第四十話

「だから、この際オリヴァーをハリー役にして、グラウディオンを代役にやってもらうしかないんじゃないかと話していたんですが、怪文書のせいで皆に断られてしまって」

「…」


 女王の許しを得て晩餐会から退席したジャンは、舟でサザークに向かう道すがら、トーマスに事の一部始終を聞き深く考えこんでいた。

 アリアンは、ケルト神話の月の女神、アリアンロッドから取った名で、女神と人間の青年の悲恋をモチーフにした戯曲だ。

 この話しで最も重要な役は勿論アリアンとハリーだが、アリアンの弟グラウディオンも、後に物語を引っ掻き回す重要な役どころになっている。オリヴァーは、アリアンとハリーの仲を引き裂こうとする悪役でありながら、どこか憎めないそのキャラクターを見事に表現していた。

 確かに、オーク座の俳優達の中からハリーの代役を選ぶとしたらオリヴァーが一番適役なのかもしれない。だがジャンは、そう簡単に、エリックのハリーも、オリヴァーのグラウディオンも諦めたくなかった。


「配役はこのまま変えたくない」


 しばらく考えた末ジャンがそう言うと、トーマスはわかりますと頷く。


「俺も同じ気持ちです。ただ他に方法が思いつかなくて、ジャン様は何かいい案がありますか?」

「…おまえさ、その話し方なに?」

「え?」


 オーク座の現状を知るのが先だと黙っていたが、さっきからトーマスの自分に対する話し方が明らかにおかしい。


「普通に話してるだけですよ」

「いや、明らかに違う!」


  ジャンがトーマスに詰め寄ると、オリヴァーが揶揄うように入ってくる。


「ジャンの貴族姿見てビビったんじゃねえの?女王陛下の質問にもまともに答えられないでブルブル震えてたし、ほんとおまえ情けなかったぜ」

「うるせえ!あんなところに引き出されたら誰だってビビるだろうが!」

「ロイはちゃんと女王陛下に答えてたぜ、なあロイ、トーマスだらしなかったよな」


 オリヴァーがロイの肩を組み同意を求めると、ロイはトーマスを庇うように首をふる。


「そんなことないです。ただ、トーマスさんのジャンに対する話し方はいつもと違って本当に変です。どうしちゃったんですか?」


 遠慮がちなようで率直なロイの言葉に、ジャンは、相変わらずだと思わず頬が緩む。

 

「ロイはまだ子どもだからわからないんだよ!大人には大人のセンシティブな感情ってもんが…」

「ゴチャゴチャうるせえ!ロイの言う通りだ。おまえ今度俺にそんな口のきき方したらテムズ川につき落すからな」

「なんで丁寧に話してるのに脅されんだよ!」

「お、やっといつもの二人らしくなってきたじゃん」


 ジャンとトーマスのやり取りを見ながら、オリヴァーが冷やかし、ロイも楽しそうに笑う。

 離れている間、何度も思い出していたロイの笑顔を久々に間近で見たジャンは、感情が昂り、えもいわれぬ愛しさがこみ上げてくる。

(あーくそ、今それどころじゃないのに)


「で、何か案はあるのかよ、女王陛下の前でおまえ、私に案がありますって言ってたよな」

 

 意図せず悶々としているジャンに、すっかり元の口調に戻ったトーマスが尋ねてきたが、ジャンはあっさり首を降った。


「いや、ない」

「はあ?じゃあなんだったんだよあの自信満々な発言は!」

「あの場ではああ言うしかないだろう!」

「いや、そりゃそうだけどさ」

「とにかく、サザークに着いたら俺はそのままエリックの家に行ってもう一度説得してくる。

今日はもう遅いから、明日の朝早くにまたオーク座に集合しよう」

「わかった、でもエリックの説得は相当難しいぞ、もしダメだったらどうするつもりだ?」

「…死ぬ気で説得するしかないだろ」


 真剣に話し合ってうるうちにサザークに到着した四人は、それぞれの場所へと別れ、ジャンは1人エリックの家へと向かったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る