第24話
「へ……陛下!」
「まったく、勝手な事をしおって。ただの過労だと言っただろうが」
「で、ですがもしもの事があれば……ティグリスもまだ幼いのですし、レオンハルトの婚約者候補だけでも決めておかなくては」
「縁起でもない事を申すな。そなたの心配は分かるがな……。先程、レッドドラゴンから赤の渓谷の薬草が贈られてきたので、煎じて飲まされたよ。もう少し息子を信じて、務めを引き受けてくれと言う事らしい。余も、ここまで来れば見届けたくなった」
「そんな……」
がっくりと肩を落とす皇后。母の代わりに育ててくれて、今も苦労をかけてしまっている事を申し訳なく思うが、愛のため、あと少しだけ足掻いていたい。そんなレオンはポカーンと口を開けているラフレシアーナたちに声をかけに行く。
「そう言うわけだ。家族が振り回して悪かったな……だが候補者を選ぶと言っても、強制的に縛り付けたくはない。もしも別の道が見えた時には、全力で応援するから遠慮なく言ってくれ。
ラフレシアーナ嬢、貴女はとても美しいし気立ても良い。もう一度、その魅力をアピールしてはどうだろう? 今の君と結婚したいと言う男は、きっと出てくるはずだ」
レオンの励ましに、ラフレシアーナは苦笑して答える。
「一応、頑張ってみますわ。最後まで、貴方にそう言わせられなかったのは口惜しいですけれど……やはりダメだった時は、責任取って下さいませね」
「ああ、その時は婚約者として引き受けると約束しよう」
そしてラフレシアーナの状況は劇的に好転する。あのドラゴン狂いの皇子が最後まで候補として残したのだ。選抜会以来己を偽る事もなく、堂々と美しさを誇るようになった彼女は、惜しくなった男たちから次々と求婚されるようになった。
最終的にラフレシアーナが手を取った相手は、最初にバカにしていた貴族だった。あれから彼女の悪名を聞く度に自分が付けた傷の深さを思い知り、今更どの面下げて謝りに行けるか、誰か好い男と幸せになってくれるのを祈るしかないと諦めていたのだが。
他の連中と同じく手の平返しと見られるのを覚悟で許しを請い続けた結果、ラフレシアーナが絆された形となった。ただしレオンと妹たちによる皇家も真っ青の地獄の試練をクリアした上で、だったのだがそれはまた別の話。
続いてレオンは、ランに向き直る。
「ランちゃんは……正直、一人に縛られるのは窮屈なんじゃないか? 顔も声もそれだけ可愛いんだし、俺と結婚するよりアイドル声優でも目指してみるとかどうだ」
「アイドル声優……って何??」
「うーん……例えば朗読劇ってあるだろ? 役者の顔を重要視しないお芝居とか。たまに歌ったりもするかな……。年齢関係なく、声と役柄で客を魅了するんだよ」
「何それ、面白そう! いくつになっても男がちやほやしてくれそうで! 役柄が十七歳なら、実年齢が四十五十でもそう宣言できるしね☆」
「おいおい……それはともかく、ランちゃんに言っておくけど。
あのクッキーに仕込んだ惚れ薬、俺には効かねえから」
「!? …てへっ☆」
「あ、貴女って
実年齢を正式に明かしたランは、懸念通りイケメンたちに逃げられてしまったが、構う事はなくレオンのアドバイス通り声を仕事にするため声楽を専攻した。それでもいいと言うマニア層に支持され、多数のパトロンを得て後に人形劇役者兼歌姫となったランは、歳を取ってからは自分の教会を持ち、歌って踊れて演技もできるシスターたちを育成している。燃え上がるような恋を何度もしたが生涯独身で、誰が本命だったのかは語られていない。
話が付いたところで、シュテルン宰相は一同に声をかける。
「皆様、式典の準備が整いましたので、正装に着替えてご参加下さい。
その後のパーティーで行われるダンスでは、候補となられた御二方にレオンハルト殿下のパートナーをお願いできますでしょうか」
「えっ、わたくしたちが!?」
「皇子様と踊れるの? やったぁっ☆」
はしゃぐ二人を前に、マリーゼは複雑な気分になった。結局、候補者が決まるのを阻止できなかった。皇帝はああ言ったものの、やはり世継ぎの問題は付き纏うし、保険をかけておくに越した事はない。レードラは応援してくれたが、彼女としても婚約者がいない事を心配していたのだし、マリーゼの一人相撲、自己満足で終わってしまった感はある。
(全部……余計なお世話だったのかしら)
「マリーゼ=オンブル公爵令嬢……だったか。クラウン王国の」
