第7話

 ボン!


 デリック金細工工房の一室から爆音が響き、開けられた窓から一気に煙がもくもくと外へ漏れ出す。


「どうしたサイケ、無事か!?」

「ゲホッ、平気だ親父。ちょっとポカやらかしちまって…」


 飛び込んできたデリック氏に何でもないと手を振るサイケだが、髪はチリチリで顔は真っ黒けとコントみたいな有り様になっている。


「そちらのお客さんは……」

「あ、俺も平気っす。ご心配おかけしました!」


 そうして親が工房に戻るのを確かめると、サイケは用心深くドアを閉め、鍵をかけると大きく息を吐いた。さっきの騒動は、サイケが魔石を新発明に組み込む際に、うっかり魔力を暴発させてしまったのだ。


「何か……悪いな」

「いや。さすがに俺も異世界であのネタ聞くとは思わなかったから噴いちまったわ。でもまさか、あんたも転生者だったとはな……レオンハルト殿下?」


 レードラに会った帰りで、そこら辺の子供と同じ格好だったのでデリック氏には気付かれなかったが、サイケは一年前の誕生式典で、レオンが上空から現れたレッドドラゴンに城のバルコニーまで送り届けられるところを見たと言う。


「気付かなかったのか? ミルクキャップ付きの牛乳瓶とか、分かるヤツには分かったと思うけど。学校で飲んだ事あるだろ」

「こっちでの学校って意味なら、もう俺そんな歳じゃないしな。ちなみに前世の給食では紙パックしか飲んだ事ない」

「嘘!!」


(世代がだいぶ下だったか……そう言えばミニ四駆も数年ごとに第何次ブームとか来てたな)


 歳を感じずにはいられないレオンだったが、もちろん気のせいである。体の年齢から言えばレオンは十二歳、サイケは十五歳なのだから。


「じゃあお前って、結構若死にだったのか。流行りの転生トラックってやつ?」

「んな危険なもん流行ってたまるか! 普通に大往生だよ。どうやらこの世界に転生する際、どの時代に生まれ落ちるかはバラバラみたいなんだ。俺が尊敬する発明家だって百年以上前の人だけど、たぶん前世は同世代の日本人だと思う」

「マジかー……ん、発明家?」


 レオンはサイケが部屋にこもって何かを作っている、と言うデリック氏の台詞を思い出す。


「お前、発明家目指してんの? 金細工師は継がないんだ」

「やっぱりせっかく知識があるんだし、前世からの趣味だったからな。けど、いつかは親父の仕事も継がなきゃいけないとは思ってる」


 日本人の記憶を持ちつつも、ドラコニア帝国民としての人生も受け入れているサイケ。


(いつかは……)


 レオンも分かっていた。帝国の皇子として、義務を果たさねばならない己の立場を。今は幼さを理由に、逃げ回っているだけだ。それもいつまでも続けるわけにはいかない。


「…それで、殿下はわざわざこんな場所まで何しに? 前世の思い出でも語り合いたいなら、色々ジェネレーションギャップがあると思うけど」

「公式の場じゃなきゃ、レオンでいいよ。いや精霊馬と馬車を合体させるなんて面白いなと思って。これ、元々ミニ四駆からの発想だったんだろう?」


 荷台付きのククミスを手渡すと、サイケは串の位置や車輪をちょいちょい弄った。恐らくより滑らかに走れるよう細工しているのだろう。


「最初は見た目もシンプルだったんだ、四輪の荷台にモーター乗せてさ。けどこっちの世界じゃ車はないし、どうにも地味だからって不評で。だったら馴染み深い馬車にしようと……胡瓜っぽい野菜使ったのは、洒落だよ洒落」

「おかげで一発で転生者だって分かったよ」


 返してもらったミニチュア馬車を一旦横に置くと、レオンは真剣な眼差しで頭を下げた。


「お前の前世の知識と発明の腕を見込んで、頼みがある!」

「レッドドラゴンを嫁にするなんて奇天烈きてれつな発明は無理だからな」


 先回りして釘を刺すサイケに、驚いて顔を上げる。


「何故それを……!」

「国中、噂になってんよ。十歳の試練の時に頭打って、守護神に一目惚れしたバカ皇子って。本気か? 帝国をお前の代で終わらせる気かよ」


 まさかそこまで知られているとは思わなかった。精々貴族間で陰口叩かれている程度だと……だが考えてみれば、あの時渓谷に戻っていくレードラに向かって、全力で泣き叫びながら告白していた。

 サイケの懸念はもっともだった。


「俺には妹が三人もいるし、今の皇后に懐妊の兆しがある。いざとなれば、何とでもなるさ」

「どうかな? 血を継ぐだけならまだしも、男の遺伝子は男しか残せない。この世界に染色体なんて概念あんのかは知らないし、皇家が気にしなきゃそれでいいけど……何も考えなくていいって事はないだろ」


