第16話 帰還

その後、彼女に火星と月の裏側を見せ地球の姿を衛星軌道から再度見物させて船を着陸させた。

その頃には彼女も驚き尽くして落ち着きを取り戻していた。

車が船から傾斜路を降りて舗装道路に出ると彼女が気付いて尋ねた。

「この車には位置情報を知られる装置が付いているのを忘れていました、突然現れた事になります、どうしましょう」

「大丈夫ですよ、我々は山小屋に居た事になっています、偵察に来た人もいる様ですが・・・」

「そんな事も出来るのですか、考えてあったのですか」

「他にも在りますよ、この車は前と変わらない様に見えます、X線に掛けても元のままです・・・が前の車とは全く別の車になっています」

「えぇ~前と変わっている様には思えませんが」

「時速400キロで走れる様になっていますし、実は空も飛ぶ様になっています」

「空をと・・・ぶ・・・」

「防弾、防火、パンク防止・・・それと勿論、防水です」

「ぷ~~、な~んだ冗談なのね」

彼の返事は無かった。


彼は道に見覚えが無い事に気付いていた。

「何処へ向かっているのですか・・・あぁ~ご自宅ですね」

「えぇ~そうよ、駄目? ・・・家族に貴方を紹介したいの」

「こんな叔父さんを何者だと紹介するのですか」

「そ~う~ね~~・・・政府の仕事の関係者・・・とも言えないし・・・彼氏ね・・・そう今から貴方は私の彼よ・・・それも結婚を前提にした、か・・れ・・し・・・ね」

自分でも驚く様な言葉が彼女の口から洩れた。

驚いた彼女は無言になった。

何故、そんな事を言ったのか自分自身で考え込んでしまっていた。

彼女の両親の家に着くまでの長い時間を二人は無言で過ごした。

彼は周りの景色を楽しんでいるのか時々薄く微笑みを浮かべていた。

彼女は時々彼の様子を伺いながら考え込んでいた。

家に近づいた時に静寂を破る様に彼女が言った。

「唐突ですが、どうも私は貴方に惚れた様です、貴方は私の事をどう思っていますか、好きそれとも嫌い?」

「確かに唐突で率直ですね、ありがとう、私も貴方が好きです」

「ありがとうございます、とても嬉しいです・・・では両親には婚約者として紹介します」

その時、ぴったりと玄関門のゲートに着いた。

「ゲリーおはよう、今日は日曜だから皆、家にいるかしら?」

「おはようございます、同乗の方はどなたですか、仕事ですのでご勘弁下さい」

「はい、勿論よ、彼は私の婚約者です、今後はよろしくね」

「えぇ~婚約者~お・おめでとうございます」

「ありがとう」

返事を返しながらゲートを車が通り過ぎた。

彼女の家は彼女が小さい頃に購入され彼女の母親の選挙区から引っ越して来た建物だった。

敷地も広大でこの近辺では当時は珍しくなかったが今ではこれ程の屋敷とも言うべき物件は少なかった。

敷地内の芝生が整備された庭の中の舗装された道を車は建物へと向かった。

建物も大きく屋敷に相応しい物で玄関に車を止めると雨が降っている時でも濡れずに家の中に入れる様になっていた。

彼女は晴れているのでその手前の道に車を止めた。

二人は車を降り彼女が彼の前を案内する様に歩いて行った。

彼女が玄関のドアを開けようとすると内側からドアが開いて正装の男性が姿を見せた。

「おはようございます、お嬢様、二日の留守を心配しておりました」

「おはよう、ジェームズ、前から言っているでしょう、私はもういい年なのだからお嬢様は止めてね」

「はい、お嬢様」

二人は家の中に入りながら話していた、その後を彼が付いていた。

「もう、良いわ好きに呼んで、今日はお客様が一緒です、皆いるかしら」

「はい、これから朝食です、こう言っては何ですが珍しく全員揃っておいでです」

「それは珍しいわね、でも丁度いいわ」

彼女がタイニングへのドアを開けて朝の挨拶をした。

どうもこの家では日本での生活が長かったせいか日常会話は日本語の様だった。

玄関ドアで迎えた初老の紳士も日系人の様だった。

「お父さん、お母さん、兄弟たち・・・おはよう、今日は重大な発表が有ります・・・お客様をお連れしました、この男性は私の婚約者の日本人の桜井さんてす」

「婚約者~」

全員が驚きの声を同時に発した。

「男の様な貴方に彼氏、婚約者・・・男性の・・・」

これは母親の発言だった。

「母さんは私がゲイだと思って居た訳ね、それで父さんは何か言う事は?」

「いや無い、おめでとう」

「兄さんは」

「おめでとう」

驚いた様にそれだけを言った。

「私の可愛い妹は何か感想は?」

「姉さんに彼がいる事され知らなかったわ、何時からの知り合いで何処で知り合ったの」

「正直に言うわね、彼と知り合って約二日、婚約したのは10分前よ」

皆が大合唱。

「えぇ~」

「お前には悪いが彼は我が家の財産目当てではないのか」

父親の意見だった。

「母さんの職業も知っているんじゃないの」

これは妹の言葉だった。

「彼の知り合った切っ掛けは政府の秘密だから言えないけど彼がそれらの情報を知っているとは思えないんだけどなぁ」

彼女は彼を見て賛同の言葉を待った。

「貴方には申し訳ありませんが、貴方の母上の職業、父上の職業、兄の職業、妹さんの大学と学部と専攻、皆さんの資産、家族全体の資産、世界中の所有する不動産、皆さん個人ごとの銀行預金、お付き合いの相手、友達の名前、住所、電話番号、メール・アドレスを知っています、他の日系のお二人の情報も勿論持っています。」

