05 武器歓談

 馬車は昨日までの人とは別の人が担当することになっているようで、今度は女性が御者だった。昨日泊まったところは各地からの乗り継ぎ地点となっているらしく、至るところに馬車を停めておくところがあって、方面ごとにまとまっているらしかった。


 肝心の馬車はと言うと、見た目こそ今までの帆馬車とさほど変わらないようだった。だが一度乗ってしまえばどうしてだろう、まるで別物だった。走っている感じが雲泥の差である。体に直接響いてくる感じが、先の馬車が布だとすると、この馬車は綿をたっぷり入れた敷物だった。


 たしかに、これなら横になれるかもしれない。『そりゃそうだよ、ウチはヒトしか運ばないからね』とは御者の言である。


 宿で包んでもらった朝食、卵焼きをパンで挟んだものを頬張ってから横になってみれば、馬車の揺れが何だか心地よいものだった。


 ではエフミシアさんの言葉に甘えて、少し眠ってしまおう。そう考えたけれども、しかし僕は結局、体を起こしてしまった。


「あれ、ノグリさん。横になっていたほうが良いのではないですか」


「僕もそうしようかなと思っていたので、ちょっと横になってみたのですが。あれなんですよね、今朝見ていた夢の続きが始まるかもしれないと思ったら、やめておいたほうがよいかなと」


「ひどくうなされていましたから。よっぽどの悪夢だったのですか?」


「どうなのでしょう。悪夢、という感じではなかったのですが。心地の良いものではなかったです」


 こうもありありと記憶に残っている夢もなかなかなかった。大概が『何か見た気がする』ぐらいまでぼやけてしまううものだが、どんな内容だったかを克明に把握している。


 幻の声。


 僕はそれとつながっている。


 聖地に来て助けてほしい。


 大丈夫。


 僕は他のなり損ないとは違う。


 話した内容は分かっているのに、分からなかった。


 夢なのだから気にしなくて良いと決めてかかっている自分がいる一方で、僕にささやきかけて来た声が話したことという事実もあり、夢と割り切れない自分がいた。


 多分底なし沼に片足を突っ込んでいる。このままでいたら夢の世界に引きずり込まれてしまいそうな怖さがあった。あまり夢の話は続けたくなかった。


 とは言うものの。何もしないで馬車が到着に任せるほど僕は我慢強くなかった。そこで手に持ったのは僕の道具だった。弓銃。手と同じ大きさぐらいしかないとても小さなものだった。小さな弓に木の棒を取り付けだだけのような、銃と呼べるのかすら怪しいもの。それでも結構な値段で、パーティに入る時、ドードたちにお金を借りて買ったものだった。


 荷物を入れている袋から取り出したのは布切れと油の入った小瓶。コルク栓を抜いて、蓋に布を当てて油を染み込ませ、そうしてから弓銃の銃床から磨き始めた。


「前から気になっていたのですが、それって何でしょう? 小さなつるはしですか」


 エフミシアさんはどうやら興味を持ったらしいが、まさかつるはしと言われてしまうとは。


 いや確かに、銃床の部分が真っ直ぐではなく、手で握りやすいよう削られている点を除けばつるはしに見えるかもしれないが。


「弓銃って言って、片手で打てる小さな弓みたいなものです。こう持って狙いを定めるのです」


 実際に構えて見せてみたけれども、あまりピンときていない様子だった。


「でも、弓だったら弦があるじゃないですか。ただ弓なりのところと木の棒があるだけなのに。これがノグリさんたちの弓なのですか」


「いや、これはしょぼい方のやつなのだけれど。ほら、こうすれば弓だって分かりますよね」


 弓銃の弓に魔力を込めれば、青白い線が引き絞られた状態で姿を表す。更に魔力を込めれば青白い矢がつがえられて。外に向かって構え更に魔力を込めれば、風切り音と共に矢が発射される。


「魔法で魔法を撃つのです。エフミシアさんは見たことないですか」


「弓を使っているドラコを知っていますが。彼は普通の弓を使っていました。弦が張ってあって、矢を魔法で生み出したり、木の矢に魔法をかけたりしていました。でも、弦まで魔法で作るというのは、私は初めてです」


「そうですか、やっぱり人気がないのですかね」


「というと? ノグリさんの方では普通じゃないのですか」


「僕が弓銃を使うのは、使っている人がいないからなのです。剣とか槍とか、それこそ弓とか。使っている人がたくさんいますけれど、何となくそういうのは避けたいなって思っていて。あまり使っている人が少なさそうなもので見つけたのがこれだったのです」


 銃を磨きに戻れば、視線の先の戦斧が目についた。エフミシアさんの得物である。汗か何かがしみ込んでしまっているのか、ごく一部分だけシミのような色のムラができていた。


「エフミシアさんが持っている斧も何だかすごそうですね。重たくないですか」


「片手で持つとなると少し重たいですが、これは両手で扱うものですから、こんなものですよ」


「見た感じだと、僕には到底扱えそうにないです」


「ですが魔法を主に使われているのだから、魔法で体を強化するっていう方法があるのでは? 私も気合を入れるときは魔力で補助することもありますし」


「そういった使い方を僕はしたことないのですよね。というか、自分自身に魔法をかける、ってことをやらないと言うか」


「ドラコにとっては、自分に魔法をかけてみるというのは一番最初に使う魔法ですよ。高い木に登れるように腕力を強化してみたり、早く走るため脚に魔法をかけてみたり、とかです」


「魔法の使い方一つとっても誓いが出るものなのですね」


 武器の話で夢のことから気を紛らわせることができていたのだが、馬のいななきで中断させられてしまった。続けて、


「済まないね姉御、馬が急に言うことを聞かなくなっちまった」


と御者の声が御者席から聞こえてきた。


「何か問題が」


「分からないねえ、この子達も普段はこんな嫌がることないのに」


 口では分からないと言っているエフミシアさんだが、しかし表情は険しかった。戦斧に手を伸ばし、馬車の乗降口から顔をのぞかせていた。


 エフミシアさんから遅れること少し、僕もまたエフミシアさんの振る舞いの理由を感じ取った。


 嫌な魔力の雰囲気が近づいてきていた。

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