ネリネ
琉華
ネリネ
髪を切ったから、もしかしたら気づかないかもしれない。
すみれは軽くなった髪に指を通してみた。艶やかな黒髪の腰まであるベリーロングは彼女の自慢だった。友人には失恋だのなんだのと冷やかされそうだったが、単に気分転換をしたかっただけ。むしろ髪を切ったことで彼女の恋人の
今日はひと月ぶりに彼との逢瀬の日だ。髪を切ってから買った、お気に入りの白いバレッタを着ける。もともと家はそこそこ近所で、電車に乗れば20分少々で行き来できる距離にいたが、就職を機に隣の県同士になってしまった。それでも関係性が崩れることはなく、こうやって互いの休みをすり合わせてデートを重ねている。
駅に着くと、彼は改札前で手を振っていた。雑踏のざわめきのせいもあってまだ声は届かない。彼は、髪を触って首のあたりで手を横に振るという動きをしている。「髪切った?」のジェスチャーだろう。笑顔で頷いて歩調を速めた。
「ごめん、待ったよね?」
「いや、今来たところ」
ありきたりな会話に心臓のあたりが暖かくなる。藤樹が髪の毛に指を滑らせた。
「びっくりした、すごく雰囲気変わったね」
「でしょう。もしかしたら私ってわからないかな、とか思ってた」
そういうと、彼は不満げに口を尖らせた。
「俺がすみれに気づかないなんてあり得ないから」
心臓がさらにぽかぽかする。どうやらその気持ちが伝染したらしく、藤樹もだんだんと表情を和らげる。
なんだかんだ言って失恋したのではという友人からの言葉で彼の気持ちに関して不安になっていたのかもしれない。それがすべて溶けてなくなっていく。彼に関係のない、口うるさい上司についてや、へらへらと調子よく手を抜くことが上手い同期のことさえも。何年たっても変わらない彼の左側の居心地のよさに、すみれは思わず藤樹の手を引いた。
「ねえ、早く行こう、今日は晴れてるし」
「ああ、今回こそきれいな花が見れるといいな。そろそろ冬になるわけだし」
すみれたちの逢瀬は、ただ道を歩いて道ばたに咲く花を眺めて、昼食を食べるだけだ。もっと内容の濃いデートをするときは、たいてい1泊以上してその時間を満喫する。よく周りの人にそれだけでいいのかと聞かれるが、隣にいるという事実で二人とも満足してしまうし、毎回凝ったことをしてしまうと帰ったときに疲れてしまう。のんびりとした休日を共有して、夜その余韻に浸って携帯越しに話すスタイルが二人にとって最善であるらしい。小学校以来の幼馴染で付き合い始めてから7,8年ともなればちょうどよい距離感もきちんと知っている。
気を遣わなくても互いが安心できる関係性。人は3年ごとに恋愛感情はいったん冷めてしまうという。それでも何度でも惚れ直し続けられる彼に、すみれは心の底から恋をしている。
「すみれ、ちょっとストップ」
藤樹が足を止め、公園沿いの花壇を指さした。指の先をたどってみると赤やピンク、白、紫の彼岸花のような形をした花が咲いていた。朝露の残りをまとってきらきらと光る花びらがきれいで、思わず笑みがこぼれた。
「すごい、きれい」
「そうだね、なんていう名前の花なんだろう」
「帰ったら調べてみようか」
そう言うと、藤樹はそれこそ花が咲くように笑顔を浮かべた。家についてからの電話越しの声であっても、彼の表情は手に取るようにわかるが、昔からずっとすみれは彼の明るくよく変わる表情を見ているのが大好きだ。彼があんまり楽しそうに笑うから、ついついつられてすみれも笑ってしまった。
ネリネ 琉華 @Ruka_0619
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