全員が突然、彼を恐怖の眼で見つめ少し遠のいた。

「現時点では余り詳しくお話できませんが、私の全資産は貴方がた全員の合計の100倍以上あります、俄かに信じられないでしょうが、財産目当てでは在りません、そうですね、30分以内に荷物が届く様にします、その中に100ドル札で5千万ドル入っています、30分待ってください」

彼はそう言うとダイニングを抜けてテラスに出ると籐で作られたソファーに横になってしまった。

「彼は何者なの」

母親が聞いた。

「詳しくは話せない・・・と言うより本当は知らないの」

「それで婚約を決めたの、偽装の婚約なの」

「いいえ、私からの要望よ」

「貴方がプロポーズしたの??? どうして???」

その時、玄関ゲートから連絡が届いた。

「荷物が届きました、検査では金属反応はありません、x線検査では紙の束の様です、通しますか」

「ええ通して下さい」

母親がゲートに答えると続けて皆に言った。

「30分て言っていたけど随分早いわね、違う物かしら」

玄関が開いて警備員が台車に乗せてダンボール箱を4つ運んで来た。

警備員が念の為に言った。

「私があけましょうか」

母親が答えた。

「いいわ、ありがとう、後は私達が開けるわ、中身はわかっているから」

警備員が戻ると、母親が長男と父親にお願いして箱を開けた。

皆が覗くと彼が言った通りに100ドル札が束になって箱の中にぎっしりと詰まっていた。

彼ら家族は茫然と箱を見つめ次にテラスで寝転ぶ彼に視線を送った。

「上院議員としては支援者を得る為に資産家の知識は豊富なつもりだったけれど彼の事は全く知らない、彼は何者なのかしら、我娘ながら金銭的には良い人と知り合ったわね・・・性格はどうなの」

「性格は多分正常、何よりも知識量は膨大・・・と言うよりも凄い知らない事が無いんじゃないかと思う位に豊富、後・・・これは絶対に家族でも言えない事だけど彼は特別、特別中の特別、私は今後絶対に彼に着いていくつもり、これは誰が何と言おうと変えるつもりは決して無いと誓うわ」

「貴方をそれ程に信頼する人物に合うとはね、それも知り合ってたったの二日でね~」

「それより、お母さんたちは気付かないの」

妹が両親と兄に問いただした。

「何のこと」

「何が」

「何がだ」

「姉さんの顔とスタイルよ、見て解らないの~~」

家族全員で少し離れて眺め近づいては眺め顔や腕を触りお腹を触った。

その間、本人はモデルの様にゆっくりとした動きでいろいろなポーズを取っていた。

妹はお尻と胸にまで触った、それを見た母親も真似た、兄もと手を伸ばしたが流石に手を叩かれた。

「凄い変わり様ね~、もともと私の遺伝子を受け継いでいるから顔は綺麗だしスタイルも良かったけれど・・・そうね、洗練されたと言うか際立ったと言うか、そうそう健康的になったわね」

「お母さんは忙しくて良く見て居なかったでしょうけど、仕事のせいかお姉さんは最近、目尻に小皺ができていたし、ほうれい線も薄く出ていたのよ、それに外反母趾の兆候が出始めていて歩き方もおかしかったのよ」

「へぇ~知らなかったわ、でも、小皺も何も無いじゃないの」

「だからオカシイ、不思議だと言っているのよ、第一部屋に入って来た時の歩き方なんてモデルじゃないかと思っちゃった位に均整がとれていたもの」

「何をにやにや笑っているの、どう言う事なの・・・確かに良く見ると今の貴方は17,8にしか見えないわね、あぁ第一お化粧もしていないじゃないの~」

「えぇ~お化粧なんてしていないわ、だってする必要も無いもの、肌はピンピンでツヤツヤ、小皺も無ければシミも無いのよ、必要無いでしょう、ふ・ふ・ふ」

「何~その笑い、少し腹立ってきたわ、何したのどうやって若返ったの、姉さん」

「そう~そうか、若返ったのか、成程、その言葉がぴったりね、私も少し腹が立ってきたわ」

「父さん、女は怖いね、特に美に関してなのかなぁ~」

「多分な、若返る為なら幾らでも金を掛けるのが女だからな」

「何言ってるの、貴方だってもう年なんだからボディービルで幾ら鍛えても息子には勝てないでしょう、若返りたいでしょう」

「そんな事よりお姉さん、どうやって若返ったの、それもこんなに短期間に?」

「それは秘密、でも彼が関係しているとだけ言っておくわ」

「えぇ~彼のおかげなの」

皆が彼が寝ているテラスの方を向いた・・・が窓からは寝転んでいる彼の姿は見えなかった。

「父さん、母さん、このお金はどうするんですか」

兄が確認した。

「そうだな~家の物にすると贈与税を払う必要が出る・・・だから彼がこのお金の事を何か言うまでは家の金庫に入れておこうか」

「そうね、彼~こんな金額は全く気にしていないみたいね」

「お姉さん、5千万ドルを平然とこんなに早く用意できる人って何している人なの」

「それを聞かれるとちょっと困るわね・・・政府関連の機密事項と言いたいのだけど本当は彼が何者なのか知らないのよ」

「えぇ~何も知らないのに結婚するって決めた訳~~」

「お母さんが何時か言っていたじゃないの、結婚なんて勢いよ勢いって」

「あら、私そんな事いったかしら?」

「それより兄さんとお父さんで、このダンボールのお金を金庫へお願いね」

「おう、任せておけ」

二人の男が二度の往復でお金の箱を金庫に仕舞った。

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