第22話

 気を取り直して、審査が再会される。ちなみにクレイヤはこの間、ずっと両手を横に伸ばしているので疲れてきたのか、少し辛そうだ。


「では次の方、自己紹介をどうぞ」

「ラン=エシックでぇす☆ あたしはぁ、レオン皇子のお嫁さんになりたくて来ましたぁ。今は学生なのでぇ、結婚式は卒業してからになるけどぉ、真っ白なドレス着て教会で挙げたいなっ☆」


 こいつ、殴りてえ……と言うのがその場にいた女子全員の総意である。この脳内までお花が咲いてそうな御令嬢は、何を持って恥としているのやら。そこへレオンが質問を投げかける。


「ラン嬢は……」

「やーん、レオン皇子に話しかけられちゃった☆ 遠慮なく『ランちゃん』って呼んでくださいね!」

「……ランちゃんは、結構華奢に見えるけど、二次審査はどうやってクリアしたんだ? 冒険者ギルドに依頼か?」

「んーとぉ、お友達がやってくれました☆ みんなあたしがお嫁に行っちゃうのがさみしいって泣いてくれたけど、一生懸命協力してくれたの。優しい人たちなんです☆」


 そのお友達と言うのは、学校で侍らせ貢がせているボーイフレンドたちなのだろう。だんだんイライラしてきたフローラが先を促す。


≪それで、ランさんの秘密とは?≫


 ランの視線が、チラッとクレイヤに向いた。お茶を濁すつもりだったようだが、今までの経緯を見て嘘は通用しないと知り、覚悟を決めたらしい。うん、と頷く仕種を見せている。


「えーっとぉ、ドラコニア神学校は基本、十五歳から入学ってなってますけどぉ、ほんとのところ試験さえ通れば年齢問わずなんですよねぇ。あたし今二年なんですけどぉ、だからちょっぴりサバ読んじゃったりしちゃったりとか……え? いくつなのかって? んもぉ、絶対秘密ですよ☆

……三十二歳」


 口調がだんだん歯切れ悪くなってきたところで急にトーンを落とした声で告げられた真実に、その場は騒然となる。


「まあ! お兄様より十三も年上じゃありませんの。年齢詐称ですわ」

「言ったでしょー? 学校じゃ自己申告で問題ないんだって。それに十七ってのもあたしが言ったんじゃないってば。二年生だから周りが勝手にそう思ってるだけ☆」

「いい歳してなに可愛い子ぶってんの? この選抜会で探してるのは、兄貴の子を産んでくれる人なんだからね。三十二じゃもう、ババアでしょ」

「そんな事ないもーん! それを言うなら守護神様だって千歳じゃない。ねっ、皇子様?」


 実年齢をバラしたのにランは余裕だった。ティーエのように恥ずかしさを感じていないのではないか…と思ったが、この場ではともかく学校にバレたら、退学はないにせよ取り巻きはさざ波のように引いていくだろう。これは退路を断つ事で、本気でレオンを獲りに来ているのだとマリーゼは感じた。と、同時に先程とは違い嫌悪感を抱いていない様子のレオンに苛立ちを感じる。


「レオン様、ああ言う御方はどうなのですか?」

「うん? 別に問題ないんじゃないか」

「は??」


 思わず、声を張り上げてしまう。おまけに立ち上がろうと腰まで浮かしかけ、慌てて座り直した。


「レードラが何百年も生きてるのは事実だし……それに、ランちゃんは充分若いよ。前世の俺はもっとおっさんだったからね」

「でも……子供はどうされるんですか」

「若さくらい、この世界じゃ魔法や薬でどうとでもなる。だからこの選抜会だって年齢制限は設けてないだろ?

