第13話 将軍の状況
一方、采国軍はそのころ行軍を終えて野営地造りに入っていた。
霄文は執務用の幕舎の中にいた。執務用とは言ってもほぼ資料置き場に近く、地図や文書などがごちゃごちゃと積まれた狭い空間である。霄文はそこで白い布の張られた床几に腰掛け、木製の幅広の机に報告書を広げた。ざっと目を通し、ひげを撫でながらため息をつく。
――報告されなくともわかってはいたが……、戦う前から満身創痍だな。我が軍は。
采国軍が国境に到着したのは、予定よりも半月ほど遅れてのことだった。思ったよりも厳しかった西域の気候に、兵の足がなかなか進まなかったのだ。兵たちは疲れ果て、戦意はかなり低くなっている。行軍に時間をとられたことで、十分に用意してきたはずの兵糧も徐々に余裕がなくなってきた。
下級兵の間では風土病のようなものも流行りはじめており、わずかだが死者も出ていた。
――わしなりに準備を整えたつもりであったが、足りなかったか。
霄文は歯を食いしばり、後悔した。眉間にしわをよせ思い悩む姿こそが、英雄と誉れ高い将軍・薛霄文の本来の顔であった。
机の上で手を組み、霄文は目を閉じた。
――だが出陣してしまった以上、何かを得なければ都には帰れまい。
霄文に負けることは許されていない。多くの人間が死ぬからこそ、犠牲に見合った結果を求められる。そしてその結果のために、より死者の数は増えるのである。
馬鹿馬鹿しいことだとは思っていても、勝利を期待され希望に満ちた目で見られる以上、霄文はそれに応えなくてはならない。
――わしがやめたところで、何かが良くなるものでもない。人の死に意味を与えることがわしの役目なら、そうしてみせよう。
霄文は深呼吸して、犠牲を払う覚悟を決めた。自分のしていることは必要悪であると、言い聞かせる。
「だが、戦い続けた先に終わりがあるならば、わしは……」
目を静かに開き、霄文はつぶやいた。憂いを帯びた瞳が暗く翳る。
この乱世の果てにいつか戦のない太平の世の時代がくるとは、霄文は到底思えなかった。それでも、もしも流した血が平和につながるのならば自分の存在が許される気がして、つい夢見てしまうのである。
たとえそこに自分の居場所がないのだとしても、霄文は戦のない世というものを求めてはいた。
――いくら大義でごまかしても、わしの罪が軽くなるわけではなかろうに、馬鹿なことを。
霄文は自嘲し、報告書を閉じた。
前を向けば、天幕の隙間から日が差し込んでいた。淡いようでいて突き刺すように鋭い、西域の太陽。見知らぬ土地の光を見つめ、霄文は故郷を想った。
「わしは英雄などではない。お前はそれでもわしを好きでいてくれるのか? 春藍……」
脳裏に、春藍のはつらつとした笑顔が浮かぶ。霄文を英雄だと信じて疑わない春藍の瞳に救われたときもあるが、そうではないときもあった。
霄文は筆を手に取り、次の軍議の準備に取り掛かった。都で待つはずの新妻が敵陣で暗躍しているとは、つゆほども思うことはなかった。
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