第16話

 つい先程こちらの誘いを事も無げに断った相手が、注文の品を持って部屋に現れたら、驚きもするだろう。しかも態度が全然違っていたら。


「あ、あの私…こちらで店長代理をさせて頂いております、マリーゼと申します」

「「「……」」」

「お兄様から、お話は聞いてらっしゃいます……よね」

「「「……」」」

「あ、ご注文のパフェはこちらのテーブルに置いておきますね」


 結局三つにしたらしい新作スイーツを置き終わった途端、ぽかんと口を開けて硬直していた三人娘は一斉にスイッチが入ったようにマリーゼを取り囲んだ。


「きゃっ?」

「クラウン王国から来られた方の事は聞いております。貴女が、そうですの?」

「は、はい…」

「ほんとー? どう見てもレーちんなんだけど」

「そ、それはですね。レードラ様が変身魔法を覚える際に、妹弟子が私の御先祖様の…」

「えい」


 ぴらっ。


「きゃあぁっ!?」

「あ、ほんとだー。レーちん、こんな可愛いパンツ穿かないもんねー」

「もう、ダメよクレイヤったら。女同士だからってはしたないわ」

「失敬至極…」

「ごめんなさいね、マリーゼ様。…ところでこのお尻尾は作り物ですの?」

「やっ、やめてくださぁい!」


 懇願空しく、妹姫たちから揉みくちゃにされたマリーゼは、一通り満足された頃にはぐったりしていた。


「はあ…はあ…」

「あー楽しかった!」

「ちょっと二人共、わたしたちだけ一方的に楽しんでどうするのですか」

「姉者も混ざってた…」

「おっ、おほほほ…ここはきちんと、マリーゼ様に自己紹介しなくては」


 ワインレッドの髪の長女らしき女の子がポンと手を叩き、(マリーゼを強制参加させて)回し食いしていた空のカップを端に寄せる。


「改めまして。わたし、ドラコニア帝国第一皇女フローラ=フォン=ドラコニアと申します。母は前皇后のファナ=フルス=ドラコニア……兄レオンハルトとは同母ですの。年齢は十五で、冒険者ギルドでは赤魔導師で登録しておりますわ。どうぞよしなに願います」


 そう言ってボブカットにした頭を下げる。彼女の事はレオンやレードラから聞いて知っていたけれど、嫌な噂や家族との軋轢に傷付いていた過去は感じさせず、二人の妹を上手くまとめるリーダー格と言った印象だった。


「はーい、次アタシね! 第二皇女のプルティーでーす、よっしく! ママはさっき来てた皇后のフィーナ=ヴァッフェ=ドラコニア。第二皇子のティグリスはアタシの弟なんだー。フロ姉の方が面倒見てくれてるけどね…ニャハハハ! 職業は白魔導師で、回復とか防御系が得意かなあ」


 手を上げてアピールしてきたのは、ツインテールの女の子。驚くべきは、その真っ白な髪。薄い金髪と言うレベルではなく、完全に白かった。そんな神秘的な見た目とは裏腹に、やたらと明るい。マリーゼを見る目は好奇心で満ち満ちている。


 そして最後は、ピンク色のゆるふわロングヘアをポンパドールにした、眠そうな目の女の子だった。彼女の行動はさっきから予測不可能なので、マリーゼもつい警戒してしまう。


「クレイヤ=フォン=ドラコニア……神官長ヘレナ=ヴァッフェ=ドラコニアの娘。職業は……薔薇ロゼ魔導師」

「ロ…ロゼまどうし??」

「あ、それ本当は『薔薇ばら魔導師』なんだけど、兄貴が昔ふざけて『ロゼ』って読んだの気に入っちゃったんだよねー」


 そんな適当に登録できるのか…と思ったが、冒険者ギルドの職業欄はパーティーを組む際に参考にするから暫定で良いとされていた。薔薇魔導師は聞き慣れない職業だが、確か『召喚』が使えたはずだ。


