第13話 彼の告白

暫くして桜井が何かを決断した様に彼女の方を向いて話し掛けた。

「ヘイウッドさん、これから出かけましょう」

「ホテルを取ってあるのですが泊まらないのですか、それから私の事はキャシーと呼んで下さい」


二人はホテルをキャンセルし彼女の車で郊外へ向かった。

「何処へ行くの、目的地は何処?」

「曲がる時には言います」

「だから・・・貴方には言うだけ無駄ね、もう良いわ」

もう何度目かの言い合いだった・・・彼女は諦めた。

何度も彼の言う通りに曲がり、とうとう道路とは言えない様な道に入った。

「都市部からそんなに遠くないのに、こんな処があるのね・・・ところで私はFBIの職員よ」

彼女は少し身の危険を感じた。

だが彼からは何の言葉も帰っては来なかった。

暫く車は無言の二人を乗せて進んで行った。

「止まれ」

彼の突然の言葉に彼女はフレーキを強く踏んだ。

文句を言おうと彼の方を向いた。

「五メートル前進」

彼の言葉に驚き渋々従い前進した。

すると車が上に上がり出し前に四角く明るい窓の様なものが現れ車と二人は光の中へ入っていった。

彼女は身の安全も忘れ、暫くは只、茫然と周りを眺めているだけだった。

「私は誘拐されたのですか? 私は上院議員の娘ですがFBIの職員ですよ・・・あぁでも貴方は大統領にも面会する予定の人ですよね? 此処は何処、此れは何? 私は何処に連れてこられたの」

FBIの訓練で少々の事では驚かない彼女も、余りの事に出て来る言葉が支離滅裂だった。

彼はその彼女の言葉が聞こえないかの様に車から出て前に歩き壁の前に立った。

すると壁が四角く開き奥に通路が見えた。

彼は通路を向いたまま彼女を待つかの様に立ち止まっていた。


驚きの展開に戸惑っていた彼女も観念した様に車から出て彼の横に立った。

彼女の正面には幅2メートル程の通路が奥行き15から20メートル位続き左右を見ると同じ様な幅の通路が有り少し向こうに湾曲している様だった。

隣の彼が正面の通路へ歩き出し彼女も後に続いた。

彼女がふと振り返るとあったはずの出入り口が消え壁になっていた。

彼女が前に向き直ると今度は正面の壁に出入り口が有り又彼が立ち止まって彼女を待っていた。

彼の横に並び部屋の中を覗くとそこは何処か何かの制御室の様に彼女は感じた。

彼女がきょろきょろと部屋を見ている内に彼は部屋の中央にある椅子に座り隣の椅子を指指していた。

彼女は「もうどうにでもなれ」と言う気持ちで椅子に座った。

「足を少し開きなさい」

彼の言葉に驚きと不安が蘇った。

「ここの安全ベルトは5点式なのですよ」

彼は彼女の戸惑いに気づき優しく説明した。

彼女が足を少し開くと腰の両側からベルトが現れ「カチッ」と結ばれ、次に両肩の後からベルトが現れ腰のベルトに結ばれた、そして最後に又の間からベルトが現れ腰のベルトの丸い部分に結ばれた。

彼女はカー・レースなどで使われる4点式のベルトは聞いた事はあったが5点式など初めてだった。

このベルトで彼女は横は勿論、上へも下へも身体が動かせず完全に椅子に固定されてしまった。

「1から4Gへ徐々に加速、衛星軌道で停止」

彼が誰かに言い何者かが答えた。

「はい」

直後に彼女は自分の身体が徐々に椅子に押し付けられ重く感じ始めた。

「気分が悪くなったら、これを使って下さい」

彼が彼女の前にビニールの袋を出し口を指で押さえて開き力を抜いて閉じる動作を何度か見せて渡した。

彼女は受け取った袋の口の開け閉めを試し「う~ん、良く出来てる」と感心した。

その間も彼女は自分の身体がどんどん重くなるのを感じていた。

「まだ、耐えられますか」

彼の問いかけに彼女が返事をした。

「まだ、まだ、耐えられます」

「5に上げて下さい」

彼がまた誰とも解らない相手に言った。

「はい」

彼女はまたまた身体が重くなったと感じた。

「もう、これ以上は無理そうです」

「大丈夫ですよ、もう直ぐ着きます」

その言葉通りに彼女は身体の重みが取れ、今度は逆にお風呂に浸かった様に重みを感じなくなった。

彼は横に座る彼女をじっと見ていた。

暫くして彼女の口から言葉が漏れた。

「先程、衛星軌道と言いましたか? 私は・・・私達は今、宇宙にいるの??? これ宇宙船・・・な訳ないですよね」

「今の重力を感じない状態を作れますか」

「飛行機で上空から急降下すれば作れます」

「その通りです、でもそれで得られる時間は?」

「確か・・・一分も無かった・・・様な・・・」

「では、そろそろ終わりですね・・・・・・・・・・終わりませんね、時間を長くするにはもっと上空から急降下するしかありません、降下速度を遅くすれば重力を相殺できませんからね、そして5分も続けたければ、それはもう大気圏の越えた高度が必要になります、ならばそのままそこにいる方が良い事になりますね」

