04 ドラコが言うには
目が覚めたときはテーブルに突っ伏していた。血が頭を巡るたびに破裂しそうだ。痛みをなだめつつも頭を上げれば、同じように突っ伏しているエフミシアさんの頭が見えた。エフミシアさんの姿に何となく違和感があったけれども、きっと気のせい。体にまだ残っている酒がそうさせているに違いない。
僕が覚えているのが正しいのであれば、はじめはベッドの上でエフミシアさんと話をしていたはずだった。僕がドードたちに追われたときの話をしていたら、どうしてかエフミシアさんの方に熱が入ってしまい、
「もうお酒飲みながら話しましょう、お酒大丈夫ですか、大丈夫ですよね? パーッとぶちまけましょう」
といった具合だった。
エフミシアさんの飲むペースはびっくりするほどで、僕の前にジョッキを置くときにはすでに口をつけていた。僕が初めて口をつける頃には次の酒をつぐために席を立っていた。口にした酒は舌には少しばかり苦くて、かすかに感じる泡がドードと仕事上がりに飲んだ一杯を思い起こさせる。
こっちも僕らと変わらないものを飲んでいる。
エフミシアさんの二杯目が準備できてから話し始めると、ことのほか舌の滑りがよかった。パーティで酒を飲むときは聞き役に回ることが多かったため意識したことはなかったが、ここまで喋れるとは自分でも思わなかった。
話す内容が、襲撃の夜の話からいつしか、パーティの中での鬱憤や不満を口走るようになった。僕ってこんなこと考えていたの? と思うようなことを次から次に暴露していた。幽体離脱して自分自身を眺めているかのような境地だった。
それにエフミシアさんが相槌を打ったり、
「そうだよねえ」
と言いながら自分のエピソードを話してみたりして、盛り上がること盛り上がること。
で、気がついたときにはテーブルに倒れていたわけである。
ああ、頭がグラグラする。
けれども、どうしてだろう、どこかスッキリとした自分がいるのも確かだった。頭痛と気持ち悪さの間から見え隠れする、汚れの取れた壁のような。後悔する要素しかないはずなのに、全く後悔していない。僕は、エフミシアさんとの時間に近頃感じていなかった満足感を得ていたのである。
時々の心地よさに浸っているところを邪魔するのは激しい物音だった。あたかも巨大な丸太をぶつけているような、文字通りドアがきしむほどの大音声だった。すばやく連打する感じはないが、一撃一撃がとにかく重い。酒で鈍った頭であっても、その音の圧ははっきりと分かった。
扉を歪ませる音は僕の頭をぶん殴る。エフミシアさんの頭もきっと殴りつけたのだろう、体をかすかによじるような素振りを見せた。背中を、肩甲骨のあたりを伸ばすような動き。
そのまま半身を起こして背伸びをすれば、間の抜けたあくびを空に放った。僕の方には全く見向きもせず、音の主の元へと立ち上がるのである。
立ち歩く様子を見るに、エフミシアさんが二日酔いになっている雰囲気はなかった。
が。
エフミシアさんの歩く姿に違和感があった。いや、そもそも――歩いて、いる? 確かにエフミシアさんの太ももは太めな感じがしたけれども、あんな、胴体と同じぐらい太いなんてことはなかったはず。筋肉質でガッシリとした体躯といっても度が過ぎているような。
ニュルニュルとうねる様子、どこかで見たことがあるような――
「バカモン! お前の仕事の時間はとうに過ぎているだろうが!」
肌に鱗が貼り付いているような――
「しかもお前酒臭いな。あれだけ仕事があるときは酒を飲むなと言っているのにどうしてこうもまた飲んだくれてるのだ。ほらまた靴を壊しているじゃないか。お前、ズボンはどうしたのだ?」
ああそうだ、あの感じは蛇だ。
エフミシアさんの下半身が大蛇になっているのだ。
エフミシアさんが、蛇? 酒が残っているせいで変なものが見えてしまっているのだろうか。頭を動かすたびに痛みが波打つ有様はさながら樽の中で大きく揺れる酒のよう。こんなにもひどい二日酔いになると幻覚を見てしまうのだろうか。
目をこすってみる。しかし、彼女はあるべき姿になっていなかった。
「ロジ主任、すみません。その、盛り上がっちゃいまして」
「盛り上がる? そんな前向きな言い訳を聞くのは初めてじゃないか? 理由は聞いてやろう」
「行き倒れの、その、お方を助けまして。話をしていたらつい」
「何だ、ドラコを助けたというのか? 飲み過ぎなのはあれだが、まあ、よしとするか。その人は大丈夫なのだろうな?」
「そのことで一つ、相談というか、見てもらいたいのですが」
にょろにょろと下半身を動かして器用に後ずさりする。見たところでは超常的な何かで滑っているようにしか見えなかった。
「主任にはどう見えますか。話によると、イノセンタがよこせと言われて襲われたらしいのですが」
エフミシアの巨躯から現れたのは小柄な詰め襟の女性だった。黒縁太めのメガネの奥に見えるのは黄金の目、人の目というよりもどちらかというと猫の目、といった感じだった。
その場で立ち止まったまま視線が合う。一秒もしない間に、
「イノセンタ? こいつにはないな」
と、エフミシアさんが言われたのと同じことを僕に言い放ってきた。
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