第6話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「そう言うわけだから、概念に子供は作れないんですよ」

「でも生物である以上、物理的には可能だろ? 実際、ハーフエルフみたいに人間とエルフの間で生まれてるし」

「だから! レッドドラゴンは他の生物…他のドラゴンとも違うんですって。言わば神の領域にいる御方。もしも禁忌を犯して魔王にでもなったらどうするんですか」

「いいよ。俺、レードラなら神でも魔王でも愛してる」

「……神と人との間に生まれた子は怪物になると相場は決まっております」

「怪物でもいいじゃん。悪さするならぶん殴って止めりゃいい」


 レオンは歴史教師相手に、まだやり合っていた。鍛錬を始めたばかりのヒョロヒョロのガキンチョが何を一人前に……と頭痛を覚えつつ、何とか説得できないものかと教師が困り果てていると。


「馬鹿垂れが!! 何が怪物でもいい、じゃ。お主の子と言う事は、次期皇帝が化け物になると分からんのか!!」


 尻尾でポカリと頭を殴られ、振り向けばそこには窮屈そうに自身を抱きしめるドレス姿のレードラが。問題の足元は、厚手の長靴下とミュールで解決したようだ。レオンは一瞬ぱっと顔を輝かせるが、ふわりと捲り上がったスカートの下のパニエとドロワーズが裏地と同色だったので、一気にテンションだだ下がりした。


「白じゃない……」

「まだ言うか!」


 再び尻尾を使おうとスカートを捲り上げるレードラを、侍女長が止める。


「レードラ殿、貴女が借りていらっしゃるその御姿は、クラウン王家の御先祖様でもあられるのでしょう? あまりはしたない真似をされると、隣国を侮辱していると取られますわよ」

「ん……むむ」


 言われて渋々スカートを下ろす。むくれたその表情からは、とても神だの概念だのと言う威厳は感じられない。ただ粗野な振る舞いが目立つだけの令嬢だった。


「概念……そうだ、そうだよ! 俺も概念になればいいんだ」

「はあ…?」

「国の守護神に相応しい、レードラとも結婚できて生まれた子も人間の皇帝として即位できる、何かそんな感じの都合のいい概念になればいいんだ、俺が!!」


 とりあえず思い付いた事から叫んでみるレオンに、周りが呆れた目線を向ける。だがレオンは何としても、レードラとの結婚のために立ち塞がる壁を突破しようと必死だった。


「概念がどう言うものか理解しとるのか、お主は……儂が魔界で実体化して召喚されるまでに、どれぐらいかかったと思っとるんじゃ。そもそも概念になる事ができたとして、そいつと今のお主は同一の存在なのか?」

「ん~っ…そんな哲学的な事は難しくて分かんねーよ! だったら何で初代皇帝はそんなあっさりお前を生み出せたんだ!?」

「それは初代だからとしか言えんな。神話とは大体昔の者たちが都合の良いよう創り出すもんじゃ。まあ転生して再会できたのは奇跡じゃったが……普通はあり得んじゃろ」


 レオンは羨ましさのあまり、床に蹲って地面を叩いた。レードラにしてみれば自分の生みの親以上の感情はないのだが、何だかロマンチックな要素が琴線に触れるらしく、レオンの中では昔の男扱いで嫉妬の対象のようだ。


「あの、殿下……それならこれから立派な皇帝となり、新たに何か『初代』を目指してみてはいかがでしょう?」


 あまりの嘆きっぷりに見ていられなくなった歴史教師がアドバイスすると、そこに希望を見出したレオンががばっと顔を上げる。


「そ…そうだな! パンテロス一世と同じ立場なら国民全員に広められるし。レードラとの結婚だって…」

「しかし皇帝になるにはまず、皇太子からじゃぞ。分かっておるのか? 皇太子は婚約者が決まっておらんとなれぬ。無論、儂以外のな」

「ぐおお……」


 再び崩れ落ちるレオン。歴史教師はレードラを責めたい気持ちだったが、ここで現実から目を背けるわけにもいかない。


「いいじゃないですか。まずは確実に御子を残せる正妃を娶られてから、改めて守護神様を迎えられる方法を」

「二股は嫌だあぁぁ…」

「……」


 千年以上続く帝国の跡継ぎが、寝言を言っている。それなら三人の妃を娶った彼の父親は何だと言うのだろう。ここにいる者たちは知らなかったが、前世が日本人だったレオンには、まだその頃の倫理観から抜け切れずにいた。