「じゃあ~本当に今、無重力なのですか?」

「はい、正確には重力の影響は受け続けていますので無重力ではありません、自由落下状態です」

「あぁ、はい物理で習いました、もう一分はとっくに過ぎていますね・・・これは宇宙船?、日本の?」

「宇宙船です、でも日本のではありません、いや、私のだから日本の物かな、でも日本政府は知りません」

彼が手を出し彼女が手を握るのを待った。

彼女が彼の手を握るとシートベルトが消えた。

彼はシートの背もたれを掴むと引っ張った、すると二人は入って来た方向とは別の壁に向かって空中を漂って行った。

彼女は空中を浮遊する自分の状態を不思議に眺め回した。

二人が漂い壁に近づくと壁が消え通路が現れた。

彼は彼女を連れて漂い通路を真っすぐ進み反対の壁際の部屋に入った。

するとシートが現れ彼女をそこに座らせ彼も隣に座った、勿論、シートベルトが現れ固定された。

「外を見せて」

彼が言うと目の前の壁が少しづつ上に上がり外が見え始めた。

壁の透明なガラスの外には青く輝く「地球」が有った。

宇宙船は地球の自転とは逆に進んでいる様でアラビア、インド、東南アジア、日本、グアム、ハワイそしてアメリカが見えた。

土の色、森の緑、漂う雲・・・飽きる事の無い眺めだった。

彼女は只じっと見つめていた・・・長い長い時間。

突然、壁が降り始め地球の姿を隠した。

「眺めていると余りの素晴らしさに切りがないからね」

「どれ位たったのかしら???」

「50周位かな」

「そんなに??? でも本当に素晴らしくて飽きないわ」

「何時でも見れるから次の部屋へ行こう」

「次の部屋・・・何をするの」

「君の健康診断ですよ」

「私、何処も悪い処は無いわ・・・頭もそんなに悪くは無いと思うけど?」

「自覚症状が無いだけかも知れないからね、1Gにして下さい」

彼はそう言いながら、歩き出したので彼女も恐る恐る立ち上がり重力を実感して後を追った。

彼は通路を少し進むと壁が開き部屋に入ったので彼女も後に続いて入った。

その部屋は彼女に研究室か診療室の印象を与えた。

「その壁に背中を当てて立って下さい」

彼女は言われるままに壁に背中を当てて立った。

「何が在っても驚いて動かないで下さい、痛い事は一切ありませんからね」

彼女が頷いたのを確認すると彼がまた誰とも解らない誰かに言った。

「初めて下さい」

すると、彼女の立っている床が彼女を乗せて少し上がり壁が前に出て来て足が上に向かって上がり彼女を水平に寝かせた、そして彼女の上の天井から何かの機械が現れた。

「暫く、そのままじっとしていて下さい」

彼の優しい声が聞こえた。

暫くするとまた彼の声が聞こえたがその内容は彼女を驚愕させた。

「貴方は27才のはずですが肉体年齢は36才です、最近、寝不足ですね、足が外反母趾の初期です、既に足に痛みがあるでしょう、職業の性でしょうか脳に疲労が蓄積しています、腎臓にも若干の異常が見られます、生理痛も酷い痛みを伴っているでしょう、年齢と職業と家庭を考えれば普通ですね」

彼は医師の様に恥ずかしさも漂わせず淡々と説明した。

「もし、戻れるとしたら幾つの時の肉体になりたいてすか、私は18才が妥当だと思いますが」

彼女は少し逡巡し答えた。

「もし、戻れるものならそうですね、18才頃の身体が良いです」

彼からは何の返答も無かった。

暫くして彼女の位置が元の壁際に戻り、彼が言った。

「もう、動いて良いです、次は貴方の個室に案内しましょう」

「えぇ~、私に個室が有るのですか」

「勿論ですよ、一人になりたい時もあるでしょう」

彼は元来た壁際に行き壁が消え通路に出て元の中央の方へ歩き元の中央部の前で左に曲がった。

その左の壁に出入口が出来ていて、その中に入って行った。

彼女も続いて入った。

中は極普通のソファー、テーブル、テレビが置かれた居間だった。

「このが貴方の専用の部屋です、自由にお使い下さい、如何ですか? お気にめしませんか?」

「お気に召すも何も本当にここは宇宙船の中なのですよね~、何だか何処かのリゾート・ホテルの様です、文句の付け所なんかありません」

「寝室とバス・ルームも勿論あります、クローゼットには、いろいろと用意されていると思いますので確認して下さい、足りない物は言って下されば用意させます、トイレですが無重力の時には特別な使用方法が有りますので確認しておいて下さい、勿論、緊急でなければ無重力になる前に警告があります、では今日はお疲れでしょうからお風呂に入って眠って下さい、質問が無ければ私は失礼しますが、何か?」

「・・・ありがとうございます、何も質問はありません・・・正直な処まだ頭の中が混乱していて・・・」

「良く判ります、考えを整理する為にもお一人の時間をどうぞ、では失礼します」

彼は彼女の物と言った部屋から出て行った。

彼女は寝室への扉を探して壁の前を歩いた、最初の壁から隣に移動すると壁が消えて寝室が現れた。

寝室も居間と同じ様に白を基調としていてとても清潔に見えた。

バス・ルームは何処だろうと壁の前に立つと壁が消えて洗面所が現れた。

お風呂、シャワー、トイレは何処だと周りの壁の前に立つと次々に現れた。

浴槽は寝転がる事が出来る位に大きくバブル・ジェット付きでシャワーが隣にガラス張りで有った。

隣がトイレで何か不思議な機械が付けられていたがこれが無重力用かと納得し早めに試そうと思った。

寝室に戻り洗面所への壁の隣に移動すると壁が消えてウォーク・イン・クローゼットが表れた。

中に入ると色とりどりの服や帽子に靴に下着が引き出しにこれでもかと沢山入っていた。

彼女は試着したい誘惑にかられたが少し疲れを感じて、まずはベットの寝心地を確かめようとヘ゛ットに横になり布団の中に入り枕に頭を付けて「あぁ~~気持ち良い」と思った途端に眠ってしまった。

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