 転生者だからこそ分かる。レオンは帝国の皇帝には向かないほど、一途で頑固で不器用な男だと。何人もの妃を娶って子供を産ませるなんて、王侯貴族からすれば当たり前の考え方が、できない。そんな男が、人ならざる者に心を奪われてしまっている。


「考えてるさ……無理だって決め付けるより、足掻けるだけ足掻いて突破口を見つける。そのためにもレードラに相応しい、でっかい男になってやるんだ!」


 レオンの目がやる気で燃え上がっている。……もちろん気のせいだ。魔法で演出は可能だが下手すれば失明する。


「何で、そこまで……?」

「決めたんだよ、もう。二度と迷わない、止めない。あの瞳だけを見つめていこうって!!」

「うわっ、暑苦しい…」


 サイケの世代では、男が愛を叫ぶのは寒いと言う風潮があった。


「おいバカにすんなよ!? 愛があればどんな壁だって乗り越えられる。スーパーヒーローになる事も、空を落とす事もできるんだぞ!」

「ふわっとしてる割に、やる事が極端だな……」


 さながらインチキ霊能アイテムの使用者の声並みに信用がない。まあ実績はこれから作る予定だし、そのためにもサイケの協力が必要なのだが。


「しょうがないだろ。愛は答えがあるわけじゃないって、有名音楽プロデューサーも言っている」

「音楽プロデューサー!? レッドドラゴンをアイドルにでもする気か、お前……いや、もういいや。で、俺は何をすればいいわけ?」


 これ以上愛とは何かを議論していたら、話が進まない。サイケは「アイドルコスも可愛いかも…」と何やら妄想を始めたレオンを本題に引き戻した。


「ああ、ここは前世が日本人同士のよしみだ……これから冒険者ギルドの登録に行くから、一緒に来てくれ」

「は?」

「俺とパーティー組んでくれないか?」

「……はあぁ~??」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ドラコニア帝国の皇族は、十二になれば国内の冒険者ギルドに登録する。これはレッドドラゴンの試練とは違い、男女関係なく行われる。登録したからと言って必ずしもクエストを受けなければならないわけでもないが、冒険者の情報は軍事に携わる者としていち早く掴んでおく必要があった。

 他国のスパイが紛れ込んでいる事もあるし、逆に帝国側に利する英雄となる可能性もある。ドラコニア帝国出身の魔術師マサラと、彼女を仲間にした勇者一行がまさにそれだったのだ。

 とは言ってもレオンの役目は何も難しく考える事はなく、単に顔を売っておく事だったのだが。


「おい……何で俺が冒険者やるんだよ。ただの町人だぞ? 戦力になるわけねーだろ」

「大丈夫大丈夫。発明家って案外冒険で役に立つし……たぶん」


 二人は冒険者ギルドの受付に来ていた。デリック氏は皇家のしきたりを知っているので、精々薬草獲りやスライム退治ぐらいだろうと息子を連れ出す事を了承してくれたのだが、絶対それだけでは済まない事をサイケは理解している。


(こいつ、帝国の守護神を嫁にできるだけのとんでもねえ事やらかそうとしてんぞ!? 魔王を倒すとか言い出したらどうすんだよ!?)


 実際には魔王は二百年前に倒されているが。むしろ自分が魔王になるとか言い出しそうで怖い。サイケの心配を余所に、レオンは受付嬢と楽しそうに雑談していた。


「殿下ももう十二歳ですかぁ。私も歳取るはずよねー、そろそろ結婚考えなきゃ」

「結婚もいいけどお姉さん、先に仕事仕事! 俺等の登録済ませてくれよ」

「あっ、いっけない」


 受付嬢はレオンたちの前に、登録用紙を差し出す。そこには簡単なプロフィールを書く欄があった。


「この肩書きと職業ってのは、どう違うの?」

「肩書きには、出身地とか現在の役職……まだ決まっていなければ親御さんの立場をお書き下さい。殿下の場合は『ドラコニア帝国第一皇子』、サイケ様は『デリック金細工工房代表責任者の長男』がそれですね。まぁぶっちゃけ、ただの旅人でもいいんですけど」

「いいのかよ! セキュリティー大丈夫かここ…?」

「鑑定魔法がありますから、さすがに激ヤバな身の上でしたら分かりますよー。でも基本は来る者拒まずですね! それで職業と言うのは、冒険者を始めるにあたって暫定的に決めておいて、パーティーを組む時などに参考にするものです。後で転職等される際は、その都度登録の更新をお願いしてます」

「なるほど……じゃ、勇者とかでもいいの?」

「自分で言っちゃうのは痛いだろ…」

「あはは! 最初でよく分からなければ、適職診断を受けてみます? どの職業に向いているかが出ますから、極めてみるのも手です」


 二人は顔を見合わせた。どんな戦い方ができるか、どう呼ばれるようになるのか。適当でいいとは言われたが、気になる所ではある。受付嬢の勧めに、彼等は診断を受ける事にした。


(『村人』って出たら、さっさと家に帰ろう)


