03 人間とドラゴン
「私より詳しいドラコを知っています。日が昇ってから話を聞きに行きます」
僕から手を離すと次に、エフミシアさんは斧を手に取り、それから扉の前にあぐらをかいた。彼女が背筋を少し伸ばせば扉がきしんだ。扉の悲鳴は響くことなく、すっと消え去った。
エフミシアさんは僕のことをじいっと見てきていて、僕はすかさず視線をそらした。ベッドの上で膝をさらに抱え込む。唯一の出口である扉を塞いで監視をする心づもりだ。
白いシーツが膝と膝との間でたゆむのを見下ろす。この先のことを想像してみる、頭の中で白紙の本を広げてみてみる。しかし何も書き記されることもなければ、描かれることもなかった。本のイメージすら端から解けていってしまっている。
ついさっきまで寝ていたのに、どうも僕は思っているよりも疲れているらしい。考えはまとまらないし、体の奥底から奇妙な心地よさがせり上がってきた。エフミシアさんに見張られているにもかかわらず、ぱたりと体を支えられなくなってしまいそうだった。
ん、いっそのこと横になってしまってもよいのではなかろうか。
「ノグリさんを襲った人は」
頭の中のモヤを振り払うエフミシアさんの声。首根っこを掴まれたようになって顔を向ければ、目をこする姿があった。
「ノグリさんを襲った人は、イノセンタのことを知っていたのですか」
「僕にもよく分かりません。その時初めてドードから聞いた言葉でしたし、僕だって知らない言葉ですし」
「そう、ですか。そうですよね、人間がインセンタのことを知っているだなんて」
「エフミシアさんはやっぱり知っているのですか、それのことを? いや、ごめんなさい、話したくないのであればいいです」
「私もほとんど何も知りません。私が知っているのは、私が『持っていない』ということだけです」
「持っていない?」
「ええ、あとで連れていきますが、詳しい人がいます。その人に、『お前にはないな』と。あまりの言い方だったので、今でも一字一句覚えています」
「すごくぶっきらぼうな言い方ですね」
「根はいいのだけれど、時々言葉が汚いというか」
おもむろに頭へ数回、手ぐしをかけるエフミシア。すると顔に柔らかさが戻ってきた。
「どうしてだろう、やっぱりノグリさんのことが人間だと思えないのですよね。こうやって話している感じも友人や知人と話しているのとさして変わらないですし」
「僕だって、エフミシアさんがドラゴンだなんて思えないですよ。今は僕の仲間と同じぐらいエフミシアさんが怖いですし」
「何その言い方」
「だって武器を手にして僕のことを見張っているじゃないですか。ドードは振りかざしてきたのです。エフミシアさんがその斧をいつ構えてもおかしくないじゃないですか」
「しょうがないじゃないか! 人間だって聞いたら、その、もしかしたら襲ってくるかもしれないって思ったから」
柔らかくなったかと思えば、今度はしなだれてしまう。
「すみません、私も怖いです。正しくは、怖くなっちゃいました。だってノグリさんのことはドラゴンだと思っていましたから。見た目も変わらないですし、それに、魔力の雰囲気だって私達に近い」
「魔力の雰囲気? エフミシアさんは分かるのですか」
「え? ええ、みんな程度こそありますけれど、感じ取ることができますよ。訓練して魔力がもれないようにされちゃうと感じ取れないですが」
「僕も含めて僕の周りにも魔法を使う人は何人もいますが、そんな話を聞いたことはないですよ。あっても昔のおとぎ話の類で、いわゆる『すごい人』枠で出てくるような」
「そうなのですか、人間は魔力を読めないのですね」
エフミシアは斧の柄を杖に立ち上がると、それをもとの場所に戻した。自身は一方で扉の前に戻らなくて、僕が縮こまっているベッドに腰掛けるのである。
服の隙間からちらりと見えた肌には大きな傷跡が見えた。
「何だか警戒するのも馬鹿らしく思えてきました。ねえ、教えてください、ノグリのこと」
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