第17話 再会は喧嘩

 春藍はアルジェイたちを陣から少し離れたところに待たせ、まずはハルグート族が仲間になったと采国軍に伝えに行くことにした。


 采国軍の陣営に到着した春藍がまず目にしたのは、好奇心と猜疑心の入り混じった顔で集まってくる兵士たちであった。宮中に入ったことがない周りの兵士は春藍の顔を知らないので、敵か味方か推し量っているようである。

 適当に兵士をあしらいながら進むと、奥の方に驚きすぎて半分疑っているような顔をした霄文が立っていることに、春藍は気づいた。


 ――伯父上!


 春藍は霄文に今すぐ抱きつきたい衝動を抑え、心の中で呼んだ。

 馬に乗ったまま塀を越えて陣に入る春藍を見上げ、霄文は肩を震わせていた。

 馬上からだと、春藍には霄文の髪の結び目が良く見えた。兜を脱いだ時に乱れたのか、いつもよりもほつれた髪であった。都でのきちんとした姿とは違う様子が、春藍には新鮮に感じられた。


 春藍は馬から降りて、霄文の前に進み出た。

「あなたがこの軍の大将か」

 初対面のふりをして話しかける春藍。

「そうだ。わしが薛霄文だ」

 取り繕った冷静な態度で、霄文は答えた。鏡のように照り光る鎧を着たその姿は、威厳があり重々しい。

 霄文は背を向け、後ろにある幕舎を指し示した。

「こちらへ、胡人の将よ。中で恩人をもてなしたい」

 後ろに並んだ兵士が、おそるおそる霄文の進路を空ける。

 外套をはためかせて進む霄文に従い、春藍はついて歩いた。


 案内されて着いたのは、面会用らしい場所だった。しっかりとしたつくりの床几が二つ並び、床には雲の文様が入った絨毯が敷かれている。

 天幕の中に入るとすぐに霄文は、取り繕った表情を崩し春藍を怒鳴りつけた。


「馬鹿かお前は! ここで何をやっている!」


 雷鳴のような重低音が、春藍の頭上に鳴り響く。これまでも激しく叱られたことはあったが、今回が一番怒らせてしまったようだと春藍は思った。

 春藍は負けじと霄文を見つめ、大声で答えた。


「伯父上が戦場に連れて行ってくださらないから、自力で来たまでです。手ぶらではいけないと思い、まずは敵の懐に入り戦力も得て、馳せ参じました」


「敵に潜入したのか」

 霄文が押さえ気味の声で、春藍に尋ねる。床几に腰掛け、片手で頭を抱えた霄文の様子は半ばあきれていた。


「はい。多少の苦労はありましたが、楽勝でした」

 霄文とは対照的に、春藍は誇らしげに両手を組んだ。強情な態度がゆるみ、言葉にうれしげな響きが混じる。


 霄文は頭を抱えた手の指の隙間から、春藍を見た。厳しい光を宿す瞳が、春藍を言葉以上に叱責する。

「敵が手強く、殺されたらどうするつもりだったのか。だからお前は馬鹿なのだ」

「伯父上、私は死ぬようなヘマはしません。現に今回だって……」

 馬鹿と二度も言われた春藍は、霄文の前にひざまずき反論した。


 いらだたしそうに、霄文が春藍の言葉を遮る。

「今回は運が良かっただけだ。だいたいお前は戦を何だと思ってるんだ。遊びではないのだぞ」

 霄文はたたみかけるように、春藍を怒鳴りつけた。春藍もつられてとげとげしく答える。

「わかってます」

「いいや、わかっておらぬ」


「ではどうすれば、私は戦場を知ったことになるのですか!」


 頑なに春藍を否定し続ける霄文に、春藍は声を荒げた。張りのある高い声が、空気を突き刺す。ひざまずき見上げる瞳は激昂し、炎のように燃えていた。


 霄文は春藍を無言で見つめた。怒りを通りこした哀しみへと、表情が色を変えていく。しぼり出すように、霄文はかすれた声でささやいた。

「春藍、何ゆえお前は、そこまで戦にこだわる? 宮中でわしの帰りを待てば良いではないか」

 それは問いというよりも、切実な願いだった。


 春藍は歯を食いしばってうつむき、心の中でつぶやいた。

 ――そんなこと、伯父上が好きだからに決まっているじゃないですか。

 自分の想いが霄文にわからないはずがない、と春藍は思った。知っていてなお問う霄文が、恨めしかった。


 立ち上がり背を向け、春藍が言い捨てる。

「それをまた私に言わせようとするなら、馬鹿は伯父上の方でしょう」

 春藍は霄文の顔も見ずに幕舎を出た。


 霄文は何も言わずに、春藍が出ていくのを止めない。

 それは今まで何度も繰り返してきた言い合いと同じで、不毛な結果なのであった。

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