 もう勝手にしてくれ…と誰もが投げ出そうとした時。


「決めた……俺は英雄になる」

「また突然……何じゃ?」

「皇帝以上にでっかい功績を残して、レードラを嫁にするんだ。魔王にもさせない、怪物も産ませない。それができてこその英雄だろ? できない事はないぞ。歴史上、妖精女王と結婚した冒険者の話だって残ってるんだ。あれだって概念的な存在じゃねえか」

「いや、冒険者の話は九割がフィクションで……」


 ついに御伽噺おとぎばなしにまで縋り付いたレオンに即座に釘が刺される。帝国ではしきたりとして、十歳でレッドドラゴンと対峙、十二で冒険者ギルドに登録する(クエストは受けなくても可)となっているが、まさか皇位継承権を放棄して冒険者になるつもりではないだろうか。


 家臣たちが不安になる一方で、今までバッサリ斬り捨ててきたはずのレードラは珍しく考え込んでいた。彼女自身、存在はあり得ないはずだった。夕日に照らされた霧に映る影に、一人の野心家が見た、ただの幻。そんな自分が千年ほど経って、今こうして彼の子孫の教育など見てやっている。

 レオンが伝説を残せば。世界が彼とレードラの結婚を認める事によって、新たな概念が生まれる。世界が、引っ繰り返る。祝福する側から、される側へ。


(まさか……まさかな)


 夢物語に、自嘲する。かの親友は、笑うだろうか。


「ま、それが実現するかは置いといてじゃ。お主、具体案はあるのじゃろうな?」

「いや、それはまだ。これから考えるから、ちょっと気分転換に行ってくる!」

「あっ、殿下! 授業は…?」


 結局、長時間かけても彼を説得できなかった教師が項垂れ、侍女長は呆れたように首を振る。扉を閉める瞬間、レオンがこちらに投げキッスを送ってきた。


「待ってろよレードラ。俺はお前と添い遂げる!」

「馬鹿垂れが…」


 レードラの呟きは、バタンと閉める音にかき消された。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「しかし、いざ何かやると言っても思い付かねえな……」


 今日はドラゴンの曜日ではないのでレードラは来ない。こちらから遊びに行ってもいいのだが、最近は「やるべき事もやらずに遊び惚けているヤツは好かん」と追い返されてしまうのだ。

 ここは彼女も大臣も納得する一大事業でも起こしたいところだが、如何せん十二になったばかりのガキンチョにできる事など限られている。


 そこへ。


「よー、皇子様。お供も連れずにこんな場所までおさんぽか?」

「さびしいならおれたちが遊んでやってもいいんだぜー?」

「いつもみたいにお人形さんごっこはどうしたよ」

「知ってる。こいつ最近、レッドドラゴンとケッコンするって言ってるらしいぞ」

「えーほんとかよ? ヒャハハハ、バッカじゃねーの」


 貴族の息子が数人がやってきて、レオンを取り囲んだ。彼は皇子ではあるものの、同年代を萎縮させては良い統治者にはならないと、多少喧嘩するぐらいではお咎めはない。しかし記憶を取り戻す以前の気弱な性格のせいで、ガラの悪いクソガキからは舐められまくっていた。ここしばらく、忙しくて個人的に顔を合わせる機会はなかったのだが。


「バカはお前等だ。いいか、よく考えろ。ここはドラコニア帝国。そして俺は将来の皇帝だ。帝国の守護神ぐらい嫁にできなきゃ、男に生まれた意味ねえだろ」

「…なに言ってんだ、こいつ?」

「そう言えばレッドドラゴンとこに行った時、アタマ打ったって……」


 好き放題言われてレオンは「失礼な…」と顔を歪める。それにしても、自分はいくらからかわれてもいいが、レードラをバカにされるのは許せない。

 ここは一つ、格の違いを見せ付けてやるかと、レオンは悪ガキ共を見渡した。


「お前等、数人がかりで弱い者虐めなんてダセー事止めろよ。男ならもっとスマートでかっこいいヒーローになりたくないのか?」

「なんだと? おまえ、自分の今の状況わかってんのか」


 ムッとして迫る子供たちにもまったく怯む様子を見せず、レオンはニヤッと不敵な笑いを浮かべた。


「まあ待てって。俺が男の遊びってやつを教えてやるよ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「すっげー!! これめちゃくちゃハマるよ」

