第21話

 三日目のドワーフの曜日。この日の選抜は、大神殿の休憩所で行われた。何故ならレオンの誕生日前日で、城も神殿も準備に追われ、ちょうどいい広さの場所がここしか空いていなかったのだ。

 担当は神官長の娘クレイヤ。記者たちを一切入らせず、防音魔法までかけて外界から完全シャットアウトしたのは、参加者たちと言うより彼女への配慮である。


「あーん、レーちんに殴られて生まれたピヨピヨちゃんが、まだ帰ってくんないよー」

「まあ、よっぽどそのおつむが気に入ったみたいね」


 無駄話をしているプルティーとフローラが席に着く簡易テーブルの前には、椅子が五つ。本日までに残った参加者たちの席である。クレイヤはちょうどその真ん中にぼーっと突っ立っていた。

 昨日、レードラに回収してもらったモノクルをかけたマリーゼは、レオンに促されて妹姫たちの横に座りながら、今日は何をさせられるのだろうと戦々恐々となった。レードラが釘を刺しておいてくれたので、命の危険はないだろうが。



≪今日のお題…『自分の恥ずかしい秘密』をおにぃの前で暴露する。これができたら合格……以上≫


 マイクを握ったクレイヤが突然喋り出したかと思ったら、あっと言う間に説明が終わってしまった。参加者はたまらず質問の手を上げる。


「あの、これだけじゃよく分からないのですが……恥ずかしい秘密とは、子供の頃おねしょをしていたとか、その類なのですか?」

≪そう言う誰にでもある過去じゃダメ……今、絶対に他人には知られたくない秘密≫

「ほ、他の人もいるのですけど……皇子だけじゃダメなのですか?」

≪ジャッジが必要。他の連中は全員結界の外だから。おにぃに対してどれだけ心を開けるか、ライバルたちにどれだけの覚悟か見せ付けるのが目的≫


 問われるままに、淡々と答えていくクレイヤ。それが終わるとマイクを床に置き、両手をまっすぐ横に伸ばした。


薔薇ロゼ魔導師クレイヤが命ずる。おいでませ、恥の神様『ヨーゾーオーバ』」


 ……


 クレイヤの首が、かくんと項垂れた。しばらく待ってみたが、何も起こらない。業を煮やして口を開きかけた参加者を制し、解説したのはフローラである。


≪えー…妹がただ今トランス状態ですので、不肖わたしフローラが続けさせて頂きます。クレイヤに降りたのは『恥の神様』。参加者の皆様はこの御方の前で、秘密を暴露して頂きます。

では右端の貴女から、お名前と秘密をどうぞ≫



 説明によると、クレイヤの中に『恥の神様』なる者が召喚されたらしい。まったく意味が分からなかったが、戸惑いつつも一番目の令嬢が椅子から立ち上がる。


「ジョセフィーヌ=サックルーテと申します。秘密は……特にありません」

≪だそうですが恥の神様、如何ですか?≫


 一同から注目されたクレイヤは、夢見るような瞳のまま、徐々に手を上へと上げていき……


 カーッと目を見開いたかと思えば、両手で『×』を作っていた。


 ザバーッ!


「え……」


 突如、頭上から水が落ちてきて、びしょ濡れになったレオンがポカーンとしている。水をかけた事に満足したのか、クレイヤは再び十字架に磔にされた聖人のポーズに戻った。


≪……と、このように恥の神様の前で嘘は通用しないのです≫

「おい、これアレだろ……恥って言うか完全にひょうきんな懺悔の神じゃねえか! あと何で俺が水被ってんだよ!?」

「だーってレーちんが、女の子に怪我させるような事するなって言うんだもーん」

「だからって、俺にぶっかける事ないだろ」


「ぶっかける…」


 ジョセフィーヌがぽつりと呟く。


≪何かおっしゃいましたか?≫

「いいえ……」

≪このままだと失格になってしまいますが。もう一度聞きますけど、本当に秘密はないのですね?≫

「ありません」


 ザバーッ!


