第3話 焼きそば屋の女の子

 挨拶をしたあやちゃんをしげしげと眺める。小学校高学年といったところだろうか。少し高い身長に、整った目鼻立ち、肩まで伸ばした髪が印象的だった。


「その。お兄さんは?」


 少し戸惑いがちに尋ねる彩ちゃん。そういえば自己紹介をしていなかった。


「ごめんごめん。僕は沢渡健吾さわたりけんご。中1だよ」

「そうなんですね。私は小6です」


 一つ年下だったのか。それにしても、礼儀正しい子だな。


「沢渡さんは、どうしてこちらに?」


 考えてみれば当然の疑問だろう。


「深夜の初詣っていうのをしてみたくてね。一人で来た」

「それだけ、ですか?」

「それだけだけど」


 そう答えたら、彩ちゃんは何か可笑しそうに腹を抱えて笑い転げている。


「ええと。何か変かな?」

「失礼しました。ちょっと沢渡さんの行動が面白くて」

「面白いかな?」

「クラスメートでそんな行動をする人居ませんよ」


 やっぱり何がウケたのかわからないけど、悪い気分ではなかった。


「彩ちゃん、だっけ。ええと……この、焼きそば屋の娘さん?」


 初対面の子のプライベートにあんまり踏み込むのもどうかと思ったけど、彩ちゃんが笑っていたので、なんとなく聞くことができた。


「あ、はい。母は父と幼い頃に離婚したんですけど……」


 思ったよりヘビーな事情がいきなり出て来た。


「あ、ごめん。いきなりそういうの聞いちゃって」

「いえ。別に気にしてませんから」


 そう言う彩ちゃんはほんとに気にしていないようで、強い子だなと思った。


「なんか、こういうのっていいよね」

「え?」

「いや、年越しまであとちょっとで、こういうところで過ごすことがっていうか」

「私も、沢渡さんみたいな人と、こうして話してるのが不思議です」


 今思えば、僕も彩ちゃんもこの出会いを不思議なものだと感じていたのだろう。少しの間、鉄板のジュージューという音だけが聞こえる。


「彩が初対面の人に懐くとは、不思議なもんやな」


 そんなおばちゃんの声でふと我に返る。


「お母さん!」

「なんや、事実やろ?」

「そうだけど……」


 少し照れた様子の彩ちゃんが微笑ましい。お母さんと仲がいいんだな。


「ウチはこれからお仕事やから。彩の相手したって?」

「は、はい」


 初対面の人間に娘の相手を頼むのはどうかと思うけど。


「相手って。もう……!」


 そう文句を言いながらも、隣の椅子に腰かける彩ちゃん。


「そういえば、彩ちゃんはどこ小学校?」

堀川ほりかわ小学校ですけど」

「ああ、あそこか」

「沢渡さんも、堀川小学校出身ですか?」

「校区がとなりだから、知ってるだけ」

「なるほど。納得です」


 そんな会話を交わす。


「ええと。沢渡さんの中学は……」

「僕は洛心らくしん中学。ってわかる?」

「はい。そんなに遠くないですし」

「そういえば、彩ちゃん、小6だよね。どこ中に進むの?」

壬生みぶ中学です。洛心中学とは、近くですけど」

「そっか。それは残念」


 しかし、話していて思うんだけど。


「彩ちゃんって、大人びているよね」

「周りにもよく言われます」


 少しはにかみながら彩ちゃんがそう言う。


「しっかりしてるって感じでいいと思うよ」

「子ども扱いしてませんか?」


 彩ちゃんに抗議されてしまう。中1と小6なんて、どっちも子どもだけど、そのときの僕たちにとっては、小学校と中学校の壁は厚かった。


 そんな風にして、彩ちゃんとの交流は始まった。


 僕は、それから放課後の時間をよくこの焼きそば屋『やきそばや』で過ごすようになった(そのままの名前だったことには驚いた)。そして、彩ちゃんやおばちゃんとよく話すようになった。


 お互いの学校で誰がどうしたとか、テレビの話題とか、色々なことを。おばちゃんが仕事で忙しいときは、二人で近くに遊びに行ったりもした。そんな付かず離れずの交流を続けて、6年間余り。


【やきそばや 閉店】


 彩ちゃんとの交流は『やきそばや』の閉店によって、終わりを告げたのだった。

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