「はいっ!?」
突然、皇帝から声をかけられ慌てて周りを見回すと、部屋には自分たちしかいなかった。他の面々はとっくに退室していたのだ。
「挨拶が遅れてすまない……余がルクセリオン七世だ。息子が世話になったな」
「い、いいえっ。こちらこそ、お初にお目にかかります!」
頭を下げられ、慌ててこちらも深々とお辞儀をする。間近で見た皇帝の目は、フローラたちと同じくアメジストのような深い紫の瞳で、それでいてレオンとも雰囲気が似ていた。
「そなたの先祖、魔術師マサラは帝国に…世界に多大な貢献をしてくれた。その故郷を統べる者として、大変誇りに思っている」
「子孫として、光栄の至りに存じます」
「そなたの事情は聞いておる。国王も胃の痛む思いであろうが、望むのであれば帝国はいくらでも力になろう」
皇帝の心遣いに恐縮したが、マリーゼの願いは一つである。ずっと龍山泊に居たい。レオンやレードラのそばに居たい。しかしそれは、わざわざ皇帝陛下に申し出る事とは違うような気もした。
「よければレオンの誕生日を、そなたも祝ってはくれぬか。もちろん、レードラ殿としての参加になるがな」
「謹んで、お受け致します」
最後の奉公とばかりに、マリーゼは礼を取った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして誕生式典が無事終了し、その後のダンスパーティーでの事。
候補者たちと踊るレオンをぼんやりと眺め、着飾ったマリーゼは壁の花となっていた。そこへ、アテーナイアが近付いてくる。
「なかなか面白い見世物だったわね。あの皇子サマには昔からイライラさせられっぱなしだったけれど、スッとしました。わけありの女二人にもくっ付かれて、ざまあみろだわ」
マリーゼはアテーナイアの顔を窺い見る。彼女はどうにも、憎めない何かがあった。
「良いのか? お主、本当はレオンの事を……」
「胸が悪くなる冗談はよして。あんな桃色爬虫類バカ、
…そうねぇ、貴女なかなかやるようだし、どうせなら本物から奪っちゃえば?」
「……えっ??」
「ごきげんよう」
爆弾を落とされて呆気に取られている間に、アテーナイアはレオンの元へ行ってしまった。マリーゼが偽物だと知っていたのか。そう言えば彼女の父親は、最終審査であの場にいた。どこかのタイミングで正体に気付いたのかもしれない。
どうやらアテーナイアとはまだまだ、長い付き合いになりそうだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「げっ、アティ…」
次の曲に入る直前、現れたアテーナイアに思わず声を漏らしてしまうと、見下したような嘲笑が返ってきた。
「げっ、とは何よ? せっかく婚約者候補が決まったお祝いに、元候補がお別れのダンスをしてあげようと言うのよ?」
「お別れ?」
「そう。わたくし、留学するの。本格的に政治を学ぶために、世界を見てくるわ」
政治、と聞いてレオンは瞠目する。確かに彼女は宰相の娘ではあるが、跡を継ごうと言うのか。この世界、女が
「俺は君には、他に幸せを見つけて欲しかった」
「それはエゴね。好い人が見つかれば結婚もするでしょうけれど、それでもわたくしは宰相になってみせるわ。わたくしの生涯の夢はね、レオン。貴方を一生ビシビシこき使ってやる事よ。例え皇帝になってもね……覚悟なさい」
「うへぇ」
ある意味、愛よりも熱烈な告白に苦笑し、始まった曲に合わせて彼女をリードする。完璧な補佐を務める相棒を『女房役』と言うが、アテーナイアはまさに、自他ともに認めるレオンの女房役であった。
「あの
「レードラか? 当たり前だろ、世界一だぞ」
「そうじゃなくて……はっきり言いましょうか? マリーゼ様よ」
「!? 何だ、知ってたのか。彼女はわけありで、今はまだ素性を公表できない」
「貴方の周りって、そんなのばっかりね。あとは例の赤トカゲだし……はあ、本当同情するわ。この後、彼女とも踊ってあげなさいよね。今回一番貴方のために立ち回ったのは、あの
「そりゃもう、彼女にはいくら礼を言っても言い尽くせないからな。…それにしても、君がそんなにマリーゼに肩入れするとは思わなかった」
レオンがそう言うと、アテーナイアは不敵に笑い、ぎゅっと力を込めて手を握る。
「いてっ」
「彼女の事は、嫌いじゃないの。後で思い知るといいわ……