「殿下……いえ、師匠と呼ばせてください!!」

「違うな、俺の事は……アニキと呼びな」

「「アニキ――!!」」


 前世の知識で子供相手にドヤる昭和のおっさんがそこには居た。


 彼等の足元に散らばっているのは、牛乳瓶の蓋に使われる紙栓――所謂ミルクキャップである。


「ところでアニキ、これはなんとゆう遊びなのですか?」

「牛メン」

「ギューメン?」


 地方により呼び方は様々だが、レオンの前世は牛乳瓶の蓋でメンコ、略して牛メンと呼んでいた。ベイブレードでも良かったのだが世代から外れていたし、普通の独楽はこの世界にも既にある。


(メンコは日本発祥の遊戯だが、牛メンは飲料入りのガラス瓶に使われる紙栓さえあれば世界中どこでも簡単にできるからな……こいつは流行るぞ)


 ちなみにこのミルクキャップ、前世を思い出したレオンが即座に手を付けた事業である。正確にはキャップではなくミルクの方だが。


 大手のブランド牛を有する牧場は貴族や高級料理店相手に高額で商品を扱うが、貧しく無名な牧場は細々とした経営を余儀なくされている。そこで国が良質なミルクを厳選して買い上げ、国中の学校や孤児院等、子供の多くいる施設に安価に販売するのだ。いくつもの牧場のミルクを混ぜ、さらに殺菌加工するので各ブランドには貢献できないが、安定した収入が得られると言う事で牧場主たちには好評だった。無論、賄賂で捩じ込もうとすれば厳罰だ。子供の口に入る以上、健康・安全面は徹底させなければならない。


 それまでのミルク瓶は大型でコルク栓が主流。ミルク売りも客が持って来たミルク瓶に量り売りをしていたが、レオンは前世の小中学生時代に飲んでいた、コップ一杯分の肉厚ガラス瓶に拘った。

 飲みやすいだけでなく、割れにくくリサイクルできる点もあるが、単純に懐かしかったのもある。その最たる例がミルクキャップ……を使った牛メンだった。


 レオンの提案で立ち上げられた国営乳業『赤龍ミルク』のミルクキャップは、丸く切り抜かれた厚紙に油性インクで国家のシンボルであるレッドドラゴンが印刷されている。


(かっっこいいよなあぁ……ムカデみたいでレードラには全然似てねえけど。傍らの『赤龍ミルク』の文字の神々しさよ……)


 デザインしたわけではないが、自分の発案で生まれたミルクキャップと言うのは昭和のおっさんにとっては記念コインと同価値だ。近い将来、民間も後に続き、様々なデザインのミルクキャップがコレクションされる日も来るだろう。

 しかし今は子供たちの間で牛メン…ギューメンを流行らせる時期。自分と相手の見分けが付くよう裏の白地に好きな絵を描く。レオンはもちろんレードラを描き、表には相合傘でレオン・レードラと入れた。


「アニキ……絵、ヘタクソっすね」

「おれ、こんなん欲しくねえよ」

「うっせー! お前等の分は一つ残らず引っ繰り返してやっからな」


 ギューメンを始めるにあたり、レオンは赤龍ミルクの配達先の孤児院に行き、ゴミのミルクキャップを回収して一人十枚ずつ配った。栓開けを使って牛乳瓶を開けると中央に小さな穴が開き、絵が描きにくくて見栄えが悪いし、取る方も取られる方も微妙に形が変わるせいでやり方が変わってくると説明しておいたので、穴開きは価値が低いと言う認識が生まれた。これも前世と一緒だ。


「アニキ! あいつ二枚貼り合わせてますよ、ズルだ!」

「へへーん、アニキは反則とは言わなかったもんねー」

「ああ、確かに反則じゃねえな……だが」


 バシッ!


