魔法を使ってない人間の力など程度が知れている。

 結局女の努力は無駄に終わり、諦めたのかその場にへなへなと座りこんだ。

 やれやれ、さっさと帰ってほしいもんだ。


「分かっただろ? 何をしても中には入れさせない。お前もどうせ前に来た勇者ごっごの人間達と同じなんだろ? たまにいるんだよ、そういう時代錯誤の連中が。我が主はお前のようなやつがどうこうできる相手じゃない。分かったらさっさと帰れ」


 だが女は座り込んだままそっぽを向いて帰ろうとしない。

 困ったものだ。これじゃきりがない。

 いっそ殺すことも考えたが、無闇に殺すと後々面倒ごとになる。

 この女の場合、どこかの国、あるいは誰かのお抱えの騎士の可能性があるから余計にだ。


「……じゃんけんだから通してくれないのだな?」

「まあそうだな」


 じゃんけんに限らずこんなふざけた方法で通らせるつもりはないが。


「ならばあっち向いてホイだ!」


 そう言うと女は勢いよく立ち上がり、かけ声と同時に指を指してきた。

 当然付き合うつもりなど微塵もない俺は、その指を力強く握る。


「痛い痛い!だがまだこっちの手がある!」


 もちろんもう一方の指も同様に握った。


「待って待って!!折れる、折れちゃうから!!」


 痛がってる女の指を離すと、女はまた地面に座り込んだ。


「やれやれ。なぜそこまで必死になるのか俺には分からん。我が主を倒したところで、このご時世だ。ただめんどうになるだけだぞ? お前もガキってわけじゃないんだからそれくらいわかるだろ?」

「それくらい分かってる」

「じゃあなぜだ?」


 すると女は悔しそうに口をつむぎ、強く手を握りしめた。


「……妹に楽をさせたいからだ。妹はいつも遅くまで酒場で働いていて、私が顔をのぞかせても働いているか寝ているかのどちらかだ。まだ妹は12だ。年頃なのに……。これではかわいそうだ」


 しばらく女は黙り込んだ。

 かと思うと一言「不甲斐ない私を許してくれ」と言葉をこぼした。

 本心からの…………純粋で欲深い言葉だ。


「だから我が主を討ち、名を挙げるというわけか」


 だが女は俺の予想とは裏腹に顔を横に振った。


「そもそも私は魔王を倒そうなどと思っていない。私は魔王の娘リューネを生きて捕らえるために来たのだ」


 リューネ様を?


「このような手配書が最近あちこちにあってな」


 見ると確かに手配書にはリューネ様の特徴や報酬金について書かれていた。

 冷やかしにしては悪質なほどきっちりと書かれ――


「フブォッ――」


 目の前が突然真っ白になった。

 いや違う。少し黄色い。

 そうか、これは紙だ。紙の感触だ。


「ハハハハハッ!! 敵に油断を見せたからだ!」


 顔についた手配書を取ると、女は俺をあざ笑いながら門に向かって脱兎の如く走っていた。

 なんて速さだ。まるで騎士というより盗賊だ。


「クソッ! させるか!」

「否! 正義と名誉と金の為にも押し通る!!」


 度し難いほど欲深い。

 女は見上げるほど高い魔王城の門の前で剣を抜き、声をあげた。

 するとたちまち剣は炎に包まれ、女は構え直した。

 その姿はまるで人間の本に出てくる英雄。だがその実はあきれるほどに欲深い。


「我が剣技に破れぬものなどない!!」


 勇ましい事を言って女は門に向かい剣を振り下ろした。

 が、門は破られるどころか傷一つなく、さらに女の剣は音を立て、見事真っ二つに折れた。

 女は折れた刀身を見てプルプルと震えている。


「この門はただの門じゃない。なぜかは教えてやらないが、少なくともただの奴には破れん代物だ」


 この門には防御魔法が施されている。

 そして魔法をかけたのは俺をガイコツの姿にし、疑似的な不老不死にした魔法使いだ。

 最近門に新しい防御魔法をかけてみたと言ってたが、まあ効果はあるみたいだ。

 今度報告しておこう。


「なにしようが無駄だ。さっさと帰れ」


 だが女は諦めわるそうに頬を膨らませて居座っている。

 まるですねた子供だ。


「……すねても無駄だぞ」

「知ったことか」

「知ったことだ」


 俺は女を抱き上げ、肩に担いだ。


「何をする! 離せ!」

「こうでもしないとずっといるだろ」


 俺が歩きだすと女は体をジタバタさせて抵抗した。

 もちろんそんなことは無駄だ。

 女もいい加減理解したのか、何もしなくなった。


「……なあ、なぜわざわざここに来た?」

「だから言っただろう。魔王の娘を手に入れるためだと」

「そうじゃなくてな。わざわざこんなとこに来なくても金くらい確実に稼げるはずだ」

「……なぜそのようなことを私に?」

「妹。大変なんだろ? だったら博打を打つより堅実に稼いだ方が楽をさせてやれるんじゃないか?」

「妹が大変? 何の話だ?」


 俺は女を放り投げた。


「……ッ! いきなりなんだ!」

「お前さっき妹が毎日夜遅くまで働いているとか楽をさせてやりたいとかぬかしてたよな?」


 女は座ったまま首をかしげ、そして「ああ、そうだった!」とハッとした表情をみせた。

 が、すぐに目を泳がせ始める。


「まさか俺を出し抜くために嘘をついたのか?」

「いやいや待て待て!! 私は嘘など言ってない! 妹はいる。働いてもいる! ただその……。あの子は好きで働いてるだけでべつに辛いってわけではないな。むしろよく皆に褒められているくらいだ。街一番の器量のよい子だと言ってくれる者もいるくらいなんだ。私の自慢の妹だ」

「そうか。それに比べてこの姉か」

「うぐッ……」


 自覚はあるらしい。


「だ、だからこうして魔王の娘をさらいにきたのだ! そうすれば皆が私をすごい騎士だと思ってくれる!」

「おい。妹の為はどこいった?」

「そ、それももちろんある! 実は来週、妹の誕生日なんだ」

「だからリューネ様の懸賞金でいいものをプレゼントしようってわけか」


 女は強く、そして何度もうなずいた。

 今までの感じから、嘘はまず言ってないだろう。

 だからこそ俺はため息がでた。


「こんなこと薄っぺらいことは言いたくないが……。高いものを無茶して買うよりも、気持ちのこもったもんとかそういう頑張ればどうにかできるものをあげた方がいいんじゃないか? 要は身の丈にあったもので気持ちを伝えろってことだ。それに無茶して用意したもんなんて、かえって気をつかうだけだ」

「なるほど……。うむ、たしかに!」


 なんでリューネ様をさらおうとしたどこの馬の骨か分からんやつに、俺はこんな大層なことを言ってるんだろうな。

 そう思っていると女は立ち上がった。


「感謝する! 私なりのものか……。実に難しいがあの子の為だ。頑張ってみよう」


 女は俺に一礼すると、言葉遣いに似合わない無邪気な笑みをみせ去ろうとした。


「なあ、最後に聞いていいか?」

「ん? なんだ?」

「今までの話は本当だよな?」


 女は「当たり前だ!」とほほをふくらませた。

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