第4話

 今日のマリーゼの仕事は、料理の下拵えだった。まだまだ調理場に一人で立つ事は任せられないが、レードラが『魔界大豆』と呼んでいる見た事もない植物の筋を三人で剥いている。

 レオンは朝っぱらからこんな所で油を売っていていいのだろうか。そう思ったものの、この帝国の皇子様に訊ねる勇気もなく、とりあえず何か話題をとマリーゼは口を開いた。


「そう言えば、レオンハルト殿下は」

「レオンでいいよ。ここじゃ店のオーナーだから」

「…レオン様は、いつからレードラ様とお知り合いに?」

「それ、聞いてくれる? ねーねー俺とレードラの運命の出会い!!」


 急にがばっと豆を放り出して身を乗り出してくるレオンに、マリーゼは若干仰け反る。


「は、はあ…」


(近い!)


 鼻が触れ合わんばかりに接近されて緊張するが、決して意味深な思惑はないのは分かっている。彼が見ているのは、レードラがマリーゼに分け与えた、黄金の眼だ。

 一方レードラは、レオンの興奮ぶりにも何の反応も示さず、黙々と豆の筋を剥き続ける。きっといつもの事で、慣れてしまったのだろう。


「そう、あれは俺が十歳の誕生日。皇家のしきたりで赤の渓谷の底にあると言う幻の秘宝を取りに行った時の事だ」


 そんな二人を置き去りにして、レオンの心は過去へと飛んだのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ドラコニア皇家には、男児は十歳になれば『赤の渓谷の花』なる秘宝を見つけると言う試練をクリアしなければならない。昔は気弱な少年だった俺は、命綱をつけてぶるぶる震えながらも深い谷底目指して降りていった。だが途中で綱が腐っていたのか切れてしまってな……俺は転落する最中に気を失ってしまった。


 死んだ、と思った。

 谷底に叩き付けられ、ミンチになったはずだった。だが目を覚ますと俺は無傷で、すぐそばには巨大なレッドドラゴンがこちらを覗き込んでいた。

 後から知った事だが、皇家は試練としてレッドドラゴンと対峙させるが、もちろん死なせるつもりはなく、大怪我を負ったなら神聖魔法で回復させる手筈になっていたそうだ。


 とにかくそのドラゴンのすぐ後ろに、探していた花はあった。繁殖力が弱く、年に数輪しか咲かないらしいが、薬の材料になるとも聞いた。けど、俺にはそんな事どうでもよかった。


 こんなばかでかいレッドドラゴンに覆い被されたら、それまでの俺なら絶対チビッて気絶してたね。だけど、俺はその時……前世の記憶を取り戻していたんだ。うん、まあ頭は打ってたんだけど。


 ゲーム廃人だった俺は、目の前の本物のドラゴンを見て、これが異世界転生だと直感。そして同時に、物凄く興奮したんだ。


「やった……」


 夢にまで見た、異世界転生。しかも前世から大好きだったドラゴン。それを神と崇める帝国の皇子。なんて……なんて、かっちょいいんだ!!


「ぃやったぁあああ!! ドラゴンだーうひょーかっこいー!!」


 俺は帝国の守護者の体にペタペタ触りまくった。いきなりのこの行動に、ドラゴンもぎょっとしたが、即座に尻尾で叩き落とされた。その威力は一瞬、死を感じさせたが、すぐに回復させられた。


「神聖魔法か……記憶が戻る前に見た事あるぞ。本当に、神の竜なんだな」

「……」

「なぁ、言葉分かるか? 俺、赤の渓谷の花が欲しいんだよ」


 不思議と恐ろしさは感じず、レッドドラゴンに話しかける。だけど心のどこかで、これが言いたいんじゃないと分かっていた。俺は何でもいいから、このドラゴンと会話がしたかったんだ。


 するとドラゴンの体が光り、中から声が聞こえた。


「人間よ、我が問いに答えよ。汝は、何者か」

「しゃ、しゃべった!!」


 眩しさに仰け反ると、光るドラゴンはみるみるその形態を変え、縮んでいった。そこに現れたのは、一糸纏わぬ一人の女。高そうな細工の髪飾りを付けた火のような髪に金の眼をギラつかせ、何よりトカゲのようなゴツゴツした尻尾が直に体から生えているのが異質だった。信じられないが、この女はドラゴンが変身した姿なのだ。


