番外編⑥レイニスとの問答

※レードラの事情について、知識チートのレイニスが答えます。

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 やあ、珍しい人が訪ねて来たね。君とは一対一で話すのは初めてかな? 何せ殿下は極力私とは会わせたくないようだから。

 用件も大体予想がつくよ……君の心情を鑑みればね。


 あの、レッドドラゴンについてだろう?

 どうして彼女が子を残せないのか。それを殿下と竜が悟ってしまっているのか。まあ竜は本人だから置いておくとして、殿下が知ったのは魔界であらゆる事例を見て、実際に目と耳で理解したからなんだけど。


 そう、異類婚姻譚の真相だ。



 殿下にとっては前世にあたる、チキュウと呼ばれる世界各地の神話や伝承に共通する事なのだが。人が人ならざる者と結ばれて子を成すと言う御伽噺おとぎばなし。相手は神だったり動物だったり…動物の場合も人に化けられる妖怪なんだから、結局は神みたいなものだけど、とにかく何故これらが存在するのか。


 先に答えを言ってしまうと、その子孫とされる者が有力者なんだよね。王や豪族…地位はなくとも先祖代々の大富豪だったりとか。身も蓋もない言い方だけど、その地を治める正当性のために、理由を異種族同士で結ばれた御先祖様による加護だとしているんだよ。

 逆に異教や敵対勢力を貶めるために『悪魔の子』と呼ぶパターンもある。私も知り合いに夢魔がいるが、彼女の存在もまた、意味がある。自分たちに従わないのは親が夢魔に溺れた結果生まれた子だから、ってね。褒めるも貶すも、遡って親の代からってわけだ。



 話をこっちに戻すが、基本は同じだ。国を治める王や英雄の御先祖様が人外だったと言う逸話は、この世界でも見られる。面白いのは生みの親とされる者が実在している事だね。そう、魔界だ。あそこは神話伝承の登場人物たちが当たり前のように生きている世界だよね。レッドドラゴンも、同じく魔界で生まれたのは君も聞いているだろう?


 では何故、実例があるのに彼女は子を産めないのか?


 これは彼等とレッドドラゴンの事情の違いによる。彼等はたまたま物語の登場人物に選ばれたわけじゃなく、逆なんだ。最初に物語があって、そこから人々の概念が集まり、魔界で生を受けている。要するに『そう言う設定』で後付けにより生まれた存在なのが魔界の住人なんだよ。有りかって? もちろん有りだ。魔界とはそう言う、幻想が実在する…実在世界だからね。

 で、彼…彼女の場合もあるけど、親だと言われていれば、子を成す事は可能だろう。設定上は経験済みなわけだし。


 一方、レッドドラゴンはどうだろう。ドラコニア帝国建国に関する神話はこうなっている。初代皇帝パンテロス一世は赤の渓谷を漂う霧に映った雲の影から、赤い竜の姿を見出し『渓谷の女神』と呼んだ……

 これはかなり特殊な事例だよ。何せ建国神話には珍しく、パンテロスは神から生まれてもいないし、何なら逆に生み出してるくらいだ。しかも正体を『霧に映った影』だとはっきり書いてるしね。国民に神を信じさせても、決してそれに縋る事はしないと言う自信の表れなのかな…まあ数百年後に縋って召喚してるけど。



 もう分かっただろう? 幻想生物と人間との交配が可能かは、元となった伝承に『産んだ』と言う記述があるかどうかなんだ。ドラコニア帝国の長い歴史の中でも、レッドドラゴンが身籠ったと言う話は、真偽を含めて存在しない。

 ただし永遠に実現できないかと言えば、そんな事はない。魔界の住人は遡り現象の性質を持つ……新たな設定ができればにもなれる。歴史に則って言うなら、レオンハルト殿下に息子が生まれたとする。その子が成長して英雄となり「自分はレッドドラゴンから生まれた」とでも宣言して国家の正式な史書に記させる。そうすれば晴れて、レオンハルト殿下とレッドドラゴンが結ばれると言う『神話』の完成だ。

 …うん君の言う通り、本末転倒だね。殿下はあの竜と結婚したと言う『事実』が欲しいのであって、後付けで『神話』になっても彼にとっては意味がない。子供に関しても妃がいないと成り立たないわけで……実の母親を差し置いて息子がそんな事言い出すのを、彼なら許さないだろう。レッドドラゴンしか愛せない自分も含めてね。