……マリーゼ、どうしたんだ。顔が恐いぞ」

「つまりレオン様は、あの幼い顔立ちの若作りの御婦人と結婚しても良いと……そう仰るのですね?」


 目を潤ませるマリーゼに、レオンは焦った。この瞳の向こうには、自分が本当に愛する女性ひとがいるのだ。


「待て、今のは年齢は落とす理由にはならないってだけで、結婚したいとかそう言うんじゃない! 俺が愛してるのはレードラだけだ」

「……もう一度、言って下さい」

「レードラ、愛してる」


 本人でもない相手に愛を告白すると言うこの茶番。しかしマリーゼは何故か機嫌を治していた。そんな二人を、白けた目で見つめる妹たち。


「…じゃ、兄貴もこう言ってるしランちゃんは合格って事で」

「きゃはっ、やったぁ☆ あ、私は側妃でもいいので赤ちゃんは他の人に産んでもらって下さーい☆」

≪後がないからって必死ですね。合格してもになるだけで、婚約者とはまた別なんですけど……。では最後の方、お願いします≫


「ネペンテス侯爵家長女、ラフレシアーナです。二十二歳……実年齢ですわ」


 立ち上がったラフレシアーナは、ランを横目で見ながら自己紹介をする。当て付けに気付いたランは、負けじと挑発に出た。


「あ、男食いで有名な人だ。色んな恋人をとっかえひっかえして、ついには誰にも相手にされなくなって行き遅れたのよね☆」

「三十二歳で息子のような年齢の殿方たちと逆ハーレムしている貴女に言われたくありませんわ。お・ば・さ・ん」


 バチバチと火花を飛ばし合うライバルたち。参加者同士のこうした争いも今まであったのだろう。


(そう言えばルピウス様との婚約自体はすんなり決まったとは言え、学園内のライバルは私にもいたのよね……元気にしているかしら)


 ルピウスはタリアに夢中だったが、彼と婚約者でいられる自分に嫉妬し、何かと突っかかって張り合ってきた令嬢はいた。彼女はルピウスに素っ気なくされるマリーゼを不甲斐ないと詰っていたが、今となってはそれも懐かしい思い出だった。


「はいはい、喧嘩はあとあと! それで、ラフたんの秘密って何?」

「ラ…ラフたん?? それが……わたくしの秘密と言うか、コンプレックスなのですが」

「実は三十七歳なんですーとか?」

「お黙りなさい、さりげなく自分より年上にしないで下さる?

えっと……わたくしの、胸なのですが」

「胸??」


 思わず、ガン見してしまう一同。同性であってもこれは見てしまう。マリーゼは無意識に、隣のレオンの腕を抓っていた。


「上げ底なんです!」

「……はっ?」

「普段は詰め物をしていて、本当は貧乳……いえ、この際はっきり言いましょう。

絶壁なのです!」


 恥じ入るように呟きながら、ラフレシアーナは胸に手を入れた。ぷるん、と何かが簡易テーブルの上に置かれる。妹たちが触れてみると、弾力があってほんのり温かかった。


「うわっ、スライムみたい。すっごいぷるぷる!」

「こんなのがあるのですね」

「よくできたパットだな、どれどれ……いたたたっ、マリ…レードラ痛い!」

「ふん……しかし、盛り過ぎではないのか? 誤魔化しても、交際する以上は隠し切れんぞ」


 パットに触ろうとしたレオンを抓りながら、レードラの口調でマリーゼが聞くと、ラフレシアーナは俯く。


「その通りですわ……だから誰とも上手く行かなかった。好きでとっかえひっかえしていたのではなく、わたくしの胸を見た男たちとは皆、別れてしまったのです。お互いの恥になるからと、理由は秘密にしてくれていますけれど」

「パットやめたら? 見た目に嘘吐くから、体目的の男しか寄って来ないんだよ」


 年齢をバラして開き直ったのか、普通の喋り方になっているランが忠告する。そう言う彼女もある意味見た目詐欺なのだが、年の功なのか小柄でもそれなりに凹凸はあるようだ。


「だって……殿方は皆、大きな胸が好きなのでしょう? それも手から零れんばかりの! 最初にわたくしを捨てた男は、そう言ってましたわ。お子様のような大きさは、女の胸とは言えないと」

「それは違う!」


 ラフレシアーナの嘆きに、レオンは立ち上がって反論する。男として、これは言わずにはいられなかった。


「確かに巨乳好きは多いし、男ってのは潜在的にマザコンだから仕方ない部分もある。だが! 貧乳が好きな男だっているのは事実だ。好みは千差万別なんだから、すべての男がこうだとは決め付けないで欲しい」

