第55話 マーガレットの苦難
「わぁ~、一か月振りの我が家・・・やっぱり良いわね~、落ち着くわ~」
「お帰りなさい」
何時もは台所にいるマサトとヨウコも居間に来てマーガレットの帰宅を喜んだ。
「カリーも一緒に住んでいるのね、慣れた???」
「はい、楽しんでいます、凄く楽しんでいます」
「良かった、退屈はしない家よね、食事の時間までお風呂に入って少し眠るわ」
「ゆっくり疲れを取りなさい」
ヘレンの言葉に送られる様にマーガレットは自分の部屋へ向かった。
マーガレットは体形が素晴らしいものになり維持する事を自分に誓っていたが若い娘には行動を改める事は至難な事だった。
約一か月振りに都会に戻って来たマーガレットは次の日朝食を食べた後、街に出かけて行った。
そんな彼女が誘拐された。
身代金目的の誘拐だった。
要求は母の事務所に有った。
犯人からは当然、警察への連絡をするなとの要求もあった。
ヘレンが執務室で日本茶を飲みながら書類に目を通していると突然ドアが開き秘書が沸てて飛び込んで来た。
「どうしたのノック位しなさい」
「はい、はい、でも、でも、今電話で娘さんを誘拐したと言ってきたのです」
「なんですって、電話は保留にしてありますね」
「はい、議員に変われと言っています」
「繋いで下さい、この事は誰にも言わない様にして下さい」
「はい」
秘書は自分の席に戻ると直ぐにヘレンの机の上の電話が鳴った。
ヘレンは受話器を取ると言った。
「はい、ヘレン・ヘイウッドですが、どちら様ですか」
「私が誰でも良い、娘を預かった返してほしければ100万ドルを渡せ、明日の昼までに用意しろ又連絡する」
「娘は無事なのですね、確認させて下さい」
直ぐに娘の声が聞こえた。
「お母さん、助けて~」
「納得したか」
「納得できません、今のでは録音の可能性も在ります」
「ちぇ、疑い深いはばぁだなぁ~」
「姉の彼氏の名前を聞いて下さい」
暫く間があり答えが帰って来た。
「サクレイ・・・と言っている」
「サクライ・・・です、まぁ良いでしょう、解りました明日までにお金は用意します。
娘には手を出さない様にお願いします、宜しいですね」
「解ったよ、明日連絡する」
電話が切れた。
ヘレンは暫く考え夫に連絡することを止め娘を通して彼への連絡を求める事に決めた。
携帯電話を出すとヘレンはキャシーに繋いだ。
その時、二人は宇宙にいたが連絡は取れる様にしていた、こんな時の為であった。
だが、その時には既に地球へ向け進路を変更していた。
慣性制御装置を開発してから目的地が地球からどんどん遠くなっていて、装置の力を持ってしても30分以上は掛かる程だった。
彼が家族全員を監視していてマーガレットの誘拐を知ったからである。
地球の周回軌道に着いた彼は直ぐに妹に付けた彼だけのGPSで監禁場所を把握した。
「私が助け出します、貴方は私の目を通して学習して下さい」
かれはそうキャサリンに言うと衛星軌道上の船からスーツで地上へ落ちて行った。
キャサリンは管制室で画面を見ながら彼とアダムの解説を聞いていた。
「高度1万メートル・・・5千メートル・・・DC上空に到着・・・2千メートル・・・1千メートル・・・慣性制御装置を駆動させました、合わせて擬態機能も駆動させました」
「擬態機能って何、アダム」
「後ろの景色に合わせてスーツの模様が変わる機能です」
「えぇ~、見えなくなると言う事???」
「見え難くなるです、勿論、レーダーにも熱感知装置にも対応しています」
「凄い、スーツにそんな機能もあったのね、私のスーツにもあるの、アダム」
「ありますが、使用出来ない様にしてあります」
「まだ私の身体か心の能力が足りないのね」
「その様に聞いています」