「答えよ。我が渓谷に、何を求む」


 再度問いかけてくるドラゴン。レードラによれば、皇家の試練として、どんな手段を使ってもいいから花を手に入れさせ、この国を護るに足るのかジャッジしていたんだそうだ。で、俺はどう見ても生っちょろいから腕っぷしや逃げ足の速さではなく、問答で勝負する事にしたと。


 俺は、尻餅を付いてぽかんとドラゴンだった女を見つめていた。一見すると無防備なただの人間なのだが、その威圧感と眼差しはドラゴンの時と変わらず。堂々とした、畏怖すべき佇まいをしていた。

 感じる。

 俺の心の奥底から、何かがせり上がってくる。


「……け」


 俺が何しに来たかだって?

 決まってる!


「結婚してくださぁい!!」


「はぁ??」


 俺の魂の絶叫に、ドラゴン女は素っ頓狂な声を上げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「いやぁ~一目惚れだったね、あれは」


 小休止にマリーゼの入れたコーヒーを啜る。たどたどしい手付きだが飲めない事もなく、今後の上達が楽しみだ。

 そこにレードラの重い溜息が突き刺さった。


「ドラコニア帝国の歴史上、あれほど間抜けな声が出たのは初めてじゃ」

「マジで!? 俺、レードラの初めて貰っちゃった?」

「ポジティブ過ぎるじゃろ!!」


 いつもの漫才が始まると、マリーゼはコトリとマグカップをテーブルに戻す。


「それで、どうなったんですか?」


 話題の種に適当に聞いたはずが、何故か真剣な眼差しだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「な……何を考えてるんじゃお主。結婚じゃと!?」


 にじり寄る俺から離れようと後退るドラゴン。今までになかったパターンに戸惑っているらしい。


「分かるよな? レッドドラゴンは人の思惑などお見通しだって親父が言ってた」

「見通せるが、お主のは分からん! アホな事しか考えとらんではないか!」


 あ、やっぱバレてる……だって裸の女の子にお前は何がしたいんだって聞かれたら、答えは一択だよね? もう結婚するしかないよね??


「絶対幸せにするから! 頑張って養えるくらい稼ぐから! ここに赤い屋根の一軒家を立てて、白い大型犬も飼おう!」

「意味が分からん。皇子のお主が個人の資産など持てるわけなかろう。渓谷に屋根付きの家なんぞ建ててもすぐに崩れ……ええい、離せぃ!!」


 必死にしがみ付こうとするも、また尻尾が襲ってきた。バシンと背中に重い衝撃が来て、激痛にのた打ち回る。回復される事は分かっていたが、大人しく待っているつもりはない。たぶん背中がグチャグチャになっていたのだろうが、構わずに這いずりながらドラゴンに近付いた。


「お願い、します……俺んとこ、嫁に……」

「うっとおしい、纏わり付くな! 花は持って帰っていいから!」


 すげない態度の中に、僅かに罪悪感のようなものが見える。直後、再び背中を尻尾で叩かれたが、今度は痛くなかった。神聖魔法だ。ドラゴンの指差す方向をちらりと見たが、すぐさま視線を戻して立ち上がる。

 そして叫んだ。


「そんなの要らない! 俺が欲しいのは君だ。好きだあぁぁっ!!」


「何なのじゃ、お主は……」


 がっくりと頭垂れるドラゴン。心なしか疲れているように見える。伝説級の存在にダメージを与えられるって、俺すごくない?


 何はともあれ、聞かれたからには答えなければなるまい。


「我が名はドラコニア帝国第一皇子、レオンハルト=フォン=ドラコニア。麗しき渓谷の女神よ、貴女の名を伺っても…?」


 自己紹介を終えると、ドラゴンはふんっと腕を組み、バカにしたように見下ろしてきた。


「儂に名などない。生まれた時よりドラコニア帝国の守護神となる役割を与えられた、レッドドラゴン……それが儂じゃ」

「じゃあさ、俺が名前付けてもいい?」


 聞いても答えなかったので、勝手に考える事にする。この時、俺の頭からは完全に試練の事は吹っ飛んでいた。


「うーん……マチコ先生!」

「その先生と言うのは何じゃ」

「あれ、ダメ? じゃあ……ハニーフ〇ッシュ!!」

「何故そこで叫ぶ!?」


 ダメだ、全裸の美女を前にまともな思考が働かない。前世の記憶が戻ったところで、俺がレオンハルトである事に変わりはないのに、脳内をいい歳したおっさんに浸食されている。まだ十歳だぞ俺……