「それ言ったら兄貴、レーちんなんて超絶爆乳じゃーん! 片方だけでも全身埋もれちゃうレベルだよね、ニャハハハ」

「ドラゴン形態の話ですけどね」

「ぅおっほん! とにかく女を胸だけで判断するような男はカスなんだから、最初から相手にするな。中身で選んでもらえるように自分を磨いておくんだ。胸なんかなくたって、君は充分魅力的なんだから」


 レオンの主張を神妙な顔で聞いていたラフレシアーナは、こくりと頷いた。


「分かりましたわ……他の男なんてもう要らない。貴方に愛される女になれるよう、自分を磨く事に致します」

「…ん?」


(まあ、そうなるわよね)


 癖のある二人の女性に熱っぽく見つめられるレオンに、マリーゼは溜息を漏らす。彼は女の子が傷付いているのを見過ごせない。それは良い事なのだが、レードラがいなければこの男、実はとんでもなく優柔不断になっていたのかもしれない。


(選抜会の間は私がレードラ様の代理! ライバルには近付けさせないわ)


 闘志を燃やすマリーゼに誰も気付かず、三次審査は終了した。ちなみにクレイヤは未だトランス状態のままなので、引き続きフローラが進行する。


≪結果発表です。三次審査通過は、ラン=エシック様、ラフレシアーナ=ネペンテス様の御二方となりました。続いて天使の曜日に行われる最終審査ですが……≫

「ちょっと、お待ちになって!」


 そこへ、ラフレシアーナからちょっと待ったコールがかかった。何事かと注目が集まる中、パットを戻した彼女が胸を揺らしながらマリーゼを指差す。


「貴女の秘密がまだです」

「えっ??」

「そうよねー、あたしたちがこれだけ恥ずかしい思いをしたのに、今日まだ守護神様はなーんのパフォーマンスもしてないのって、ずるくない?」


 参加者二人に詰られて、たじたじとなるマリーゼ。


「う…ぬっ、だが審査はもう終わって…」

≪そうですね……せっかくですから、やってもらいましょうか≫


(フローラ様!?)


「おいフローラ!」

≪一次審査の際、レードラ様はお兄様への愛を覚悟で示せと仰いました。そして今日まで、この方たちは見事試練を乗り切りました。

貴女はお兄様に愛されているからと言って、このまま戦いもせず、その上に胡坐をかくつもりですか≫


 フローラが、いや妹たち全員が、自分を見ている。レードラと呼んでいるが、確実にマリーゼ自身を。ひょっとしたら飛び入り参加させたのも気まぐれではなく、彼女もまた審査の対象だったのかもしれない。

 ごくり、とマリーゼの喉が鳴った。


「ささ、レーちんズバッと言ってみよ!」

「秘密……秘密なあ」


 誤魔化すように呟きながら、マリーゼの思考は渦を巻いていく。


(この場合、どう言ったらいいのかしら? 実は替え玉でした、なんてのは言えるわけがないし、恥ずかしいのとは違うのよね。問題は私とレードラ様、どちらの秘密を話せばいいのかって事なのだから。だってレードラ様の話をすれば、『私』の秘密ではないから嘘って事になるし、『私』の秘密もまたレードラ様らしからぬ話だって二人にバレてしまう……


だから私とレードラ様、共通の恥ずかしい話にしないと。

……そんなのあったかしら? 大体、レードラ様にとっての恥ずかしい事って何? ドラゴンだから何歳とか体重何キロってレベルじゃないし、趣味についてもレオン様の方がよくご存じなんでしょうね。そもそも全裸を見られてもまったく気にしていないんだから、ティーエ嬢のように下着を着けていなかったとしても……っ!?)