 殿下は魔界で英雄の母と呼ばれる者たちに会いに行き、話を聞く内にこの真相に気付いてしまった。母であると言う認識はあるのだが、夫である人間とのロマンス、出会いに至るまでの経緯を除けば、途端に記憶が曖昧になるんだ。物語に関する設定以外は作られていないのだから当然だね。

 そんな彼女たちの子や夫に対する愛情を、偽物だと思うかい? 確かに作られた感情かも知れない。だがそれを言うなら嘘っぱちから生まれている存在そのものが否定されてしまうよね。真実を暴き立てるなど、魔界では野暮なんだよ。私? 私はほら、歴史学者だから。真相の究明が私の仕事だ。


 レッドドラゴンも魔界の住人らしく、ただ帝国の守護を使命とする神であるとぼんやり認識していただけだった。けれどレオンハルト殿下のあまりにも真っ直ぐな、直球なプロポーズを受け続ける内、現実について真剣に考えるようになったのだろう。そして、改めて悟ってしまった。自分が何者であるのかを。

 どの段階でそうなったのかは、さすがに私でも分からないが、「何とかしたい」と思った時点で、あの竜も結構その気になっていたのかもね。レオンハルト殿下が不可能を覆してくれるのを、言葉にせずとも待っていたのかもしれない。そう考えると、確かに可愛いと言えなくもないかな……おっと、今のはあの二人には秘密にしておいてくれよ。




 さて、他に質問はあるかい?

 …以前殿下に言った、子供を作る方法を聞きたい? 止めた方がいいと思うよ。君、お嬢さんだから絶対気分悪くなるだろうし……一応、参考のため?

 それなら……殿下には私が言った事は絶対内緒だからね。


 錬金術は知っているだろう? それに人造人間ホムンクルス製造の技術がある。魔法によって物理的に生物を造り出すってわけ……分かってると思うけど、神の領域に踏み込む、禁忌とされている事だ。お勧めはできない……これ本当に『方法』だけならって事だから。それにホムンクルスは生殖機能がないから、皇帝の跡継ぎにはできないしねー。


 他には…選抜会で君がしていた腕輪があっただろう? フローラ殿下は変身魔法が解けない呪いがかかっていると嘘を吐かれていたが、アイテム自体は実在する。

 レッドドラゴンは変身魔法が苦手で今でも角や尻尾は残っているし、眠っている間は解けてしまうが、どんなに変身が得意な者であっても出産の時には本来の姿に戻ってしまう。それだけ命懸けって事なんだけど。このアイテムなら魔法の効果が持続するから、まさに異種族婚で子を残すにはぴったりじゃないかな?

 じゃあ、何が問題かって言うと……今どこにあるのか分かっていない。やっぱりレアアイテムと言うのは取り合いになるよね。闇オークションにかけられているのを見たと言った人もいるけど、真偽不明だ。あと、ある条件下では勝手に効果が切れてしまうんだ。その…言い難いんだけど、腕輪の持ち主が発情すると魔法が解ける。

 …さっき子を残すにはぴったりだと言ったけど撤回しよう。子作りには向かない。それに身籠っている間、本来の力が出せないのであれば、加護を受けている帝国としても賛同はできないだろう。


 行為だけでいいなら、今でも可能なんじゃないかな? レオンハルト殿下が土下座でも何でもして、結婚は諦めるから筆下ろしだけでもさせてくれと……冗談だから睨まないでくれるかい? 殿下がそんな事言うわけないのは私だって分かってるよ。そこがまた面倒の元なんだけどね……大体、この世界は複数の妻も後宮も普通なのに、前世の常識やら倫理観やらを持ち込むんだから。どの世界だろうと必ずしも、好きな相手と結ばれるとは限らないのにね。



 夢を叶えるために挑戦するのは悪い事じゃない? その内容にもよるけどね。私から言わせてもらえば、レッドドラゴンにとってレオンハルト殿下は息子みたいなものだよ。単に帝国の守護者だからってだけじゃなくて、殿下の御母上、ファナ前皇后陛下はその血を飲んで生き永らえている。宗教的な意味合いでの神降ろし、神の力を宿したと言ってもいい。殿下はその胎から竜の魔力を受けて生まれているわけだから、レッドドラゴンの事は嫁じゃなくて、母と言えばよかったのにね。彼ぐらいの功績があれば、きっと帝国民も納得するだろうから……


 おや、どうしたんだい鳩が豆鉄砲喰らったような顔して。何か思う所があるようだね? ならば早く、君のに会ってくるといい。私の研究が少しでもお役に立てれば光栄だよ。


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