第30話 家族との夕食
「全く、本当に仲が良い事で、夕食よ・・・お姉さんも変わったわね」
知らせに来た妹のマーガレットが姉に言った。
「ありがとう」
「やっぱり変わったわ、憎まれ口も言い返しも無いなんて・・・」最後はぶつぶつと一人事を言って先に食堂へと向かった。
二人が食堂に着いたと同時にコック兼執事の日本人が保冷箱を両手で抱えて入って来た。
「桜井様へのお荷物で中身はケーキだそうです」
ヘレンが待ってましたとばかりに立ち上がった。
「食後のデザートに食べるわ、予定は何だったのかしら」
「はい、メロンです」
「御免なさいね、それは明日にして下さいな、それとこれは冷蔵庫に入れて置いてね」
「はい」
この家の冷蔵庫も冷凍庫もとても大きく日本式に言えば12畳程の広さと高さが3メートル近くあり部屋の一角が冷凍庫と言う作りになっていた。
「処で今晩の献立は何???」
「和牛の熟成肉が手に入りましたのでステーキで食べて頂きます」
「和牛・・・それも熟成・・・何処からどうやって」
「最近はアメリカでも和牛が飼育されていますのでアメリカ産の和牛です」
「そう言う事ね、密輸は困るものね」
「はい、上院議員を続けて頂きたいですから」
「ありがとう、楽しみにしているわ、貴方もそのデザートを食べて作れる様になってくれると嬉しいな」
「私たちも宜しいのですか、努力します、デザートは彼女の担当ですが伝えておきます」
「お願いね」
彼は箱を大事そうに抱えて冷蔵庫へ向かった。
「皆もデザートを楽しみにしていてね」
「何言ってるの、お母さん、彼が私の旦那様が教えてくれたんじゃないの」
「なんだ彼のか~」
「でも強請ったのは私でしょ」
「強請ったと言うよりも目の脅迫だったわよ」
「男には特に母さんの眼の力は怖いからねぇ~」
「お兄さんにはお母さんの眼の力なんて関係ないとおもうなぁ、彼の親切よ」
「お待たせいたしました」
二人の日本人夫婦が三つづつメインの皿を持ってダイニングに入って来て部屋中にステーキ・ソースの香りを漂わせた。
「いいわぁ~この香り・・・あれ、この香り・・・」
「うん、以前までのステーキ・ソースと違う匂いだね」
「キャシーこの香りって・・・」
「お母さん、何を私に言わせたいの」
キャサリンは彼と三人で行った処は秘密の処だと暗に言っていた。
「そう、そうね、他の議員の方に紹介して頂いたレストランのソースの香りに居ているのね、キャシーが知るはずは無いわね」
「ふ~ん、何だか今の会話は怪しいわね~お母さんと姉さんの二人で美味しいお店を見つけたんじゃないのぉ~」
妹のマーガレットが鋭い感を見せた。
「いただきま~す」
父の声に皆が合唱した。
「いっただきま~す」
「・・・」
「・・・」
「旨い」
「美味しい」
「素晴らしい」
「流石、熟成肉ね」
キャサリンは彼と過ごす時間が長くなって感じた事があった。
それは主食の事だった。世論では欧米人の主食はパンでアジア人や他の民族の主食は米や芋やトウモロコシと言われているが、今こうして家族の食事風景を見るとアメリカ人の主食はパンでは無い、肉だ、と言う事である。
「お姉さん、どうしたのぼ~として」
「貴方はこの食事の風景を見て何か感じない???」
「別に普通の食事風景だと思うけど・・・そうね~、強いて言えば量と質では階級別に分ければ中の上か上の下って処かしら、毎回ワインも飲むし今日は熟成の肉だしそれも和牛だもの」
「まぁそうね、でも私が考えていたのは主食よ主食」
ここらあたりで他の者も二人の会話に興味を持った様で聞く体制に入った。
「主食・・・アメリカ人の主食はパンでしょ、まぁ我が家はご飯に変えちゃったけど」
「そうよね、でも見て御覧なさい、皆のお肉の減り具合とご飯の減り具合を」
皆が自分のを確認し他の人のも確認した。
「断然、肉の減りが早いな」
「二人は男性だし時には体を使う事もあるでしょうけど三人の女性も同じくお肉の減りが早いのよ、それで、我が家以外の人の食事を思い出していたのよ」
「ふ~ん」