 再び水をかけられるレオン。

 それには目もくれず、フローラは淡々と確認を続ける。


≪ちなみになんですけれど、一応こちらで貴女方の素性はチェック済みなのですよね。ジョセフィーヌ嬢、貴女は小説や漫画等、物語を愛好する令嬢たちのサロンに参加されていますね?≫

「……」

≪ご自分でも執筆されたりするのだとか。特に最近盛況のジャンルは殿方の≫

「いやあああああ!!」


 フローラの報告を、ジョセフィーヌは絶叫で遮った。


「やめて、やめて下さい! もういいです、棄権しますから!!」

「おいフローラ、もうやめてやれ」

≪神の審判が正常である事を皆様に証明したのですけれど≫


 レオンは体を軽く拭くと、顔を覆ってしまっているジョセフィーヌの肩に手を置いた。


「あー、うちの妹が何か悪い事したな。けど、あんたも好きな事は心行くまで楽しみたいはずだ。皇后になれば、そんな暇なくなるからな。そこそこ裕福で趣味に理解がある旦那を見つけた方がいい」

「うう……はい」


 がっくり肩を落として退室するジョセフィーヌ。前世の知識で彼女が何を隠しているのか分かってしまったレオンだが、そこら辺はあまり突っ込む気もない。



≪さて、審査方法がご理解頂けたところで、次の方どうぞ≫

「あ、あの! 私も棄権します」


 ある意味昨日よりも非情な試練に、また一人脱落した。

 その隣の令嬢は、何がおかしいのかニヤニヤしている。



「では、次は私が。ティーエ=スローエと申しますわ」

≪貴女の恥ずかしい秘密は何でしょう?≫


 プルティーが手元にある資料をパラパラ捲る。


「彼女は特に秘密らしいものはないね。品行方正なお嬢さんだよ」

「調べられるんだったら、この審査の意味って何なんだ? これじゃただの羞恥プレ…」


 言いかけたレオンが口を閉じる。ティーエがこちらを見て、嬉しそうにニタッと笑ったからだ。


「私の恥ずかしい秘密……それは、下着を身に着けない事ですわ」

「ええっ!」

「本当に、外を出歩いている時、いつバレるかドキドキして……でもそれが気持ちよくて、癖になってしまうんですの。こんな事、誰にも知られたくありませんわ」


 マリーゼが顔を赤らめて絶句している。レオンはと言えば、眉間に皺を寄せてむっつりと黙り込んだ。


≪恥の神様、如何でしょう? 彼女は真実を言っていますか?≫

「……」


 パアアッと謎の光を発し、クレイヤは両手で『〇』を作った。今までにはなかった反応だ。


≪これは……本当、と言う事でしょうか?≫

「よし、確かめてみよー!」


 妹たちは衝立を持ってくると、部屋の隅にティーエを連れていく。そして……


「わっ、マジだー」

「まああ」


 などと騒いだ後で審査場所まで戻ってきた。


≪――と言う事ですので、ティーエ嬢は合格…≫

「その前に、俺からも質問いいか」


 フローラの審判を遮って、レオンが手を上げた。レードラ以外の女性に興味を示したのは初めてだったので、マリーゼは驚く。


(レオン様、まさか……ティーエ嬢のにレードラ様との共通点を見出したのでは)


