第17話 洞窟からの帰り
洞窟の外へ出た二人はバスの運転手が土産物店の片隅の喫茶で飲み物を飲んでいるのを見つけた。
「社長、お願いがあるのですが・・・」
「何でしょう、私に出来る事なら努力しますが」
「私達二人は最後にバスに乗りたいのです、それまではここに居ますので出発する時に呼んでほしいのです」
「何だ、そんな事ですか、任せて下さい、出発直前に呼びますので此処でゆっくりしていて下さい」
「ありがとう御座います、処で、社長自らが運転手とは珍しいのではないですか」
「どうか、私をクローと呼んで下さい、本名はクリストファー・マーチンと言いますが、クローと呼んで貰っています、事務所に居た女性は嫁さんのレベッカです、帰りに声を掛けて貰えれば喜びます、二人が気に入った様ですので」
「では遠慮なく呼ばせて頂きます、クロー・・・、クローとは珍しいニックネームですね」
「オーストラリアでは愛称にオーを着けるのです、有り触れた名前を嫌うのです、私もクリストファーと言う名前は好きなのですがクリスなんて有り触れたニックネームが嫌いでしてね」
「私はセイジ・ウチダです、セイジと呼んで下さい」
「私はエマニュエル・カレンです、エマと呼んで下さい、私はこの名前、とても気に入っています」
「ありがとう御座います、お名前を教えてくれるとは思いませんでした」
「お互いに名乗りあったのに申し訳無いのですが明日からレンタカーで回ります、申し訳ないです」
「いいえ、そうではないかと思ってしました、気にしないで下さい、では、出発する時に迎えに来ます、ごゆっくりしていて下さい」
クローは会計で飲み物の代金を払って去って行った。
最近は世界中に日本人の観光客が訪れているせいかアイス珈琲をメニューに加えている店も多くなっている。
この店のメニューにもあり、二人は勿論、アイス珈琲を注文した。
「エマ、まだガイアとの繋がりを感じませんか」
「貴方もですか、間違いですかね」
「ガイア、聞こえますか」
<はい、聞こえます>
「おぉ、洞窟を出ているのに話せる」
「どう言う事、セイジさん」
「通信と言うか、会話と言うか、には送り手と受け手、話す側と聞く側が必要です、以前のガイアと我々の場合、ガイアの耳は優れていたので我々の声が聞こえた、だがガイアの声は小さくて我々には聞こえ無かった、そして我々の耳は何も聞こえず、口はしゃべれなかった。でも、彼の声が一番大きく聞こえる場所、つまりあの洞窟で初めて彼、ガイアの声が聞こえた、会話が出来たと言う事はあの洞窟はガイアの聴力、聞く力も強い処と言う事ですね」
「素晴らしいわ」
エマは叫ぶとセイジの向かいの席から飛び出し彼に抱き着きキスの雨を降らせた。
エマの興奮が落ち着き抱擁を解き彼の隣の席に座り直した。
「貴方、ガイア、御免なさい、興奮して仕舞って」
<貴方、ガイア、御免なさい、興奮して仕舞って>
<いいえ、興味深く拝見しました、此れからも遠慮無くどうぞ、それから、心の中で言い直さなくても言葉を口にしても私には聞こえます>
<ありがとう>
「ありがとう、やっぱりしゃべる方が会話感が有っていいわ」
「セイジさん、以前は出来なかった洞窟の外でも会話できるのは何故でしょうか」
「エマは解りますか」
「そうね~、セイジさんの説明だとガイアさんの送受信能力が上昇したのか、私達二人の送受信能力が伸びたのか・・・のどちらかだと思うけど・・・違いますか」
「正解だと思います、が両方と言う見方もあります、私も今の処、判別方法が解りません」
「今日はこれから町に戻られるのですね、何処まで離れても話せるかが楽しみです」
「ガイア、多分、こうやって会話の時間が多くなればどんどん可能な距離が伸びると思いますね」
「ガイア、貴方、凄いわ、凄いわ」
「エマ、喜ぶのは早いですよ、これはあくまで私の予想ですから」
「大丈夫です、セイジさんの予想は予知です、間違いありません」
言った本人よりも確信を込めてエマが言った。
窓の外を見ると運転手のクローが手招きをしていたので出発の時と二人は会計に向かった。
「お会計はお連れの方がお済です」
「そうですか、ありがとう」
「ありがとう」
二人はバスへ向かいクローに会計の礼を言ってバスに乗った。
「お二人のお陰で随分儲けさせて貰いました、安いものです」
オーナーでもあるクローの言葉が二人の後ろから聞こえた。
二人がバスに乗り込んだ途端に拍手と歓声が起こり、外から他のバスからの拍手と歓声も聞こえた。
芸能人でも有名人でも無い二人には連日の驚きだった。
