第15話
『マリーゼ、愛してる』
『レオン様……』
周りがキラキラした謎空間で、レオンとマリーゼは見つめ合っていた。その眼差しは心底マリーゼが好きだと訴えており、それを変に思う事もなく、マリーゼはうっとりと目を閉じる。
そしてレオンの手がマリーゼの顎にかかり、二人の唇が重なる――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うわっ、ひゃああぁ!!」
がばっとマリーゼが跳ね起きると、時刻はまだ夜明け前だった。
ドッドッと己の激しい鼓動と荒い息だけが、静寂の中響き渡る。
(私ったら……私ったら、何て夢を!!)
レオンと恋人のように見つめ合い、あまつさえ口付けまで交わすなど。とんでもない夢を見てしまった事に、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、マリーゼは一人赤面した。
古書喫茶『龍山泊』では仮眠室にもなっている『聖』の席があり、マリーゼはその内の一室を借り切っていた。シャワーを浴びる時は使用時間外にこっそり借りる他、客の前でレードラと一緒にいるところを見られないよう配慮している。
いつものようにシャワー室に入り、蛇口を捻ろうとした時、魔法陣が描かれている事に気付く。今までなら気にも留めなかっただろうけれど、昨日レードラから龍山泊誕生秘話を聞いたばかりだから分かる。
このお湯は洞窟奥の温泉から召喚し、そして排水溝の魔法陣を通って下水がどこかへ捨てられる仕組みなのだと。
「こんな風に魔法陣を活用するなんて、私の国じゃ絶対できない事よね」
ふと、クラウン王国を今も「私の国」と呼んでいる自分に気付いて自嘲する。
先日、両親から手紙が届いた。無事であった事への安堵と喜び。ルピウスが逆恨みし、マリーゼを探している事への警告。ドラコニア帝国での新たな人生を応援する内容となっていた。
【幸せを祈っているから、故郷の事は忘れて好きなように生きなさい】
家族の気遣いに、涙が出そうになる。いつか、堂々と会える日が来る事を願う。レオンの仲間のマチコだって、絶望的だった家族との再会が叶ったのだから。
(レオン様……)
レオンの事を考えたら、また今朝の夢を思い出して顔が熱くなる。言い訳すれば、あんな夢を見てしまったのも仕方のない事だ。何せマリーゼとレードラはそっくりで、その上昨日は悪戯で入れ替わっていた。それでも速攻で見破ったレオンはすごいと言うか、それだけレードラの事を愛しているのだろう。
きゅっと胸が締め付けられるのに気付かないふりをして、マリーゼはお湯を止めた。
シャワー室を出てすぐの脱衣所で下着を身に着け、カーテンを開けると、そこにはレードラがいた……一糸纏わぬ姿で。
「レッ、レードラ様! ここはまだ私が使って……まさか、裸のまま外から!?」
レードラのこの姿は変身魔法なので、寝る時は本性のドラゴンに戻って谷底に降りている。
「まだ開店前じゃろ。鍵も閉めておるから客は入って来れんよ」
「だからって、ここに来るまでに誰かに見られたら……」
「儂はそんなヘマせんわい。レオンのヤツもうっさいしのう」
レオンの名前が出て、思わず俯くマリーゼ。夢の事もあり、何となく後ろめたくてレードラの顔が見れなかった。頬をポリポリ掻きながら、そんな彼女を眺めていたレードラだったが、宥めるようにポンと肩に手を置く。
「まあ……何じゃ。昨日はすまんかったの。お主には少々刺激が強かったんじゃろ。レオンには黙っておくから、気にせん事じゃ」
「いえ、その……えっ??」
考え事をしていたマリーゼは、ドキリとして顔を上げる。レードラのこの態度はまるで、何もかも見透かしているような……
(まるで、じゃないわ。まさにレードラ様には可能じゃない!)