「大体、儂に会いに来る者自体が稀じゃし、名を使う機会はさらにない。ただの名無しで充分じゃろ」

「えー、寂しいじゃんそんなの。待てよ、レッドドラゴンだから……レードラ! って、さすがに単純過ぎか」

「じゃあ、それで」

「うん……えっ」


 まさか応えてくれるとは思わず、目を丸くすると、むっと眉根を寄せてくるりと後ろを向いた。尻尾がゆらゆらしているのは……もしかして照れてる?


「何でも良いのじゃがな、とりあえず今までで一番マシだった」

「そんな適当な理由で……愛がないよ」

「愛など要らぬ!!」


 何だか悪役みたいな台詞で体から光を発すると、ドラゴン改めレードラは本来の姿に戻る。そして尻尾でぽーいと渓谷の外まで放り投げられた。凄まじい衝撃でまた気を失いそうになったが、地上に叩き付けられる瞬間、風魔法によってゆっくり降ろされる。


「……」


 レードラは俺が花を持って帰らなかったのを忘れていた。皇家の試練は失敗すれば何度でも繰り返さなくてはならない。案外抜けた所のある守護神を思い、俺はにんまり笑った。



 その後、俺は再チャレンジの名目でレードラに会いに、渓谷へと通い詰める日々を送る事になる。


「やあ、また会ったね。愛しのハニー」

「お主、自分でレードラと名付けたのを忘れたのか」


 呆れた視線を寄越すレードラ。適当に決めた割には名前を気に入ってくれているようだ。


「今日は寒そうな君に、素敵な服をプレゼントしに来たんだ」

「特に寒くはないな。人間形態で耐えられなければドラゴンに戻ればいいだけじゃ」


 実に可愛くない事を言う。本性がドラゴンなので全裸を曝す事など何とも思わないのだろうが、男(※十歳)としては目のやり場に困る。

 それに惚れた女に服を贈るのも男の浪漫なわけで。レードラは一応受け取ってくれるらしく、渡した包み紙をガサガサ開けて中身を取り出した。


 ウェディングドレスだった。


「…………」


(何じゃこいつ。怖っ!!)


 その時、悠久を生きる伝説のドラゴンは、生まれて初めて恐怖を感じたと言う。心外な…


「お主、いまいち子供らしくないのう。近頃の皇子教育はどうなっとるんじゃ」

「あ、聞きたい?」


 俺はここで、前世の話をする事にした。子供とは思えない落ち着いた態度の秘密。その驚愕の事実に、然しもの守護神様も興味を惹かれずにはいられないだろう……と思ったが、反応は薄かった。


「ほーん…」

「あれ、興味ない? それとも信じられない?」

「珍しくも何ともない……この世界にはたまにそう言う事もあるのじゃ」


 逆に俺にとっての驚愕の事実だった。レードラにしてみれば、その現象……前世を思い出す人間が現れるのは当たり前だったのだ。年の功には勝てなかったよ…


「マジで!? 俺だけじゃなかったんだ」


 彼女の興味を惹けなかった事にがっかりする。くそぅ、誰だレードラの初めて(※前世話をする的な意味で)の男は!?


「会ってみたいか?」

「いや、どうでもいい。俺には君さえいれば」


 気を取り直して口説いたが無視された。


 またある日。


「メイド服持って来たよ~、今日はこれ着て……」


 ふわりと広げ持ってレードラの体に当てようとした瞬間、バリバリと八つ裂きにされてしまった。


「ああっ」

「何か、阻止せねばヤバい気がした」


 またまたある日。


「前世の知識を総動員して、仕立屋でナース服作ってもらった!」

「もっとその知識を世の中のために使わんか!」


 またまたまた…


「レードラ……俺、分かったんだ。服より何より、大事な物があるって事」

「そうかそうか、やっと気付い…」

「まずは下着だよね!!」


 半殺しにされた。


 一刻後、はっと目を覚まして起き上がると、ミンチから治っていた。そして目の前で頬杖を付いて俺を見つめているレードラは、いつもの裸ではなかった。


「まったく、お主のバカさ加減には参るわ。儂はドラゴンなんじゃから寒さなど感じぬと言うに……じゃが、確かにこの姿はかつての親友のもの。勝手に借りておいて裸で歩き回ると言うのも、些か失礼じゃったのう」