「私の仕事は、今は彼の通訳で彼と一緒だけど以前のお昼は職場の仲間とファースト・フードでのランチが多かったわね」
「私は学食ね、やっぱりファースト・フードが多いかな、食堂の料理を順番でお皿に載せてもらうのって何だか刑務所を連想させるからかしら人気が無いのよね、でもね最近の日本食ブームでカレーライスがメニューに増えて凄い人気なのよ、お寿司も増えると良いのにね」
「お寿司は無理ね高いから、お母さんとお父さんとお兄ちゃんは」
「儂は二人でハンバーガーが多いかな」
「私はお弁当よ」
「お弁当ってどういう事、近くにお弁当屋さんでも出来たの」
「違うわよ、ヨウコにお願いして作ってもらっているのよ、誰かとランチの予定が無い時だけね」
「えぇ~ズルい」
「そうだ、そうだ、母さんズルいぞ」
「なんでお弁当になったの」
「たまたまテレビで日本のお弁当箱の特集をしていたのを見てヨウコにお弁当を作って貰えるかしらと尋ねたら、良いですよ、と言うので丁度次の日に誰ともランチの予定が無かったのでお願いしたのよ、そしたら凄かっのよ、ヨウコが使っていた物なんだけど昔の日本人が使っていた物で木で出来た・・・う~ん」
その時、横から桜井の声が答えた。
「曲げわっばですね」
「そうそれそれ、スタッフが寄って来て大人気、そして蓋を開けたら驚きでこれまた大人気、なんとご飯の上に可愛い女の子の絵が描いて有って、ウインナーがタコの形なのよ、もうスタッフ皆で写真会になっちゃったわね」
「そりゃなるね、儂もお願いしてみようかな、作ってくれるかね~」
「僕も」
「私も」
皆がキャサリンの顔を見て賛同を求めた。
「私は大丈夫、彼が食べたい物を一緒に食べるだけ」
「・・・はぁ~」
「何じゃ」
「良いな~」
「羨ましい」
「何が羨ましいのよ、お母さんはお弁当を貰っているんでしょ」
「そりゃ~お弁当は美味しいわ、美味しいけど、彼の選ぶ食事には勝てないと思うのよ」
「お姉さん、そんなに良い物、美味しい物たべてるのぉ」
「そんなに怒らないてせよ、別に私が強請っている訳じゃないんだもの」
「今日のお昼は何を食べたの」
「・・・え~と・・・お寿司」
「お昼に~」
「母さんもかね」
「ええ」
「ええって、儂が世界一好きな食べ物が寿司だと知っているだろう」
「今日の旦那さんは怖いわね」
「お父さんだけじゃ無いわよ、怒っているのは」
「だって彼が注文するから・・・つい」
「寿司屋さんに入ったら食べるのはお寿司に決まっているじゃ無いか」
「そろそろデザートにしましょう」
彼が仲裁に入る様に皆の進み具合を見て声を掛けた。
「そうよ、ヨウコには悪いけど今晩のメインはデザートよ」
マサトとヨウコの二人が時を待っていた様にワゴンに乗せられ小皿に乗ったケーキを持って来た。
「二人はもう食べたの」
「皆様がお食べになった後で頂きたいと考えております」
「ぜひ、二人の力で家でも作ってね」
「努力致します」
「うぁサヴァランじゃないの」
「本当だ、サヴァランだ」
「何なの二人とも好きだったの」
「僕も好きだよ、お母さん」
「これはね~私が・・・」
「美味しい~」
「旨い」
「えぇもう食べちゃったの、どうサヴァランの中でも一番だと思うわ」
「確かに、このラム酒の味と言いスポンジの柔らかさのラムの含み具合も最高だ」
「これは一個じゃ足りないわ」
「そうだな、処でヘレンはこれが何個目かね」
「・・・言えません」
「お母さん、いったい幾つ食べたのよ~、お姉さん」
「知らないわ、私は3個だから・・・それ以上に食べているでしょうね」
「・・・正直に言うわよ、6個よ6個、もう一つのが無ければ10個は越えたわね」
「えぇ~もう一つ別のがあるの~」
「そうよね、婿殿」
「ええ、ありますよ」
「何個づつあるの、婿殿」
「一人2個づつ計4個です」
「だそうよ、もう一個のサヴァランを食べるか、別のを食べるか、明日に取っておくかね」
「私はサヴァランをと言いたい処だが別のを頂こう」
「私も」
「私も」
「僕も」
「全員が別のね、ヨウコさ~ん、お願いしま~す」