「レードラ様、私の頭を覗き見ましたね!?」
「不可抗力じゃ。言ったじゃろう、儂とお主の目は繋がっておると。魔力の結晶に映り込むのは現実の視界だけではないのじゃよ」
夢の内容をレードラに知られていた事に、マリーゼはショックで真っ赤になった。
「酷い、酷いわ!! お二人の前でどんな顔をすればいいのか、すごく悩んだのに…」
「そうかの? 何やら満更でもなさそうじゃったが」
「んもーっ!!」
大声を上げてレードラをポカポカ叩いていると、脱衣所のドアがガチャリと開けられる。
「おい、シャワー室がうるせーって苦情が……っごめん!!」
「きゃあっ」
ついさっきまで話題に出していたレオンと目が合い、マリーゼは咄嗟にレードラに抱き着き体を隠した。自分もキャミソールにドロワーズと言う大概な格好だが、全裸よりはマシだ。レオンは即座に体ごと後ろを向いている。
「お主、最悪じゃの。オーナーが権力振るって無理矢理婦女の裸体を暴き見るなど」
「わざわざ誤解招く言い方すんなよ、俺はさっきから何度もノックして入るぞって前置きしたんだからな。ってか使用中のシャワー室に裸で乱入してるヤツに言われたくない!」
僅かに開いた状態のドアの向こうから、苛立ったレオンの声がする。やや聞こえにくいのは、早朝なので声量を落としているためだろう。
マリーゼはレードラをカーテンの向こう側へ押し遣り、体にしっかりタオルを巻くと、ドアの隙間へと近付く。
「あのっ! 騒がしくして申し訳ありません。ご忠告にも気付かなくて……。ですが、ここって防音魔法はかけられていないのですか?」
確か、『神』の席がそうではなかっただろうか。訊ねると、レオンは気まずそうに咳払いして答える。
「うん……シャワーとかトイレ…ベッドがある部屋って、そう言う事に使われやすいだろ? あと倒れても誰にも気付かれない危険性があるし。だから防音は、『神』の席に限られてるんだ。あそこも悪さできないように対処はしてるぞ」
「そう言う事……っ!?」
「広報のおかげで、最近はぽつぽつ若い連中も利用しに来てるし……な」
意味が分かって、マリーゼが顔を赤らめる。言い難いのか、ドアの隙間からレオンがガシガシ頭を掻いているのが見えた。彼の耳も赤くなっている。
「ごめんなさい、匿って頂いているのに自覚が足りませんでした…」
「いや、俺もレディーの着替え中に乗り込むのはやり過ぎだったよ」
今度こそドアがパタンと閉じられ、マリーゼはそこに額を付ける。レオンが遠慮なく鍵を使ったのは、脱衣所でカーテンも閉めずにいつまでも裸でいるのはレードラぐらいのものだし、そもそもこんな早朝にレードラが来たのも夢の事でマリーゼが心配になったからだ。
「私って……お二人の足を引っ張ってますよね」
「あやつもあれで楽しんでおるから気にせんで良い」
「楽しんでるって、そんな……」
「あのアホが何を考えとったと思う? かっこつけといて頭ん中では『おんなじ顔がキャッキャウフフしてんのマジ天使、ラッキー』ってなもんじゃ。愚かなヤツよのう、ふははははは…」
邪悪に笑い飛ばすレードラを、振り返ったマリーゼが低音で一言。
「レードラ様」
たちまちレードラは、ぴたりと口を閉じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
レオンは毎日空いた時間に龍山泊を訪れ、店内を視察したり時には受付を手伝ったりもしていた。その日はちょうど、レオンとレードラの二人で受付をし、そろそろマリーゼとの交代の時間が迫っていたのだが。
急に店内がざわつき出し、異変を感じたマリーゼは、こっそりバックヤードから受付を窺い見た。
カウンターを挟んでレオンの前に立っていたのは、豪奢なドレスを纏った貴婦人。この店の客層から考えると相当浮いている。その後ろには、似通った顔立ちの令嬢が三人控えていた。
「義母上…わざわざこんな場所までご足労頂かなくても、話なら城で聞きますよ」
「嘘おっしゃい。いつものらりくらりと躱して、逃げ回っていたからこそ、今日と言う今日は
義母上……と言う事はレオンの義母の内、皇后であるフィーネか。後ろの三人も、格好からして侍女とは思えない。レオンの妹たちなのだろう。
「レオンハルト、貴方には二十歳になると同時に、正式に皇太子となってもらいます。就いては早急に婚約者候補を決めなくてはなりません」
「義母上、それは……」
「ええ、分かっています。この件に関して、陛下も宰相も貴方に強く言う事はもうないでしょう。ですが時間が残されていないのは、貴方にも分かっているはずです。ティグはまだ幼いし、成長するまで諸外国が大人しく待ってくれるはずがありません。いい加減、遊びの時間は、もう終わったのですよ」