「建物の中に入りました、警報装置も鍵もありません」
キャサリンも画面を見ていて彼が建物の中に入り天井近くを慣性制御装置で漂っている事が解った。
彼は用心深く監禁されている建物の全ての部屋、全ての場所を確認した。
勿論、建物に入る前には周辺の探索もしていた。
結果、犯人は三人で一人が正面を警戒し二人がマーガレットを監視していた。
マーガレットは薬を使われたのかベッドの上で眠っていた。
マーガレットの胸が上下しているので生きていると確認できた。
その部屋のドアは外の音を聞き取り易くする為か、開けられたままになっていて、彼の侵入は容易かった。
マーガレットを見張っている二人の内の一人が何かを感じたのか周りをきょろきょろと見渡した。
だが何も不審な物は無く首を傾げてまた娘の監視を続けた。
彼は部屋を抜け出し入口を見張っている男に後ろから漂い近づくと首筋に手を当てた。
男はその場で崩れ落ちる処を彼が受け止め静かに床に寝かせた。
彼はまた天井近くまで浮き上がるとマーガレットが寝ている部屋へ戻った。
椅子に座っている男の後ろに周り込むとまた首筋に手を当てた。
男は眠った様に見えた。
彼は次にもう一人の男の後ろに近づくと同じ様に首筋に手を当てて眠らせた。
「彼が警察に誘拐の犯人三人と誘拐された娘がガスにやられて意識を失っている救急車と警察を向かわせる様にと言っています」
「・・・成程ね~、手柄は警察にですね、成程」
「彼は念の為、警察が来るまで見張っているそうです」
「それも成程ね~、彼らしいわ」
キャサリンが見つめる画面にはマーガレットが眠る姿と時々犯人の二人の姿が映っていた。
二人と言うか、一人と一体と言うか、じっと彼が船に戻るのを待った。
その間にキャサリンは母・ヘレンにマーガレットが無事で直ぐに警察から知らせが入ると伝えた。
キャサリンが最後に一言付け加えた。
「お母さん、上手く胡麻化してよ、初めて無事だと知った振りをしてね」
「貴方、私を誰だと思っているの、上院議員を長年やってきたヘレン・ヘイウッドよ」
30分近く経った頃、「カタ」、「コト」と音が聞こえ画面がドアの方に向くと刑事と警官が顔を覗かせた。
一旦、顔を引っ込めると又、顔を覗かせ拳銃と散弾銃とスタンガンを構えて一人が呼びかけた。
「警察だ、武器を捨てて、その場に伏せろ」
二人が全く動かないので入口に倒れていた男と同じ様に気を失っていると感じたらしく防弾チョッキを着込んだ刑事がゆっくりと静かに部屋に入って来た。
刑事が男の肩に触ると椅子からドサリと横に倒れた。
もう一人も同じ様に肩を触られ椅子から横に倒れた。
警官がマーガレットに近づき首筋に触れ脈を確かめた。
犯人と思しき二人の男に手錠を掛けると救急隊の隊員三名がマーガレットに近づき再度脈を確かめた。
次に瞼を開き意識を確かめ入口に待機していた隊員とストレッチャーを呼んだ。
マーガレットがストレッチャーに乗せられ運ばれて行った。
彼は隊員たちの移動の隙間を縫ってドアから出るとマーガレットの後を天井付近から見下ろして追った。
マーガレットは救急車に乗せられ救急隊員二名と共に病院へと向かった。
彼はその救急車を30メートル程の上空から見張った。
彼の見張りは病院のベッドに寝かされ血液検査を含めたいろいろな検査が続き睡眠薬を飲まされただけだと結論が出るまでだった。
その頃には担当刑事も到着し犯人が持っていたマーガレットの身分証明書からベッドに眠っている娘が有名な上院議員の娘であると解っていた。
担当刑事は親が有力者である事を考え親への連絡を上司に頼んだ。
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