ヘレンが少し大きな声で呼びかけるとキッチンの方から「はい」と返事があった。
ヨウコが今度も小皿にケーキを乗せたワゴンを押して来た。
「何あれ、あんなの見た事ないわ」
三人を代表する様にマーガレットが言った。
「私も初めてだったわ、これねパパナシって言うんですって」
「パパナシって言う事は日本じゃないわね」
「そう、ルーマニアのケーキの定番らしいわ」
ヘレンも三日前に知ったばかりであるがいろいろと調べた様であった。
「東欧か、確かに馴染みが無い処だな、で、勿論旨い・・・と」
「当たり前よ、お母さんが強請ったんだから」
「だ・か・ら~強請ってなんかないって」
「はい、はい、目で脅したのね」
「脅してもいません」
皆の前に皿が置かれた途端に順々にパク着いた。
「おぉ~こりぁ~旨いジャムがクリームと一体となり何とも何とも旨い」
「本当、美味しいわ~お母さん、これは何個食べたの」
「・・・ええと・・・初日の昼に一個・・・」
ヘレンはぶつぶつ言いながら指を折って数え6で止まった。
「へぇ~お母さんが6個づつ12個も食べたんだ・・・後が怖いね」
「そうよ、お母さん、太るわよ」
「そう、じゃあ貴方の二個目は私が貰うわね」
「駄目よ、駄目、私の物は私の物」
「大丈夫よ、婿殿にお願いすれば、オネダリすれば又送ってくれるわよ」
「お兄さん、本当???」
「ええ良いですよ、但し太りますよ」
「ですって、お母さん」
「それも大丈夫、私は太りません、私には秘策があるのよ」
「教えて、教えて、ね~」
ここでヘレンはキャサリンと目が合いその目に不安と怒りを感じた。
「駄目、誰も知らないから秘策でしょ」
「娘にも言えない訳無いでしょ」
「駄目なのよ、国家機密、最重要国家機密なのよ、だから家族にも内緒よ」
「狡いわ、お母さんだけなんて~」
などと言っている内に皆がペロリとばかりに食べ終えていた、勿論、彼以外ではあるが。
「どうしようかな~二個目は食べたいし明日も食べたいし~両方共食べたいし~」
マーガレットが皆の気持ちを代表する様な事を言った。
無言の皆が考える静寂の時間が流れた。
「御馳走様でした」
そんな中で彼の声が響き今や定位置となったテラスのソファーへと向かった。
「何時でも好きな時に食べられる人の行動ね」
マーガレットが少し嫌味を込めて呟いた。
「御馳走様でした、私は何時も彼と一緒だけど強請ったりはしないつもりよ、マーグ」
マーガレットの嫌味に答え彼を追う様にテラスへ向かった。
因みにマーグはマーガレットの愛称である。
一般的にマーガットの愛称はマギーかペギーだが日本に住んでいる時に日本人の友達から最初はマーガレットやマギー、ペギーと呼ばれていたが、何時からかマーグと呼ぶ人が現れ、それが定着し本人も気に入った様でアメリカに戻ってからも周りの人たちにマーグと呼ぶ様にと願った。
本人曰く理由はマギーとペギーが多すぎるからだそうである。
「私は食べるわ・・・え~と・・・どっちにしようかな??? う~ん・・・良し、パパナシ、ヨウコ~パパナシをもう一つお願いしま~す」
「は~い」
「私はサヴァランをお願いしま~す」
「は~い」
「僕もサヴァランをお願いしま~す」
「は~い」
「私はパパナシをお願いしま~す」
「は~い」
テラスではその声を聞きながらアイス珈琲を飲む二人が居た。
彼がテラスに行った時にはデザートの追加をしないと解っていたかの様にアイス珈琲が二つ用意されていた。
遠くで皆の「御馳走様でした」の声が聞こえた。
それから直ぐにテラスに人が近づいて来た。
「キャシー、明日は何時に家を出るの」
「8時半よ、お母さん」
「了解、お休み」
「お休みなさい」
二人だけの何時もの静寂の時間が訪れた。
彼女は気づいた。
私が変わったのマーグが言っていたが本人の自覚もあった、そしてその要因の一つに今この時の状態、最近流行りの瞑想にも似た状態もあると言う事である。
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