皇后の言葉に、マリーゼは耳を疑う。日々の和やかな時間から、強い絆で結ばれた二人の態度から、まだまだ猶予はあるのだと思い込んでいた。レオンも方々を駆けずり回って一大事業を興し、国益に貢献している。その努力は、まったくの無駄だったと言うのか。
「……レードラとの事は」
「一つ聞きますが」
睨み付けてくるレオンの視線を躱し、皇后は足を組んで椅子に腰掛けたままのレードラに向き直る。
「守護神レッドドラゴン、貴女はレオンハルトの子を身籠る事は可能なのですか」
「無理じゃな」
「な…っ、おいレードラ!!」
きっぱり断言したのを責めるようにレオンが肩を掴むが、レードラは凪いだ目で首を振る。
「レオンよ、ここで誤魔化しても無駄じゃ。できんのじゃよ…儂がお主の血を繋ぐ事は」
「どうして……今更、そんな!」
「レオンハルト、聞きなさい。生きとし生ける者は、それぞれに与えられた役目があるのです」
激昂しかけたレオンを、皇后が止める。
「未来の皇帝となる者は、妃を娶って次代に血を残す……綿々と繰り返されてきた歴史なのです。そしてレッドドラゴンの役目は、それを見届け、帝国を災いから護る事。
レオンに求められているのは、英雄になる事でも守護神と結ばれる事でもない。子孫を残す事なのだ。
(そんな……)
マリーゼは口元を手で押さえた。皇后の言う事はどこまでも正しい。現にクラウン王国は、タリアに惑わされたルピウスのせいで暗雲が立ち込めている。
だが、だからこそレオンは、最初から宣言しているのではないか。自分はレードラを愛しているのだと。レオンにとってはそれがすべてであり、大前提なのだ。
「受け入れなさい、レオンハルト。貴方はもう子供ではないのですから」
「……っ」
後ろに回された手が、強く握り締められる。ぽたり、と床に水滴が落ちた。
(レオン様、手から血が……!)
今すぐ治癒してあげたいが、皇后たちの前に姿を見せるわけにはいかない。気付いているのかいないのか、レードラは呑気にも座っている椅子の端を掴み、足をぷらぷら遊ばせている。皇后に見られていてもお構いなしだ。
固唾を飲んで見守っていると、皇后はくるりと踵を返した。
「十九年目の誕生式典に合わせ、選抜会を行うそうです。詳しい事は娘たちがすべて決めるとの事ですので、聞いておきなさい。
そうして皇后が魔法陣の小部屋に消えると、それまで無言を貫いていた三人娘が急にカウンターに押し寄せてきた。
「お兄様、ご安心を。わたしたちは、お兄様の味方でしてよ」
「そーそー。選抜会だって参加者全員薙ぎ倒すためにわざわざ引き受けたんじゃん?」
「死屍累々…」
「おいおい、物騒な事言うなよ」
速攻で皇后を裏切りそうな勢いの妹たちを、レオンは窘める。気持ちは嬉しいが、義母が懸念している事もまた捨て置けないのだ。
「まっ! お兄様のレードラ様への想いは、その程度のものでしたのね。等身大の抱き枕に縋り付いてしくしく泣いていたから、思いつめてその内駆け落ちでもなさるのだと思ってましたのに、がっかりですわ」
「は!? フローラお前、いつそれを……いや違うぞ、あれは抱き枕じゃない。ただのドラゴンのぬいぐるみだ」
「成人前の男があんなでっかいぬいぐるみを部屋に置いとくって、ふつーにキモいっしょ」
「ぐは…っプ、プルティー今のはきっつ…」
「ヘタレチキン…」
妹たちに好き放題言われ、プルプル震えていたレオンだったが、ついにキレた。
「勝手な事言うな! レードラの事は好きだよ、俺の人生なんだよ! だからって帝国の未来を犠牲にして駆け落ちなんてできるわけねーだろ!!」
「そーかなあ、そのためにママも年甲斐もなく頑張ってくれちゃったわけじゃん? 兄貴もそうこの世の終わりみたいな顔しなくても、ティグ坊がいるんだからさっ」
「クレイヤもそう思う…」
「アホか、お前等より十も年下の幼児に、この国のすべてを背負わせる気か? 俺だってそこまで鬼畜じゃねえぞ」
盗み聞きを続けながら、マリーゼはどうも話がおかしい、と首を傾げた。レオンの過去において、弟が生まれた事はレードラとの恋の成就に希望を見出せたはず。確かに相当歳が離れているのだが、今回皇后がわざわざ足を運んだと言う事は、何か緊急事態が起こったのだろうか。
「…で、どうするの兄者?」
クレイヤの言葉と共に三対の瞳に見つめられ、レオンは目を閉じた。
しばらくして大きく息を吐き出し、頷く。
「仕方ないから、今回は受けるよ。いつまでも避けてらんねえしな」
「お兄様は、それでよろしいのですか?」
「お前等の事だから、うきうきしながら準備してたんだろうよ。どうせ決められるなら、直接介入できた方がいい」
(え、ええ――?)