「あー! 二枚重ねを引っ繰り返した!?」

「アニキすげー!!」

「くそっ、だったら三枚……いや五枚でどうだ!」


 悪ガキが極端なやり方でレオンのキャップを狙う……が。


「甘い! そんなに分厚くすれば逆に重しになって引っ繰り返せないぞ」

「し、しまった!」

「だが、確かに五枚重ねを相手するのは無理だ……よって、俺は狙わん! つーか必死過ぎてかっこ悪いだろそれ」

「う…たしかに。こんな方法つまんないよな」


 最終的に子供たちは、薄いキャップ一枚で如何にして引っ繰り返せるかを競い合い、大いに燃え上がった。そうして別れる頃には、学校でミルクが配られる際にギューメンを知らない友達にキャップを分けてもらい、次回のバトルに備える事になった。孤児院の子たちも興味津々だったので、こちらの回収はもう望めないだろう。ギューメンが大流行すれば結果オーライである。


 数日後、子供の拙い手によるイラストが描かれた大量のミルクキャップを獲得したレオンは、これをレードラに自慢したくなった。子供たちに交じって遊んでいると、おっさんでも童心に戻ってしまうものだ。もっとも、レオンも実年齢は子供なのだが。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「レードラ――! これ見てくれよ」


 赤の渓谷にやってきたレオンは、うきうきしながらレードラに麻袋を渡す。訝しげに受け取って中を開けてみた彼女は、思わず顔を顰めた。


「……何じゃこれは」

「牛メンで獲った戦利品のミルクキャップだ。やるよ」


 言った途端、麻袋が燃え出す。レードラは炎を吐くタイプのドラゴンではない。普通の火炎魔法である。


「んぎゃあああああ!!」


 レオンが悲痛な叫び声を上げて上着で火を消すが、ミルクキャップはあっと言う間に灰になってしまった。


「何て事すんだ、俺の心のメモリーを!」

「何がメモリーじゃ! お主たち、近頃何やらコソコソやっとったと思えば、我が神聖なる渓谷へゴミの不法投棄をしに来おったか」

「ゴミじゃないっ! これは近所の悪ガキ共の、汗と涎と鼻水が染み込んだ男の勲章なんだぞ!」

「汚物ではないか!! まったく、つまらん紙の蓋如きにバカげとるわい…」


 フンと鼻を鳴らすレードラに、初めて怒りを覚える。いくらメロメロぞっこんLOVEな相手でも、子供時代(※この場合前世も含む)の好きな物を否定されればカチンとくる。そこでつい、ぼそりと言ってしまった。


「自分だって原始人みたいな生活してるくせに……女には所詮、男の浪漫は理解できないんだ」

「何じゃと!?」


 レードラがギロッと金色の瞳で睨み付ける。女だからと言うよりは、ドラゴンで神様だから下々の遊戯はよく分からないと言うのが実情だが、レオンがいちいち自分を女扱いするのが腹立たしい。


「それより儂を嫁にするための計画はどうなった。まさかさっきの汚らしい紙きれで天下獲るつもりじゃなかろうな? 嫌じゃぞ、ミルクキャップの神と結婚なんぞ」


 上手く全世界に広まって競技化すれば一大事業とも言えるが、レードラが嫌がっている方向性なら目指してもしょうがない。ちなみに全国の子供たちにミルクを配達する方は既に彼女は知っていて、一定の評価はあるものの、新たな伝説とまではいかない。


(ここで一発、すげー大発明ができればいいんだが、前世でも俺は普通のサラリーマンだったしなあ……)


 黙り込んだレオンを、宝物を燃やされて落ち込んでいると思ったレードラは、少しばかりの罪悪感から別の燃料を投下してやろうと口を開く。


「…まあ、確かに儂は女じゃ。男の浪漫なんぞ分からんが、子供の流行り廃りの早さはよく知っておるぞ。ギューメンとやらは一時流行るかも知れんが、そろそろ『次』が出てくるんじゃないのか?」

「……次って?」


 こちらを見ないながらも気になっているらしいレオンに、わざと挑発的に言ってやる。


「お主もそうじゃったが、男と言うのはいくつになってもかっちょいい外見に惹かれるもんじゃ。ケチくさいミルクキャップ争奪戦よりももっとリッチで、熱いバトル要素があればイチコロじゃろうな」

「!? ま、まさかプラモ……いや、この世界の技術じゃ精々あいつらのバカにしたお人形遊びが関の山だ。それに、あんまり値段が高いと貴族はともかく、庶民には手が出せないぞ」

