第26話 パースからヨークへ

ホテルに戻った二人はフロントに寄ると鍵を貰い部屋に向かった。

フロントの係員は彼女を眩しそうに見詰め「お帰りなさい」と言い鍵を渡してくれた。

残念ながらフロントに支配人はいなかった。

エレベーターにも誰もいなく二人は綺麗に整備された部屋に入りソファーに倒れ込んだ。

暫く、座り込んだ後、彼が立ち上がり冷蔵庫からジュースのビンを二本取り出し彼女に選ばせた。

彼女がオレンジ・ジュースを取り、彼は残りのマンゴー・ジュースを取り、二人は乾杯すると飲み始めた。

「流石に疲れましたね、少し眠りたいのですが、先にシャワーですね、お先にどうぞ」

「いいえ、貴方が先にどうぞ」

「では、失礼してお先に」

彼はジュースのビンを持ってバス・ルームに向かった。

彼が一日の汗を流しバス・ルームを出た時、エマはソファーに眠っていた。

彼はバス・ルームに戻るとバス・ローブを持って来てエマに掛けた。

彼も彼女の向かいのソファーに横になり眠りについた。


翌日、朝、目覚めた彼女は向かいのソファーに眠っている彼に気が付いた。

自分に掛けられたバス・ローブに気付き彼の気遣いに感謝した。

彼が何故ベッドに眠らなかったのかを考えた。

只単に彼女のベッドを使いたくなかったのか、ベッドへ行くのが面倒だったのか・・・煙草を吸う彼の匂いをベッドに移るのを防いだのか・・・いや、やはりベッドを彼女専用にしたかったのだと彼女は感じた。