 その時、マリーゼの脳裏に今朝の出来事が蘇る。レードラがシャワーを浴びようとするマリーゼに着替えを渡してきた。


『これは儂のだが、まだ使用しておらんから綺麗じゃぞ』


 そう、言っていた。


「いや、でも…あれは……え?」

「レードラ? どうしたんだ、全身震えてるぞ」


 心配そうにマリーゼの肩に手をかけたレオンは、泣きそうな顔を向けてきた彼女にドキッとして狼狽えた。

 しばらくぎゅっと目を瞑っていたマリーゼだが、やがて決意して口を開く。


「わ……儂は、今……レオンがデザインした下着をっ、穿いておる……」


「ブヘッ! ごほげほっ」

≪どうなさったの、お兄様? 妙な咳が出ていますわよ≫


 思いっきり咽たレオンを尻目に、プルティーが訪ねてくる。


「兄貴がデザイン? 色を指定したとかじゃなくて?」

「じ、十歳のレッドドラゴンの試練での事じゃ。最初は人型だろうと裸のままだったのが気まずかったんじゃろうな。レオンは衣服の他、女性用の下着を作らせて渓谷まで持ってきた。今までは着けた事がなかったんじゃが……それを、今」

≪恥の神様、どうなのですか?≫


 すっかり忘れられていた、担当のはずのクレイヤは、満面の笑みで出番とばかりに大きな『〇』を描く。上手い事主語に『レードラ』と入れなかったので、どちらとも取れると判断されたようだ。


「その下着、見せて頂く事はできますでしょうか?」

「あ、あたしも見たーい☆」


 参加者二人が手を上げ、衝立の中で確認される事になった。後ろを見せてしまっては偽尻尾がバレるので、妹たちにしっかりガードしてもらう。


「こ、これは前衛的な……わたくしにはちょっと」

「えー、可愛いんじゃない? 彼氏受け良さそうだし、デートに着けていきたいなっ☆」

「それにしても、これを十歳のレオン様が……ゴクリ」

「皇子様ってば、おませなお子様だったのね、うふっ☆」


「……なんだこれ」


 衝立の向こうへ消えてしまった女性陣に取り残され、レオンは一人テーブルに突っ伏していた。十年近くも経って、己の暴走が跳ね返ってくるとは思わなかった。


(にしても、あれをマリーゼが……いかん、想像するな)


 まさかとっくに捨てられていたと思っていた下着をレードラが後生大事に取っていて、マリーゼが身に着けるとは。一ヶ月前に裸で抱き合っていた二人が思い出されて、レオンは必死に首を振った。


 そこへ頬をポーッと紅潮させた参加者たちが満足げに戻ってくる。続く妹たちはチベットスナギツネのような目で自分を見てくるので、反射的に視線を逸らした。

 最後にとぼとぼと席に着いたマリーゼは全身をピンクに染めて涙目でプルプル震えながら、「もうお嫁に行けにゃい…」と呟いている。そんなに恥ずかしいなら何故素直に着けてしまったのか気になったが、マリーゼも割と天然なので、レオンやレードラに頼りにされた事で舞い上がってしまったのだろう。勝負の場で気合いを入れるためだとでも言えば信じてしまいそうだ。(実際は勝負下着でも何でもない、前世での一般的なデザインなのだが)



≪さて、ご満足頂けたところで最終審査のご案内です。行われるのは明日の午前中となりますが、準備のため、発表は現時点からとなります。

お題を通達されるのは……≫

わらわの役目です」


 休憩室に入ってきた者の姿を見て、その場にいた全員が礼を取る。ドラコニア帝国皇后、フィーナ=ヴァッフェ=ドラコニアであった。


おもてを上げなさい。三次審査まで無事終了したようですね。レオンハルト、貴方が何故全身ずぶ濡れなのかは敢えて聞きませんが……明日式典を控えているのです。風邪を引かぬよう、早急に着替えなさい」

「はい……」

「…あら、貴女は」


 フィーナと目が合って、マリーゼは身を固くする。当然、皇后は自分の事を知っているはずだ。しばらく見つめ合っていたが、皇后はすっと視線を外した。


「まあ、良いでしょう。それでは最終審査のお題を発表します。

それは、『手料理』です。

貴女たち自身が作ったメニューをレオンハルトに食べてもらい、最終的に候補者を決めてもらいます」


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