「レードラ、その格好は……」


 俺が持って来たオススメの純白レースじゃない。黒かった。紐で全身ぐるぐる巻きにして服っぽく見せていた。


「ん? ああ、これは魔界のファッションじゃ。お主のくれた下着はフリフリのヒラヒラで儂は好かん。そこで知り合いの夢魔に頼んでヤツの正装を借り…」

「ブバ死!!」

「わーっ、どうしたんじゃ鼻でも打ったか!!」


 十歳児には刺激が強過ぎた。俺は赤の海に沈んだ…



 そんなこんなでおバカなやり取りを続ける内に、気付けば十一歳の誕生日を迎えていた。つまり俺とレードラが出会ってから、一年が経過したわけだ。


「お主、何も自分の誕生式典を放っといてまで来る事ないじゃろうが」

「いいんだよ、どーせ退屈なパレードとか祝辞とかでクッソつまんねえから。レードラと遊ぶ方が楽しいよ」

「まったく、皇子を拐かす形になって、儂は皇帝に責任を感じるぞ……」

「それよりレードラ、その格好なに?」


 渓谷には、俺が断られても勝手に置いて行った服の数々がある。一通りのコスプレショーは楽しめそうだ。

 レードラはその中から、セーラー服を選んで着ていた。ミニスカブレザーなんて邪道じゃない、古式ゆかしい赤いスカーフのセーラー服。


「質素でそこそこ着られるのでこれにしたが。似合わんか?」

「似合ってるよ。赤毛のせいで昔のスケバンみたいになってるけど」

「スケバン……?」


 可愛いのはもちろんの事、初めて自分から着てくれた事にきゅんとする。感動していると、突然彼女に抱きしめられた。驚く間もなく顎を掬い取られ、唇が重なる。

 キス……この世界に転生してきて初めてのキス。男だからグチャグチャ言いたくないが、やっぱり好きな相手との初めては特別だ。


「どうしたんだ、レードラ……めっっちゃ嬉しいけど、女子高生が小学生にそれは絵的にヤバくない?」

「お主が何を言っとるのか全然分からん。いいから目を閉じておれ」

「うん……」


 漢前だな…と思いつつも瞼を下ろすと、暗闇の中、ぎゅっと強く抱擁された。強いと言うか、ちょっと痛い……腕がまるで爪のように固い。


(……爪?)


 気付いた瞬間ゴウッと風が唸り、目を開けた時にはドラゴン形態に戻ったレードラに攫われていた。赤の渓谷が視界の隅でどんどん小さくなっていく。

 そしてレードラは、ドラコニア城の見える場所まで飛んできた。俺の誕生日を祝おうと国民たちが詰めかけ、兵士たちが必死に俺を探しているのが見える。


 城のバルコニーには顔色の悪い大臣がこちらを指差して叫んでいたので、レードラはそこに俺を下ろした。


「殿下、国の者は皆、貴方の身を案じていたのですぞ! もうレッドドラゴンに会いに行ってはなりません!」

「やだよ、俺はまだ赤の渓谷の花を手に入れてないだろ」

「だからと言って、何もこんな日にまで……おや?」


 言い争う俺たちの間に、赤い花がにゅっと差し出される。レードラが尻尾で持ってきたようだった。

 城の上空に現れた帝国の守護神はあまりにも目立ち、国民は沸き立つ。


「レッドドラゴンだ! レオンハルト皇子の誕生日を祝いに来られたのか?」

「見ろよ、皇子に花を渡してるぞ。粋だねえ」

「一年かかっちまったが、何にせよこれで試練はクリアって事だな」


 試練はクリア。

 もう、レードラに会いに行く理由が、ない。


「嫌だ!!」


 俺はバルコニーの手摺りから身を乗り出す。大臣が慌てて引き剥がそうとするが、根性でしがみ付いた。


「こんなの欲しくない! 俺が欲しいのは、これじゃない!!」

「殿下、危ないですぞ!」


 大きく翼を広げ、レードラは飛び去ろうとする。


(最初で最後の、儂からの誕生日プレゼントじゃ。もう来るでないぞ)