割とあっさり承諾してしまったレオンに、驚愕する。あれだけ見合いや婚約を避けていたのに、どんな心境の変化なのか。レードラの方を窺うと、腕を組んで我関せずと言った態度。
すると妹たちが、さらに仰天ものの提案をする。
「そう来なくては。…ではレードラ様にはその際、審査員としてご参加頂けますね?」
「儂は行かんぞ」
「えー何で何で? レーちんも兄貴の勇姿を見てあげなよー」
「勇姿ってほど俺、やる事ねーだろ……俺も嫌かな。誰が好き好んで、惚れてる女の前でお見合い大会やんなきゃなんねえんだ」
受けるとは言ったものの、乗り気でないのが見え見えだったが、レードラはそんなレオンをちらりと見て、フッと鼻で笑う。
「別に見てやっても良いのだがな。この儂が出向いては、参加する
(そんな、レードラ様!!)
ガタリと席を立ち、「そんな相手いない」と呟くレオンを無視してこちらに歩いてきたレードラは、マリーゼを一瞥もせず、すれ違い様に「交代の時間じゃ」とだけ言って、バックヤードに引っ込んでしまった。
これは、自分が受付に行けと言う事なのだろう。戸惑いつつもレオンの横に立つと、先程までの険悪な雰囲気は感じさせず、椅子を引いて座らせてくれた。
「仕方ないですわね、それではレードラ様抜きで打ち合わせがしたいのでお兄様、『聖』の席を取って頂けません?」
「そんなの帰ってからやれよ」
「妹者たちは古書にも用がある…」
「それに新作のスイーツが出たんでしょ? これこれ、『オオカムヅミとハニーグレープのパフェ』! 何これおいしそーう。意味分かんないけど」
プルティーが身を乗り出し、カウンターに置いてあるメニューをトントン叩く。
「ざっくり言えば、魔界で獲れる桃とトワパルファム産葡萄を使ったフルーツパフェだよ。魔界とマチコ先生ん家に行ける魔法陣があるからこそできる反則技だな」
「ではそのパフェを一人前下さいな。三人で分けて頂きますの」
「一杯のかけそばかよ? お姫様がケチ臭い事言うなって。ちゃんと三人分奢ってやるから」
「分っかんないかなー。アタシらダイエット中だから、ささやかに楽しみたいんだって。兄貴も女心が分かんないと、レーちんに捨てられるぞー」
「ダイエット? 十五のガキンチョが、なに色気付いてんだか。そのレードラは味見っつって、パフェ五人前ぺろりと平らげたぞ」
(レオン様、今レードラ様は私って事になってます!!)
妹姫たちの視線を感じて、マリーゼは小さく縮こまる。と、何気なく手を置いた椅子の端が、まるで猛獣の爪で抉られたように欠けていた。それに気を取られている内に、レオンは従業員たちに妹を席まで案内させたり、注文を伝えていた。
マリーゼの立ち上がる気配に、レオンはこちらを見て苦笑いする。
「ごめんな、騒がしくして」
「レオン様、妹君はその…三つ子ではないのですよね」
「ああ、全員母親が違う……はずなのに、全員父親似なんだよなあ。特にプルティーとクレイヤは母親同士が双子でもあるからさ」
なるほど、それは確かに複雑な家庭と邪推されてもしょうがないのかもしれない。一方でレードラが先程レオンの心を読んだ時の事を思い出し、別の意味で複雑になったが、頭を振って否定する。家族と他人の空似は全然別物だ、邪推は良くない絶対に。
「それはそうとレオン様、本気なのですか? あれだけレードラ様以外の女性との婚約を嫌がっていたではありませんか」
「うん、まあ……親父が倒れたんだ」
正面を見据えながら呟いたレオンを、思わず凝視する。彼や皇后の様子がおかしいと思ったら、そう言う事だったのか。
「幸いただの過労で、神聖魔法もよく効いてるからしばらく休めば元気になるって。でももう若くないし、今回の事でみんな後継者問題をすげー意識しちゃってさ。他国の動きがきな臭い事もあって、とりあえずってなったんだよ」
「それでいいのですか? バタバタとなし崩し的に……婚約者になる女性を傷付けたくないと、おっしゃっていたではないですか」
「それは思うよ。だって俺、レードラしか好きになれないし。二股にも抵抗あるし。……マリーゼの事を知ってから、余計そう思った。愛してあげられないって、何て残酷なんだろうって」
こちらを向いたレオンの目が、揺れている。その時マリーゼに、様々な感情がない交ぜになって襲い掛かってきた。