彼女は音を立てない様にゆっくりソファーから立ち上がり隣のベッド・ルームに入ると扉を閉めて電話を掛けた。

「半熟卵を二個使ったベーコン・エッグとパンとマンゴーとオレンジ・ジュースとアイス珈琲を二つづつお願いします」

隣に眠る彼に聞こえ無い様にルーム・サービスを頼んだ。

彼女は居間に戻ると寝ていたソファーに腰掛け向かいのソファーに眠る彼を見詰めた。

彼女がぼぉ~と彼を眺めていると目を開けている彼に気が付いた。

「あら、起きておいででしたか、失礼を致しました」

「こんなおじさんの寝顔を見ても詰らぬでしょうに」

「あら、とても味のある良いお顔ですよ」

「ありがとう・・・おはよう」

その時ドアがノックされた。

「ルーム・サービスをお願いしたの、好みに合えば良いけれど」

昨日の服のまま寝ていた彼女がドアに向かった。

「おはようございます」

メアリーがワゴンを押して入って来た。

「おはようございます」

バス・ローブ姿の彼にも挨拶をした。

「ありがとう、メアリー」

エマがチップを渡した。

「ありがとう御座います」

メアリーが名残り惜しそうに部屋を出て行った。

彼女が覆いを取って注文した朝食を見せた。

「どうですか、気に入って貰えたかしら」

「はい、満点です」

「ベランダで食べましょう」

彼女がワゴンを移動しテーブルにトレイに乗った朝食を移した。

彼はソファーから立ち上がりベランダの椅子に座った。

彼女はテーブルに置いてあった煙草とライターを持ってベランダの椅子に座り煙草とライターをテーブルに置いた。

「ありがとう」

彼が彼女の気遣いに礼を言った。

「いいえ、どう致しまして、さぁ食べましょう、頂きま~す」

「頂きます」

と言うと彼は立ち上がり部屋に入るとスーツ・ケースを開けて何かを取り出してベランダに戻った。

彼が持って来た物は黒胡椒とウスター・ソースの小瓶だった。

彼は黒胡椒とソースをベーコン・エッグに掛けて小さく切ると口に入れた。

「申し訳無い、僕はベーコン・エッグには黒胡椒とウスター・ソースを掛けて食べる事に決めているのです」

「私の友達にも胡椒を掛ける人がいます、私にも食べさせて貰えますか」

「どうぞ、試して下さい、でも不味くても知りませんよ」

彼がナイフで切ったベーコンを半熟の黄身に付けて彼女のお皿に乗せた。

彼女はフォークで口に運び食べた。

「・・・美味しいわ、只の胡椒じゃ無くて黒胡椒が効いているのね」

「ウスター・ソースのちょっとした辛みも良いでしょう」

「ええ、胡椒とも唐辛子とも違う辛みが良いわね」

「僕はこれ以外の味は物足りないんだ、調味料依存症だとは思いますがね」

「美味しくなれば何でも有りだと思うわ、私にも使わせてね」

彼女も自分のベーコン・エッグに黒胡椒とウスター・ソースを掛けて食べ始めた。


二人は食べ終りアイス珈琲を飲み彼が煙草に火を付けた。

当然、事前に彼女の承諾を得ての喫煙だった。

「さ~て、ロジャーに連絡しますか」

「そうですね、パースから150キロと言っていましたから、今、連絡しても此処に着くのは3時間位後でしょうね」

「そうですね、連絡しましょう」

「私に連絡させて下さい」

「お任せしても良いのですか」

「はい、まっかせなさい」

「はい、お願いします」

彼女は部屋に入ると携帯電話をバッグから取り出しロジャーに電話した。

「ハロー、ディス・イズ・・・あぁ、奥様ですか、日本の方ですよね、私は・・・」

彼女は電話に出た人が日本人の奥さんだと知り日本語で自己紹介した。

電話の相手がロジャーに変わり、此れから迎えに行くと返事が返って来た。

「ありがとう御座います、お待ちしています、では、後程」

彼女がベランダに戻り椅子に座った。

「迎えに来てくれるそうよ、2、3時間位後ね」

「迎えに来て貰うなんて申し訳無い、君は車を借りているのだから、こちらから行こう、僕が運転する」

「OK、連絡するわ」

携帯電話からもう一度エディーに電話し説明し、パースから車で2時間ほどのヨークと言う町で待ち合わせる事になった。

早速、二人は着替えて小旅行用の荷物を準備して部屋を出てフロントで事情を説明し駐車場へ向かった。

最初は彼女が運転をかって出て出発した。

「一か所寄りたい処があるの、直ぐに終わるからお願いします」

「OK」

「ありがとう」

部屋にいる時に彼女が電話していた事と関係があるのだろうと彼は思った。

彼女が向かった処はレンタカーのお店だった。

「ミス・カレン、準備は出来て居ます、こちらにサインを頂くだけで終了です」

お店の店員が車の横に立って待っていた。

彼女は車を変える依頼の電話をした事が解った。

彼女は渡された書類を速読すると末尾にサインしスタッフに返し車の鍵を交換した。

荷物を移し彼女が運手席に彼が助手席に座りシート・ベルトを締めて出発した。

パースの市街地を抜けて郊外に出て真っすぐな道に出ると彼女は道路脇に一旦車を止めて一つのボタンを押した。

すると車の天井が動き出し後部に収納された。

「この車はオープン・カー・・・カブリオレなのか」

彼女は収納が終わると車を発進させた。

「そう、シャーク湾に行った時にカブリオレなら気持ちが良いだろうなぁ~って思ったの、やっぱり気持ちが良いわ、だうですか」

「そうですね、気持ち良いですね、良い選択です」

「ありがとう、喜んで貰えて嬉しいわ」

「僕らは話ばかりしているから少しは沈黙の時間も必要だと思うんだ、二人の心の接近が異常に急だから少し怖いのです、僕の日本で使っている携帯に入れている音楽を掛けても良いですか、ジャンルはバラードです」

「実は私も少し怖かったの、良いわ、貴方の好きな音楽を聞かせて下さい」

彼は携帯電話を取り出し車に繋いで車のスピーカーから音楽を流した。

最初に流れた曲は「ゲイリー・バローのフォーエバー・ラブ」だった。

何曲か聞いた時に彼女が言った。

「貴方の好きな曲は素晴らしいわ、私は初めて聞いたけど私も気に入ったわ」

「ありがとう・・・処で僕はずっとガイアとの繋がりを感じているけど君はどうかな」

「パースの町の中では繋がりが切れていたけど今は繋がりを感じるわ」

「ガイア、オーガスタではありがとう、知っていると思うが、ヨークに寄ってから牧場へ行きます」

<はい、聞いていました、私が運べばもっと早く着けますが、車と一緒に運ぶ事も出来ます>

「ガイア、貴方の心遣いは有難いのですが、車には走った距離を記録する機能があります、ガイアに運んで貰うと距離が合わなくなります、時間が早すぎても不信に思われます、ガイアとの関係は秘密ですから」

「また、あの透明な球に入って飛びたいのになぁ、残念だわ」

<はい、私も残念です、お二人の喜ぶ姿を見るのが嬉しいのですが>

「ガイア、貴方、どんどん感情を口にする様になりましたね」

<ありがとう御座います、エマ、ですが私にはその変化が解りません>

「ガイア、空気の球について考えたのですが、あの球を水中に作れますか、作れたとして、その球の中の気圧を一気圧のままに維持出来ますか」

<・・・今、試してみましたが出来ます、ですが、深くなると球が小さくなって仕舞います>

「やはり一気圧に保つのは難しい様ですね、何か方法を考えます」

<お願いします、私には新たな事を考える力が・・・発想力と言うのでしょうか、不足している様です>

「ガイア、大丈夫よ、彼がその方法も教えてくれるわ、きっとね」

<お願いします>

「エマ、ガイア、暫く私を一人にして下さい、少し考える時間を頂きたい」

「解りました、ガイア、じゃ後でね」

<はい、エマ>

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