 サイケがそんな事を考えていると、結果が出たようだ。


「レオンハルト殿下にぴったりの職業は……『聖職者クレリック』です!」

「おーっ、確かに皇家そのものがドラゴンを崇拝する宗教の長だもんな。個人と言うより家柄ってやつか…」

「ええー…その守護神様を口説いてるアホが聖職者…?」

「あはは……まあその神様と心を通わせていると思えば、何とか…?」


 乾いた笑いでこちらに生温い視線を送られてムッとする。だが神聖魔法がメインとなれば、レードラに重点的に……手取り足取り教えてもらえると思えば、バカにされても気にならない。レオンは思考をポジティブに切り替えた。


「通常は宗教施設や神学校等で知識を学びますが、殿下の場合、職業の任命やクラスアップは大神殿で受けられる事をお勧めしますね。お義母様が神官長をなさってますから」

「むむ……ヘレナ様かぁ」


 父が妻としたのは全部で三人。レオンの生母ファナ、彼女の死後に皇后となり現在二人目を懐妊中のフィーナ、その双子の妹ヘレナだ。

 帝国では大神殿の神官長は代々皇后が務め上げるのだが、双子特有の強い魔力で繋がった姉妹である事、ファナが妹の出産時に亡くなった事で、激務を少しでも分担して皇后の負担を減らそうと協議したらしい。


 レオンは前世を思い出す以前、この双子の義母たちが苦手だった。別に意地悪されたわけでもなく、むしろ二人とも母のファナをとても尊敬し、レオンを妹共々可愛がってくれた。

 ただ一見複雑な関係ではあるので、心ない噂はどうしても立つものだ。そのせいでレオンの妹は、自分を産んだ事で母が死んだと気に病み、他の妹たちとも距離ができてしまった。彼女等の仲を取り持つために、十にも満たないレオンがどれだけ奔走し、心を砕いてきたか。

 今ではすっかり仲の良い姉妹となったが、今度はレオンがその時の癖で、微妙に義母たちに気を遣ってしまうのだ。


(いい加減、こっちとも向き合わなきゃなあ……うん、レードラとの未来のためだ。母ちゃんの一人や二人相手できんでどうする! …ってよく考えたら母ちゃん三人いる時点で普通じゃねえわ)


 レオンがあれこれ悩んで覚悟を決めている内に、次はサイケの診断結果が出てきた。


「サイケ様にぴったりの職業は……『将軍ジェネラル』です!」

「将軍!?」

「おおう……まさかの軍人か。これは拾い物かも」

「冗談じゃない、前世共々超インドアの俺が、こんな体育会系やらされてたまるか!」


 サイケが憤慨しながら帰ろうとするので、慌てて引き留める。


「待てって、あくまで参考! 適性ってだけだから! 大体、冒険者なのに軍人なんてさせるわけねえじゃん」

「本当だろうな? めんどくさいのは御免だぞ」

「おうよ、俺は発明家が欲しくて誘ったんだから」

「……まあ、村人じゃなかっただけマシか」


 町工房に住んでるのに村人はないと思ったが、せっかく付き合ってくれるのだから黙っておく。こうして二人はそれぞれ職業欄に【僧侶(暫定。後でヘレナ様に任命して頂く)】【発明家】と書いて登録してもらった。


「これでご登録は完了です。続いてレベルの確認ですが、お持ちの各スキルにそれぞれレベルがございまして、一番高いものが総合レベルとされます。例えば剣術が5、魔法が3、知識が10であれば、総合レベル10となります」

「ここに職業が加わるとなると、強いんだか分からなくなるな……ギルドでしっかり調べてもらうのがいいって事か」

「ですねぇ。総合レベル99になれば成長は止まりますから、上手くバランスを取りながらのスキルアップをお勧めします」


 渡された鑑定結果に目を通すと、レオンのスキルは剣術1、体術5、魔法2、知識5。サイケが体術2、鍛冶職人12、発明10、知識15となっていた。


「マジか…俺、頭悪いなー。前世はノーカンなのかな?」

「いーや、お前は心の底から大馬鹿野郎だ」

「あのー…さっそくですけどクエストが来てるので、受けてみます? サイケ様が総合レベル15となっておりますので、それ以下の依頼をご紹介できるのですが」


 受付嬢が差し出した依頼書を、自分たちは登録しに来ただけだと断ろうとしたサイケの横から、レオンがさっと掻っ攫った。


「スライム討伐か、これなら行けそうじゃん。やろうやろう」

「お前……そんな勝手に! 戦闘未経験で準備不足の俺たちが勝てると思ってんのか?」

「平気平気。スライムくらい倒せないと、ドラゴンに笑われるぞ。あっ報酬は俺、受け取れないからお前が預かってくれないか」

「そうじゃなくて! ああもう、知らねーぞ…」


 依頼書を手にうきうきと魔物の出現場所へ向かうレオンに、げんなりしながらサイケはついて行った。ここは一度、痛い目見させた方がいいなと思いながら。



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※参考:適職診断ファンタジーRPGの職業編 (Ver3)

https://seikaku7.com/fantasyjob/

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