 目が、そう言っていた。

 一年……彼女に会いに通う内、言葉を発しないドラゴン形態でも、俺は彼女と通じ合えるまでになっていた。


「レードラ……行くな、愛してるんだ。レードラアァァァ!!」



 俺の叫びも空しくレードラは渓谷へと帰ってしまい、俺は式典終了後に玉座の間へ呼び出された。父である皇帝陛下に赤の渓谷の花を差し出し、試練に打ち勝った事を宣言するためだ。

 この時に立ち会った者たちは言う。俺の顔から感情が抜け落ちていたと。俺はと言えば、泣き過ぎて瞼が重く、何の達成感もなかった。おっさん一人分の記憶持ちだがまだ十代のガキンチョなのだ……好きになった相手が神様で。国の守護者で。こんな想いは不毛なのは分かり切ってるのに、心が納得してくれない。俺は皇子だ。将来は父の後を継いで皇帝になる。いつかは婚約者もできて、その相手との子供を……


(ふっ、誰だよそいつ……)


「ではレオンハルトよ。試練達成の証として、赤の渓谷の花を……」


 父の声が上滑りしていく。

 何だこれ、何で俺が親父に花を? これが赤の渓谷の花だって? バカ言うな、幻の秘宝はもっと赤くて、もっと強くて、もっと綺麗で……


 グシャッ


「なっ、何をしておる! 渓谷の谷底に年に数輪しか咲かぬ貴重な…」

「皇子、ご乱心されましたか!?」

「偽物ですよ、陛下」


 俺は花を踏み潰していた。

 そうだ、こんな物では誤魔化されない。試練だってまだ終わっていない。レードラとも、まだまだ…話し足りない。

 俺を諦めさせたいのなら、守護神自ら本気で説得にかかってくれなきゃ納得しねえんだよ。


 呆気に取られる一同を前に、俺は宣言した。


「こんな偽物じゃなくて、本物の赤の渓谷の花を手に入れてみせますよ。

世界一かっこよくて可愛くて美しい、俺の花レードラをね」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「素敵なお話ですね……」

「今の、どこがじゃ!?」


 うっとりと頬を染めて聞き入るマリーゼに、レードラがツッコむ。この令嬢、実は天然なのかもしれない。


「で、懲りずに通い続けた俺に根負けしたレードラが、危ないからって谷底から入り口付近に場所を移して会ってくれるようになったんだよな」

「馬鹿垂れ、お主が毎回毎回崖から足を滑らせて瀕死になってるからじゃろうが!! 帝国の第一皇子に何かあれば、儂はお主の父に申し訳が立たんわい」


 レードラは頭を抱える。長命のレッドドラゴンにも頭痛はあるようだ。あれから赤の渓谷の花は、改めて皇帝に届けたらしい。責任持って息子さんを一人前にするからと。響きがエッチだと言ったレオンを、レードラは無言で往復ビンタした。


「まあ皇子教育は、超~絶スパルタだったけどな。レードラが教えてくれるなら、何でも楽しかったよ。見合いだけは全力で逃げてきたけど……さて、そろそろ戻らねえとな。朝議前に抜け出してきたから、大臣に見つからないようにしないと」

「そいつ、胃に穴が開く日も近いじゃろうな……」


 相も変わらず苦労させられている様子に、心底同情する。谷底にしか生えない植物で、薬でも煎じてやろうか。いや、ドラゴンの手よりも専門職に任せた方が良い。薬草だけ贈っておこうとレードラは思った。

 と、考え事をしていたために、レオンが自分の手前まで来ていた事に気付くのが遅れた。彼女の眼帯に、唇が落とされる。


「ひゃあぁ」


 顔を赤らめて声を上げたのは、傍らで見ていたマリーゼである。


「愛してるよ、レードラ。今日も君との未来のために頑張ってくる」

「いや、そこは国のためと言っとけ!?」


 レードラのツッコミに軽快に笑うと、レオンは魔法陣の小部屋へ行ってしまった。彼の退室後、レードラは渋い顔をする。このまま呑気に遊びに付き合っていたら、帝国の後継者問題になりかねない。皇帝はそろそろ老いの兆しが見え始めているし、第二皇子はまだ幼い。ここは無理矢理にでも嫁さんを取らせるべきではないのか。


 そんな事を一人悩むレードラの横で、マリーゼは自分の左目をそっと押さえた。


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