(私の事で、この人はこんなに……心を痛めてくれている)
ただの同情かもしれない。それでも自分の身に置き換えて、自分だったらどうだろうと真剣に考えてくれる。マリーゼにはそれが、途方もなく嬉しかった。
だから優しいこの人の恋を、何としても守りたかった。
レオンの手を取り、神聖魔法をかけると、パアッと光り輝き、強く握り締めたせいで血が滲んでいた傷が癒されていく。
「レオン様、諦めないで」
「……マリーゼ?」
「レードラ様は……貴方を愛しています」
レオンの目が驚愕で見開かれる。心臓が、ぎゅっと苦しくなった。
「レオン様とレードラ様が寄り添える道は、方法はきっと見つかりますよ」
「分かってるよ」
マリーゼの祈るような励ましに、レオンはポンと手を彼女の頭に乗せた。
「レードラが俺をどう思ってるのかなんて、知ってる。何年あいつを見てきたと思ってる? 愛してるから、分かるんだよなあ…」
「レオン様……?」
「もちろん、諦めるつもりなんてなかったよ。必死こいても時間稼ぎにしか、自己満足にしかならないって、分かっていて……それでもほんのちょっとは、何かを変えられたんだって信じたかったんだけどなぁ」
力なく笑うレオンの声が、震えている。マリーゼの言葉を信じていないのだろうか。違う、もっと根本的な事だ。帝国を守護する神と言う役割から抜け出す事はできない。レオンの子が産めないとは、そう言う事。天使が天使であるように、レードラはそう言う存在なのだ。
世界中の書物を読み漁り、魔界まで出向いて追い求めた果てに辿り着いた答えから、レオンは目を逸らし続けていた。まだ、何とかなるんじゃないかと。
(だけどもう、ここで……タイムリミットだな)
「親父なんてお袋にもフローラにも何も言わないし、冷たくて薄情なヤツだって長い事思ってた。あんなヤツみたいになんて、なりたくなかった。
けど……過労だって言われた時、俺って親父にすげー苦労かけてきたよなって。俺の我儘のために無理を通してくれたおかげで、レードラと一緒にいられた。そんな親父のために、帝国のために俺も返さなきゃいけないって」
諦めない、と言いつつ、レオンの目から熱が失われていくのを感じた。レードラが今まではっきりとレオンを拒絶しなかったのは、これを恐れていたのかもしれない。心が、死んでいく。無気力になって燃え尽きる事を――
(返さなきゃいけないって何…? 親への恩返しのために想いを、心を捨てなければいけないの? そんな事……きっと親は、望んでいない)
「レオン様…私、両親から手紙を受け取りました。祖国の事は忘れて、自分の幸せのために生きなさいと。私とレオン様の立場が違うのは分かっています。ですが親が望むのはいつだって…」
上手く伝えられない憤りを何とか捻り出すよう声にしていると、レオンの指がマリーゼの唇に触れた。
突然の事に、混乱して言葉が詰まってしまう。
「……っ!」
「マリーゼ、もういい。君の気持ちはすごく嬉しいよ。
だけどこれは、俺たち帝国の問題だ」
俺たちの問題。
マリーゼには、関係ない。
「……出過ぎた真似を、致しました」
ワタシハ、ブガイシャ…
「お許し下さい」
レオンの言葉が、拒絶がナイフのように胸を抉る。
それは確かに彼の優しさで、気遣いだと分かっているのに。
『お前にはこの国から出て行ってもらう!』
何故か自分を踏み躙った、かつての婚約者と重なった。
その事に戸惑い、迷い子のような顔をしていたのだろう。苦笑したレオンに頭を撫でられ、逆に励まされてしまった。
「そんな顔すんなって。義母上は、婚約者候補だと言った。妹たちが何か企んでるみたいだから今回決まるとは限らないし、決まったからと言って、すぐに結婚するわけじゃない。
約束するよ、俺は絶対にレードラを…」
「あのー、ご注文のパフェ三人前ができましたけど」
ミィシャが厨房から顔を出し、レオンの言葉が打ち切られる。気まずい空気が流れた。
「あ、ああ…『聖』の三番に持って行ってくれるか」
「かしこまりました」
「あのっ!」
ミィシャがカウンターから離れようとした時、マリーゼは咄嗟に呼び止めていた。
「私が持って行ってもいいですか?」
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