さようなら、レオンハルト殿下」
最後に淑女の礼を取ると、アテーナイアは振り返る事なく会場を後にした。留学と言っても今すぐではないし、どうせまた顔を合わせるのに…とレオンは首を傾げながら見送る。
ともあれ次の曲が始まる前に、マリーゼの元へ急ぎ足で向かったレオン。そしてダンスを申し込むために、彼女に手を差し出した。
「俺と、踊って頂けますか? 『……』」
声には出さず、唇の動きだけで名前を呼ぶレオンに、マリーゼは息を飲む。ここではレードラとして参加しているのだから、普通にそう呼べばいい所を、敢えてマリーゼとして誘った。彼女の胸に、熱いものが込み上げる。
手を取り合い、ダンスフロアの中央で踊る二人の姿に、周囲はうっとりと見惚れていた。
「君とこうして踊るのは、クラウン王国のパーティー以来だな」
「そうですね…」
「どうしたんだ、さっきから暗い顔をして」
レオンの声にキッと顔を上げた彼女は、指摘されて恨めしげに唇を尖らせた。
「どうしてきっぱり断らなかったのですか。レードラ様と言う御方がありながら……レオン様の浮気者」
「ええ……?」
まるで妬いている恋人のような文句に、レオンが困った顔をする。しかし直後、マリーゼはクスクス笑い出した。
「マリーゼ?」
「ふふ、嘘です…。レオン様はお優しいから、誰も傷付けたくないんですよね。あんな曖昧な選択、女の子としては歯痒いですけど」
「そうだな、自分でもそう思う」
誠実であろうとして、結局は誰かにとって不誠実な結果になってしまう。だから最初から、誰を愛しているのか明確にしているはずなのだが……どうにもレオンの恋は上手く行かないようだ。
「レオン様、私は貴方のお役に立てましたか?」
「もちろん、すげー感謝してるよ」
「よかった……貴方たちには返し切れないほどの恩があるから、このままお荷物でいるのは嫌だったんです。仲間として、龍山泊の一員として、貴方の夢を守りたかった……」
レオンを見つめるマリーゼの頬は紅潮し、その眼差しは潤んでいる。レードラが絶対にしない表情だ。レオンが戸惑っている内に曲は終了し、マリーゼはするりと彼の腕から抜け出した。
「この後、龍山泊でもパーティーを開くそうです。レードラ様が腕を振るってごちそうを用意されていますから、食べ過ぎないようにと伝言を頼まれました」
「そうか、毎年みんなで集まるんだ。マリーゼも来るよな?」
「……いいのですか?」
「あったりまえだろ、今回の功労者だぞ」
そんな事を話しながら、二人が連れ添って軽食などを摘まんでいると、わらわらと集まってきた妹たちに取り囲まれた。
「マリーゼ様、この度はご協力ありがとうございました」
「すっごく面白かったじゃん?」
「満足満足…」
「あ、はは……どうも、お役に立てて何より」
苦笑するマリーゼを残し、フローラたちはレオンの腕を引き、彼女から距離を取った。
「お兄様。わたしたち、マリーゼ様が義姉でもよくてよ」
「ぶっ!!」
「ニャハハ、マリーゼお義姉様だー!」
「略してマリ姉…」
「やめろ、俺の中のおっさんに刺さってる!」
彼女等の腕を振り解くと、レオンはガシガシ頭を掻いた。
「変な事言うなよ、彼女が困るだろ」
「困りますか?」
「近々、ルピウスのヤツが帝国に来るんだ。あまり騒ぎ立てたらあいつにバレる」
「それ、本当ですか?」
急にマリーゼが割って入ってきたので、レオンたちはぎょっとして飛び退く。さっきの話を聞かれたかと気まずい空気が流れたが、マリーゼはそれどころではないようだ。
「マリーゼ、落ち着いて聞いてくれ」
「平気です。両親からの手紙で知っていましたから、いずれはと覚悟しておりました。……もしや、龍山泊にも?」
「と言うか、それが目的だそうだ。一応、あいつとは友人だから案内はするけど……来たら奥に引っ込んで、絶対見つからないようにしろ。もしもの時はレードラのふりをするんだぞ」
「はい…」
不安を取り除くようにマリーゼの肩を抱くレオンの姿を、シュテルン宰相は愉快そうに眺めていた。
「何だ…娘の言う通り、殿下にも相応しい相手がいるではないか。アテーナイアには困ったものだが、人を見る目は確かだからな」
マリーゼを巡る状況は、ここに来て一気に動き出そうとしていた。
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