「プラモが何かは知らんが、親に頼み込めば何とか買ってもらえる程度の価格なら結構融通が利くのではないか。何にせよ、うかうかしていたら、あっと言う間にトップから引き摺り落とされるぞ」


 レードラの警告に急に不安になったレオンは、転げそうになりながら帝都に舞い戻った。


(流行が一過性…? そりゃそうだけど、でもこの世界じゃそう簡単には画期的な玩具なんて……)



 広場に行くと、少年たちが自動的に進む奇妙な玩具で遊んでいた。ネジ巻きで動く人形はあるが、こちらは馬車のようなフォルムだ。しかも驚くほどスピードが出て、障害物に当たると方向を変えるのだ。彼等は大はしゃぎで馬車を追いかけている。


「お前等、何やってんの? 牛メンはどうした」

「あっ、アニキ!」

「もちろんギューメンもやりますよ。勝負を挑まれればいつでも!」

「おれもひとりで練習してます! でもとられるのがイヤだから、ためこんじゃって……今は、これです!」


 渡された玩具は、ククミスと呼ばれる細長い瓜に小型の荷台を取り付けた、ミニチュア馬車のようだった。荷台に被せられたハンカチを取ると、中には四角い箱が置かれていて、そこからコードが伸びている。それはククミスの首部分に刺されていて、まるで手綱を思わせた。ククミスには他にも、キャスターの付いた串が数本刺さっている。


「なるほど、この箱は魔石を動力源にしたモーターだな。魔力コードからククミスの水分を伝ってキャスターに魔力を流し、コマを回して前に進むわけだ」

「さ…さすがアニキ。商品名までズバリあたってますよ」

「野菜で走らせるってあたりがカッキテキですよね!」

「部品だけ売ってて組み立て式ですけど、荷台はぜったいつかわなきゃいけないわけでもなくて。ぶっちゃけモーターさえ取りつければ、ククミスだけでもソーコーカノーなんです」

「ゴーカな馬車にしたほうがかっこいいですけどー、重くなったぶんだけノロイから、どこをけずろうかってまようんだよなー」


 盛り上がる子供たちを余所に、レオンは呆然と手の中のミニチュア馬車に見入る。


(こ、この発想……ガキ共のこの反応……間違いない、『アレ』だ! そんな事があるのか!? こんな身近に……だがレードラによれば珍しくもないって、他ならぬ俺の御先祖様もそうだって言うし……よし)


 レオンはモーターの製作者について聞いてみた。売っていると言うから、てっきりある程度の年齢かと思っていたが。


「キンザイクシのデリックさんとこの息子さんです。歳はアニキより二、三くらい上かな」


 なんと趣味で作っているらしく、荷台の部品やキャスターは無料、モーターとコードも試験用データが欲しいからと貸し出してくれたそうだ。つまりまだ世に出回っていないが、ギューメンなど足元にも及ばないほど子供たちの心を掻っ攫うのは確実だろう。レードラの予想は的中していたわけだ。


(にしても、興味が移るの早過ぎだろ……これだからガキンチョは。さてどうする? レードラさえいればどうでもよかったが、初代皇帝の話も聞いたしこんなの見せられちゃ……会わないわけにもいかねーよな)


「なあ、俺その人に会って話が聞きたい。これ借りていいか?」

「いいですけど……えっ、ククミスごとですか? おれ、うまく作れなかったから見せるのはずかしいんですけど」

「いいって、充分だよ」


 金細工工房の場所を聞いて向かってみると、そこから中年のくたびれた親父が出てきた。どうやらくだんの父親の金細工師らしい。


「すみません、息子さんはいらっしゃいますか?」


 デリック氏はレオンの手の中のミニチュア馬車をちらりと見ると、事情を察したようだった。


「サイケなら自室にこもってまた何か作ってるよ。呼んで来ようか?」

「いえ、教えて頂ければ一人で行きます」


 部屋の前で深呼吸をしてから、ドアをノックする。中から「どうぞー」と呑気な声が聞こえたので、間髪入れずにバターンと勢いよくドアを開けて叫んだ。


「この精霊馬をミニ四駆にしたのは誰だあっ!!」


 転生者に会えると言う事で、つい某グルメ漫画の食通キャラを意識してしまったレオンだった。


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