「ティーエ嬢、あんた本当にその秘密、恥ずかしいと思ってんのか? これはクレイヤも判定頼む」

「お兄様、何を……」

「『他人に知られたくない、自分の恥ずかしい秘密』なんだろ? 隠した方がいい、と知ってはいるようだが、バレたらバレたで構わないと思っている……どうだ?」

「……」


 今度はレオンではなく、ティーエに水がかけられた。周りにも少し水滴が飛んでしまったが、冷たさは感じない。ぬるま湯だったようだ。

 マリーゼは咄嗟に、レオンの目を塞いだ。濡れたドレスはティーエの体にぴったり張り付いて、体のラインを浮かび上がらせていた。隣の令嬢たちが口を手で覆って驚いている。


「えっと……つまりティーエ嬢はむしろ、バレて欲しかったと?」


 用意したバスタオルで彼女の体を覆いながらフローラが訊ねると、ティーエは頬を紅潮させ、嬉しそうに笑った。


「スリルを楽しみたいのです。何事もなく済むか、世間に恥を晒してしまうのか……。今までは、誰にも気付かれませんでした。だからどんどんエスカレートしてしまい……

レオンハルト殿下は、こう言うのがお好きだと伺いましたが」

「誰だ言ったヤツ。俺は嫌いだ」

「あれ? レーちんは普段マッパじゃん。それはいいの?」

「いいわけあるか。俺はレードラのそう言うとこは嫌いだ」


 まさかレオンの口から、レードラが(一部だが)嫌いと言う言葉が出てくるとは思わず、一同は衝撃を受けた。マリーゼもレオンに聞いてみる。


「意外でした……あんなにも愛されているから、すべてを受け入れているものかと」

「いくら好きでも、人型の状態で裸でうろつかれたくねえよ。ましてや外でノーパンとか……。俺がレードラに何とか服を着させようとしてたのは知ってるだろ」


 そうだった。服のチョイスがおかしいので分かりにくいが、レードラが人型になっている時、レオンは裸でいる事をやめて欲しがっていた。


≪てっきりお兄様は女性の体がお嫌いで、服を着たままの方が興奮するのかと思っていました≫

「お前はどう言う目で俺を見てるんだよ。TPOってやつだよ。…まあそんなわけで、レードラはただの物臭。あんたとは違う」


 眉間に皺が寄ったまま言い放たれたティーエは少し残念そうな顔をしたが、着替えを用意すると言われた時は笑顔で断った。


「いいえ、このまま帰らせて下さい。今の状態でどこまで気付かれずにいられるか、知りた……」


 最後まで言わせず、フローラとプルティーがティーエを引き摺って部屋の外の侍女に引き渡すと、ドアを閉めて戻ってきた。頭を抱えているレオンを取り囲み、残りの令嬢に聞かれないよう会議を始める。



「あー、頭痛い…」

「お兄様のレードラ様狂いと、マリーゼ様の先日の挑発の結果ですね。ここまで残っているのは、相当癖のある変わり者と見て良いでしょう。プルティー、後の二人のプロフィールは?」


 フローラに聞かれ、プルティーは手元の資料に目を通す。


「次がラン=エシック十七歳。国内の大商人の娘。ドラコニア神学校に在学中。その可愛らしいルックスとキャンディーヴォイスで、男子生徒から絶大な人気を誇る。学園のアイドルと呼ばれるイケメンたちからも求婚されていて、いつも貢がせてるから、女子には嫌われてるとか」

「……タリア嬢と似たタイプなのでしょうか」


 タリアもまた、在学中にルピウスと知り合い仲を深めている。ランがレオンに同じ目的で近付いたのだとすれば、絶対に阻止せねばとマリーゼは拳を握った。


「どうだろうねー…最後はラフレシアーナ=ネペンテス。侯爵令嬢で歳は二十二歳。恋多き女性で、幾多の浮名を流す通称『男食い』。今回の選抜、何としても兄貴を落とすって息巻いてるらしいよ」


 ランとは対照的に、ラフレシアーナは背が高く肉感的で妖艶な雰囲気を漂わせていた。特にドレスの生地を押し上げる豊満なバストにはつい目を奪われ、マリーゼは思わず己の胸に手を触れた。


(だ、大丈夫……私は別に、普通よね? と言うかレオン様の好みはレードラ様なのだし、サイズは一緒のはず……って、私が気にしてどうするのよ)


 自分が何を焦っているのか気付いて恥じ入っているマリーゼを余所に、兄妹たちは頭を寄せ合ってひそひそ相談している。


「どうされますの? 本当にアテーナイア様のおっしゃる通り、ろくでもない女ばかり残ってしまいましたわよ」

「いや、まだそうと決め付けるのは……大体、審査したのはお前等だろうが」

「まーまー。とりあえず恥ずかしい秘密を喋ってもらっちゃおーよ。ね!」


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