「ク、クレイヤ様のご職業は、召喚士のようなものなのですか?」

「少し違いますね。召喚士は魔法陣を用いますけれど、薔薇魔導師は、己の体を媒体として召喚…言わば巫女シャーマンに近いですわ」

「でもでもー、薔薇魔導師の方がかっこいいじゃん? 名前も赤魔導師・白魔導師・薔薇ロゼ魔導師でゴロがいいし♪」

「お揃いお揃い…」

「は、はあ……」


 ゴロの良さで三人共魔導師になったのか……そう言えば赤魔導師も魔法剣士、白魔導師は僧侶系でも良かったはずだ。


 ともあれ自己紹介を経て分かったのは、レオンの妹たちは見た目の類似とは裏腹に、とてつもなく個性的だと言う事だった。



「さて、自己紹介も終わった事ですし。マリーゼ様のご用件を伺いましょうか」


 ようやく本題に入った事にホッとしつつ、マリーゼは三人娘を見渡す。


「はい……えっと、皇女殿下方は兄君の味方なのですよね」

「んー、固い固い! 名前で呼んで、もっとフランクに行こうよ。アタシらも『マリちん』って呼ぶからさ」

「プルティー、それはフランクに過ぎます。……ええ、わたしたちはお兄様に返し切れないほどの恩があるのです。


特に私は……母を亡くした事で長い間ずっと自分を責め続け、苦しんでおりました。それが四年前、陛下や皇后、神官長とじっくり話し合う機会がございまして。母は元々長く生きられなかった事、最期の望みに娘が欲しかった事、そして私を支えてくれる同い年の兄弟を義母たちに頼んでいた事を知ったのです」


「でもちゃんと話してくれたの、兄上のおかげ…」

「そうなんだよねー。小っちゃい頃からフロ姉の事気遣ってアタシたちの仲を取り持ってくれたの、兄貴じゃん。だから兄貴が困った時は、アタシたちで助けてあげよって決めてたの!」


「そうだったのですか……レードラ様との事は、貴女たちは賛成して下さるのですか?」

「そりゃ、兄貴が好きな女性ひとだもん。ただ、問題は子供の事だけじゃないってママが言ってたような……何だっけ?」

「例えばわたしたち妹の誰かが婿を迎え、生まれてきた子が皇帝に即位したとしても、守護神からの加護は得られないのだとか。即ち初代皇帝の『祝福ギフト』を受け継げるのは、直系の男子のみと言う事になりますね」


 男系にだけ受け継がれる血の能力……レオンの思い出話の中で、そんな話題が出ていたような気がする。いつの時点だったか……


「ま、それはそれとしてー、アタシらは兄貴に幸せになってもらいたいわけよ」

「ハッピーエンド…」

「そうですわ。いくら皇家の義務とは言え、愛を蔑ろにして良いわけありません。…と言う事で、婚約者候補の選抜会はわたしたちが全面的にプロデュース致します。

未来の皇后として本当に相応しいのかをふるいに掛けますので、お兄様の上っ面だけに惹かれてやって来るご令嬢には、早々に消えて頂く事になりますわね。おほほほほ…」

「ニャハハハハ!」

「……ふっ(ニヤリ)」


 悪巧みをする三人娘に呆気に取られるマリーゼだったが、彼女たちが心底兄を慕い、力になろうとしているのは理解できた。


「先程、レードラ様にも審査員になって欲しいと仰ってましたけれど」

「もちろん、牽制のためです。皇家の者ともなれば後々までレッドドラゴンともお付き合いがありますから。この程度で萎縮されるようでは、お話になりませんわ」

「ニャハハハ、断られちゃったけどねー!」

「計画変更…」


「その役目、私にやらせてもらえませんか?」


 意を決した発言に、三対のアメジストのような目がマリーゼに集中した。


「私にできる事など、何もないかもしれませんが……私にも、レオン様には恩があるのです。どうしてもそれを、お返ししたい……お力になりたいのです」

「…マリちんは、勝手に外に出ていいのかな? 確か隣の国じゃ死んだ事になってるんじゃなかったっけ」

「はい。ですから当日は、私がレードラ様として選抜会に出席致します。

……ダメ、でしょうか?」


 だんだん声が小さくなってくる。言いながらも、ダメに決まっているのは自分で分かっていた。選抜会はレオンもレードラも了承している事で、特にレードラは婚約者候補を決める事に賛成している。余計なお節介で、しかも二人には内緒で首を突っ込むのは、恩返しどころか裏切りではないか。


『これは俺たち帝国の問題だ』


(分かってる……でもレードラ様は、レオン様の愛するレードラ様は、見届けるべきだと思うの)


