第11話 粗食に労働
次の日の朝、春藍は銅鑼の音で起こされた。
不愉快な金属音に目を開けると、まだ夜明け前の気配がしたが、周りの捕虜たちは動き出していた。
――早起きが苦手というわけじゃないが、毎日これはちょっとつらいな。
春藍が二度寝の誘惑と戦っていると、アルジェイがそばでしゃがみこみ声をかけた。
「春藍、銅鑼が三回目になる前に朝ご飯を食べて持ち場につかないと」
春藍はむくりと起き上がり、目をこすった。
「わかった」
目を閉じたくなるのを我慢して、もごもごと返事をする春藍。ふらふらとアルジェイについて外に出る。捕虜なので顔を洗ったり着替えたりする必要はなかった。
人の流れにのって移動すると、いくつか釜が並ぶ開けた場所にたどり着いた。
米の炊ける匂いがまわりに漂っている。どうやら、捕虜や身分の低い兵士に食事を配るところのようであった。
人々は皆、家畜のように整然と並び順番に並んで配給を受けている。
春藍も、アルジェイとともに並んで木の器に入ったご飯を受け取った。
お米は雑穀が混じっておりべちゃべちゃと水増しされてはいたが、湯気がたち空腹時にはおいしそうではあった。
「おかずはついていないが、非人道的な食事というわけではないようだな」
春藍は適当なところで地面に腰を下ろした。アルジェイも大事そうに器を抱えて近くに座った。
「これだけの食事を得るのにも苦労している人だっている。この点だけは、まだ俺たちは恵まれている方だよ」
そう言うと、アルジェイはおいしそうにほぼ粥状態のお米を頬張った。
貧しさを表面的にしか知らない春藍は、返答することなく、ご飯を口に含んだ。米は表面上は粥のように柔らかいのに、芯が残っていた。味は非常に薄味で、不快な酸っぱさがある。
――お腹がすいていれば何でもおいしいものかと思ったが、まずいものはやはりまずいな。昨日食べた慶峻の料理が懐かしい。
文句を心の中でつぶやきながら、春藍はさっさと完食した。手枷が邪魔であったが、慣れれば大した障害にはならなかった。
アルジェイの方は、もう少し時間をかけながら味わって食べているようであった。
そうこうしてるうちに、二度目の銅鑼が鳴った。人々が持ち場に向かって行く。
「俺たちはこっちだ、春藍」
アルジェイは急いで器を返却すると、春藍の肩を叩き歩き出した。春藍もアルジェイを追い、移動した。
着いた先は、陣営の一番端であった。曇天の肌寒い天候の中、造りかけの石垣とその周りを囲む足場が風に吹かれている。
呂国の兵士が何人かいて、着いた捕虜たちに順番に指図していた。
「お前が新入りか」
一人の兵士がつかつかと春藍に歩み寄り、鍵を取り出し手枷を外した。そして、厳しい顔で命令する。
「今からお前に許された返事は『はい』だけだ。わかったな」
「城を造っているのか」
春藍は言われた端から、命令に違反した。
兵士は無言で春藍を手に持っていた鞭で打つ。
バシッと鋭い音を立てて、鞭は春藍の腕に当たった。鞭で打たれたのは生まれて初めてのことだった。今まで感じたことのなかった苦痛に、春藍は顔を歪めた。服の上からであったが、斬られたかのように痛かった。
後ろによろけた春藍を、アルジェイが抱きとめる。アルジェイが心配そうに春藍の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫か?」
「平気だ。すまない」
春藍はアルジェイから素早く離れた。
「そこの白髪も、この男の味方か?」
兵士は、春藍のついでにアルジェイもにらみつけた。
他のハルグート族の男たちの視線が、春藍たちに集まった。場に緊張が走る。
――ずいぶんと好かれているみたいだな、この男は。
春藍に危害が加えられるのはともかく、アルジェイが傷つけられることは許さない、という雰囲気を男たちは漂わせていた。
アルジェイは部族の言葉で、男たちに何か言った。
「貴様。今、何と言った」
兵士は意味を理解できない異人の言葉を恐れ、いらだっているようであった。
「もめ事を起こすなと言ったんだ」
アルジェイは弁明したが、その態度は人の上に立つ者のふるまいであった。
兵士はアルジェイのそのそこはかとない高貴さが癪に障ったらしく、さらにいらいらとしだしていた。
アルジェイの指示とは裏腹に、男たちの視線は鋭くなる。
――これはまずい。
面倒くさいことになる前に、春藍は兵士にひざまずいた。呂国の人間に頭を下げるのは気に入らなかったが、仕方がなかった。
アルジェイも急いで春藍と並んで、頭を垂れる。ハルグート族の男たちが、皆同じ形の目で悲しそうにそれを見守った。
兵士は苦虫をかみつぶしたような顔で、二人を見下ろした。
「まぁ、いいだろう。ではお前たちはあの石たちを運べ」
兵士が造りかけの石垣を指さした。
「はい」
春藍は今度は素直に従ってみせた。隅に岩の置いてあるほうまで歩くと、用意されていた天秤棒で担ぐ。重みで肩に棒が食い込むが、耐えられないほどではない。
「すまないことをした」
春藍はアルジェイにそっとささやいた。
「別に、これくらいいつものことだ。気にしていないよ」
アルジェイもそっとつぶやいた。
「だが、君の人を試すような物言いの意図がわからない。何なんだ、君は」
アルジェイは春藍を不思議そうに見た。敵だとは思っていないようであった。
「今は詳しくは話せない。だがきっと、お前の損にはならない」
春藍は手短にアルジェイに伝えた。
アルジェイは、まったく腑に落ちていない様子である。
「無駄口を叩くな」
小声で話す春藍たちに、兵士が鞭を持って叫ぶ。
春藍とアルジェイたちは急いで口をつぐみ、指示通りに石を運んだ。
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