第29話 帰宅
二日目、三日目とスーツ着ての訓練は続いた。
スーツ本来の姿での動きは勿論パンツ・スーツ、スカート・スーツ、ドレスでの動きも訓練した。
朝食、昼食、夕食と三食は三人一緒に取る様にしていた。
デザートにヘレンは欲張ってサヴァランとパパナシの二個を毎回食べキャサリンは初日と同様に昼食にサヴァラン、夕食にパパナシを食べた。
彼はどちらも食べなかった、そして三日目の夜にキャサリンが何故かと尋ねると彼が言った。
「三時のおやつに食べています」
「・・・」
「・・・」
「狡い」
「悔しい、汚い、インチキだ、あんなの旦那は憎い奴だね、全く」
「私もそう思うわ、全く」
「食い物の恨みは恐ろしい」
訓練は娘が三日間に渡って行った、今回、船は地球に留まったままでだった。
ヘレンは訓練の合間の食事も楽しんだ、好みの食べ物が何でも出て来るのだから当然と言えば当然の事だった。
三日が過ぎ人通りの訓練は終えた。
「もう終りなの、もう少し練習させて」
「お母さん、訓練じゃ無くて食事が気にいったんでしょ」
「ばれた?」
「又来れるわよ、第一お母さんはこれ以上留守には出来ないでしょ」
「それを言われると困るわね・・・本当に又来れるの」
「約束は出来ない、けど多分ね」
「残念ですが、お母さんの予定を変える事は出来ません、夕食は自宅で19時です」
「まだ3時間もあるじゃ無いの、もう一度食事をさせて、お願い」
「駄目です、但し、御家族の分も含めてお土産に二種類のデザートを差し上げます」
「キャシー、貴方の旦那様は絶対女性にもてるわね」
「私もそう思うわ」
「では、参りましょう」
「あれ、お土産は何処???」
「生ものですから、19時の食事の時間に届く様にします」
「本当に???」
ヘレンは疑いの眼で娘婿を見つめた。
彼は素知らぬ顔で体育館から車の格納庫へと向かった。
前を歩く彼の姿がスーツから普段着に変わった、それを見た二人も普段着にスーツを変えた。
壁の一部が消えて中にキャサリンの車が見えた。
何時もの様に運転席にキャサリンが座った。
「たまには前に座りたいわ」
「無理ね、お母さんは有名人だから後よ、第一後の方が乗り慣れているでしょう」
ヘレンが素直に後ろに乗り彼は助手席に座り皆がシート・ベルトを締めた。
車の前の壁が開き坂道になったのでキャサリンは車のエンジンを掛けて車をゆっくり前進させ坂道を下りて地面に辿り着いた。
キャサリンとヘレンが後を振り向いたがそこは只の原っぱだった。
再びキャサリンが車を前進させ細い道を進み道が徐々に広く成り舗装道路に辿り着いた。
車は一般道から高速道路を走りやがてペンタゴンに着いた。
「本当に私達と車はペンタゴンにいた事になっているの」
「はい、お母さん車は駐車場に我々は建物の中をいろいろと動いている事になっています、このまま裏から入り表から出ましょう」
キャサリンは裏のゲートに着くと駐車場のゲートが開き車は中を通って表ゲートに着いた。
彼らが乗った車がゲートを抜けて表に出て一般道に出ると後に政府の車と直ぐに解る車が付いて来た、警護の車である、三日間を交代で見張っていたのであろう。
ヘレンは不思議に思ったが彼と娘に質問する事は無かった、職業柄、尋ねる事と尋ねてはいけない事を弁えていた。
三人は何度も経験のあるペンタゴンから自宅への道を通り自宅のゲートに着いた。
「ハロー、何か変わった事はありましたか」
「お帰りなさい、お嬢様、奥様、変わった事は御座いませんでした。ご安心下さい」
ゲートが開き車を進め家の前の何時もの駐車位置に止めた。
時間は18時30分で有った。
三人は玄関へ入ると居間に入り少し戸惑った、そこには家族全員が居てテレビを見ていた。
「どうしたの、皆が一緒にいるなんて」
「お母さんたちを待っていたのに決まっているでしょ」
「夫が妻と娘と婿を待っているのは当然だろ」
「だって、此れまでにあんまり無い事だから・・・嬉しいわ」
ヘレンは素直な気持ちを吐露した。
その間に三日間の留守など無かったかの様に彼は定位置のテラスの籐のソファーに向かった。
「彼は変らないね~、おや、ヘレン君は元々綺麗だが何だか綺麗さが増した様な・・・元気に成った様な・・・何か雰囲気が変わったね」
「良い方へそれとも悪い方へ???」
「勿論、良い方に決まっているよ」
「うれしいわ、貴方」
容姿だけでは無く内面、心も変わった様に感じたが夫は口にしなかった。
「お母さん、出張はどうだったの、上手く行ったの」
「勿論よ、お土産もあるから期待してね」
「えぇ、何も持って無いけど」
「婿さんが夕食の時に着く様にしている様よ」
「何だろう、お兄さんが絡んでいるのなら大いに期待しちゃうわ」
「実はそれは知っているのだよ、彼からお土産が有るから19時に全員で食事をしましょうと昨日、連絡が有ったのさ、だから珍しくマーグもいるのさ・・・あれそう言えば最近マーグが家に居る事が多いな~あぁ彼が住む様になってからかなぁ」
「そんな事無いわよ、私が家に居ちゃ駄目だの」
「そんな事はあるはずが無いだろう、嬉しいに決まっているよ」
「私とキャシーは軽くシャワーを浴びて着替えて来るから、それから食事にしましょう」
へレンとキャシーは自室へと向かった。
「母さんは少し変わったね、見た目もだけど何だか優しくなったと言うか、余裕と言うか・・・兎に角何か変わったね」
「うん、私もそう思う、仕事が上手く行って機嫌が良いだけとも思えないわ」
「まぁ、悪くなった訳でも無いし、その内話てくれると期待しよう」
その頃シャワーも着替えも必要の無い二人は普段着をベッドの上に並べてスーツを変形させ名前を登録していた、別に申し合わせた訳では何のにである。
彼は同じ様にシャワーも着替えもしていないのだ、とこれも二人は殆ど同じ時刻に悟った。
ひょっとして睡眠時間も短くて良いのか必要が無いのでは、とも思ったがこれはキャサリンだけの考えだった。
キャサリンが無言で居間を通り何時もの様に既に用意されたアイス珈琲を飲んで何時もの様に彼に凭れ掛かって眼を瞑った。
キャサリンが眼を覚ましポケットから携帯電話を取り出し話だした。
「はい・・・はい・・・分かりました・・・はい」
以前に電話が掛かって来てキャサリンが彼の邪魔になると思って席を立とうとした時に彼がそのままでいいよ、と言ってくれたので、それ以来彼に凭れ掛かったままの姿勢で電話に出る様になっていた。
「・・・貴方、明日の13時にペンタゴンですって、約4時間だから8時30分にでましょうか」
「任せます」
「はい」
また二人の静寂の時が戻った、居間での家族の会話が微かに聞こえそれは二人にとって虫の囀りの様だった。
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