 マリーゼではなく、レードラの代わりに。

 この健気で兄想いな妹たちに、力を貸したい。


「だって。どーするフロ姉?」

「確かにレードラ様に瓜二つですわね。元々ご参加頂くとは言っても、その場に居てもらうだけのつもりでしたし」

「圧倒的存在感…」


 ひそひそと話し合っていた妹たちは、結論が出たようで、マリーゼに向き直った。


「お聞きしたいのですが、レードラ様に話を聞かれたり考えを読まれる心配は?」

「あの御方は意識しない限りは盗み聞きや読心はされないかと……あ、ですが視界は別です。今も私が貴女たちとこうして会っている事はご存じのはず」

「そうですか、なら……プルティー、頼みますね」

「オッケーィ! マリちん、後でアタシらを魔法陣とこまで案内してよ。ここで魔法使ったら兄貴にバレちゃうからさー」

「はあ、それは構いませんが……魔法?」


 首を傾げるマリーゼを余所に、フローラは選抜会の予定を口頭で説明する。


「お兄様の誕生日まで、あと一ヶ月。一次審査は三日前に行います。さらに予選はその一週間前。お兄様の了承も頂けましたし、すぐに告知して参加者を募りましょう。

マリーゼ様の事は当日迎えに来ますので、何とか上手く誤魔化してお休みを貰って下さい」


 一ヶ月……それまでレオンとレードラに隠し通せるだろうか。不安が顔に出ていたマリーゼを、妹たちは心配ない、と笑って宥め、部屋を後にした。

 カウンターにいたレオンに、妹たちを送ると告げ、魔法陣の小部屋に入ると、突然プルティーに腕を取られる。


「!?」

「ごめんねー、話聞かれたらまずいんだ。クレイヤ!」

「あいあい…」


 唯一見えていた目も布で隠されると、どこか知らない場所へ転移したようだった。


「ここは…」

「ドラコニア城の地下室ですわ。お兄様たちはいつもここから通っていますの。マリーゼ様、今から貴女の思考に保護魔法をかけます。レードラ様もあれで女神を務められるほどの方ですから、やろうと思えばすぐに破れるでしょうけれど……まあ、当日まで隠し通せれば良しとしましょう」


 フローラの声がして、彼女が一歩離れたと同時に近付いてくる気配があった。話の流れからすれば、白魔術師であるプルティーなのだろう。


「んじゃ、マリちん。今からアタシの手を握ってね」


 言われた通り手を差し出すと、冷たい手で包み込まれる。と、次第に手の中の温度が上がり、真っ暗な視界の奥がチカチカした。


「よっし、成功! これでレーちんは頭ん中好きに覗けないはずだよ?」

「あ、あの…選抜会は数日かかるのですよね? レードラ様たちには、何と言えば…」

「そうですわね、では……」


 マリーゼを中心に、あれでもないこれでもないと作戦会議をする女子たち。大まかな事が決まったところで、今日は別れて龍山泊へ戻る事になった。


「ではマリーゼ様、当日を楽しみにしておりますわ」

「まったねー!」

「ご~きげ~ん~よ~う」


 妹たちの声がふっと途切れ、次の瞬間空気が変わった。


「マリーゼ、よかった戻ってきた! どこ連れてかれたんだよ?」


 レオンの声がしたので目隠しを取ると、すぐそばで心配そうに見つめていたのでドキリとする。場所も龍山泊の魔法陣の上だった。


「ごめんなさい、フローラ様たちからレオン様の誕生式典の後で女子会に誘われていました。その、参加するためのドレスを作りたいので、選抜会の間採寸に来て欲しいと……」


 打ち合わせ通りそう告げると、レオンは首を傾げる。


「採寸? だいぶ昔だけどレードラのを測ったデータがあったろ」

「その……最近太ってしまいまして、正確なサイズに不安があるのです」

「そうかなあ……さっき見た感じでは、ほぼ変わらな……ごめん」


 マリーゼが赤らめた頬をぷくっと膨らませたので、レオンは慌てて謝った。


「それだけではなく、新しいアクセサリーとも合わせたいので、サイケ様とも会って欲しいと頼まれまして……」

「……まあ、あいつが一緒なら大丈夫か。一応、レードラに聞いてみよう」


 二人はカウンターで受付をしているレードラに伺いを立てると、彼女はマリーゼの方をちらりと見た以外、特に何の反応も示さなかった。


「良いのではないか? マリーゼもたまには外の空気を吸いたかろう。どうせ儂は行かんし、見つかっても儂のふりをすれば問題ないじゃろ」

「あっ、ありがとうございます!」

「でも一応、気を付けてくれよ?」

「はい!」


 初めて二人に嘘を吐いてしまった。


 その事に罪悪感を覚えつつも、マリーゼは一ヶ月の間、レードラの影武者を務め上げようと意気込むのだった。



 

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