二人は只呆れ返って一番前の席に静かに座った。
「私は芸能人には成れないわ、何処へ行っても此れでは頭がどうかなっちゃうわ」
「同感です」
「運転手のクローです、皆さんお揃いですので出発します」
出発して直ぐに後方から声が飛んでき来た。
「前方のお二人にお願いがあります」
二人は座って直ぐに狸寝入りを始めていたので無反応だった。
<ガイアさん、まだ聞こえますか>
<はい、聞こえています、エマ>
<セイジさんにも聞こえていますか>
<はい、聞こえます、ガイアを通して心で話せる様です>
<凄いですね、何処まで届くか楽しみです、ねぇ~貴方・・・しかし、芸能人でも無いのにどうして私たち二人にこうも執着するのでしょうか>
<皆が言うには、エマ、貴方が余りにも美し過ぎるから、その美しい貴方が冴えない中年の白人では無い私と結ばれ様としているから、との事ですが・・・確かに貴方は稀に見る美人です、私は冴えない中年の日本人です、ですが何かそれにしても執着し過ぎの様に感じます・・・私は私たちがガイアと心が繋がっているからでは無いかと思うのです>
<えぇ~ガイアさんと話せるからですか>
<私と話しているから人が興味を持つのですか、セイジさん>
<執拗い(しつこい)、執拗過ぎます、異常です、私の知る限り有名な芸能人だってここまで執拗に追い掛けられません、異常です、セイジさんの言う通りだと思います>
<そうですか、私のせいですか・・・どうしましょう、止めたいですか、ご迷惑ですか>
<どうします~セイジさん>
<エマ、ガイア、まだ私の憶測です・・・でももし当たっていても私は止めるつもりはありません、エマ、貴方は止めたいですか>
<いいえ、止めるつもりはありません、嬉しいです、セイジさん>
<私も嬉しいです、エマさん、セイジさん>
「ハロー、ハロー、本当に寝ているのかい、寝たふりじゃ無いのかい」
「座って直ぐに眠れるもんですか、狸寝入りに決まっていますよ」
二人の直ぐ後ろ座っていた中年の女性が二人を覗き込んで言い合っていた。
「でも起きませんよ、本当に寝ているんじゃないのかしら」
「お~い、前のご婦人方、お二人はどうしているんだい」
バスの後ろの方から尋ねる声が掛かった。
「眠っている様なんだけど本当なのか寝た振りなのか解らないのよ」
「突いて起こして下さい、話を聞きましょう」
「・・・ちょっと待ってよ、今ふっと思ったんだけど、貴方、何でこの二人の後を追ってるの」
「それは彼女がとても綺麗な方だからです」
「貴方、好きな女優はいる???綺麗だと思う女優はいますか」
「最近の女優は覚えていませんがブリジット・バルドー、イザベル・アジャーニ、アン・ハサウェイ、ハル・ベイリー沢山いますが、それが何か???」
「貴方、その中の誰かに会ったとして、此処まで追い掛けますか、何日も後を追い掛けますか???」
「・・・あれ~・・・名前は忘れましたが綺麗な女優に実際に会った事があるのですが・・・あぁやはり綺麗な人だなぁ~で追い掛けたりはしませんでした・・・何故、その女性を追い掛けるのでしょうか???」
「私も今自分の行動が不思議に思えて来ました・・・皆さんはどうですか???」
二人の後ろの席の女性が後ろを向いてバスの乗客全員に尋ねた。
女性の問いに乗客全員が自分の心に問いかける様に無言になり身を固めた。
暫くの沈黙の後、40才位の男性が立ち上がった。
「私はニューヨークで警察関係に務めています、彼女の言う様に自分の行動を考えて見ました・・・はっきり言って異常です、私らしくありません、職業柄ニューヨークでも不意に人の後を着ける事はあります、ありますがそれは何か犯罪の匂い見たいな物を感じた時、行動に不信を感じた時などです、ですがその二人は別に怪しい訳でもありません・・・何故私は二人を追い掛けるのか・・・解らない、不思議です」
又バスの中が静寂に包まれた、それは無線で繋がれた他のバスでも同じだった。
暫くして、今度は中年の女性が立ち上がった。
「私の職業は心理カウンセラーです、彼が言った様に私の行動も私らしくありませんでした、彼女は確かにとても綺麗で魅力的に女性です、ですが私はゲイではありません、ストレートです、では彼に惹かれたのかと言えば彼には失礼ですが見た目は普通ですし身長も低い、では彼女が言っていた彼の知性、知識に魅力を感じているのか??? 私は職業柄沢山の頭の良い方に会っています、ですが後を追い掛けた事はありませんでした、では何故私は二人を追い掛けるのか・・・私は仕事が仕事ですから催眠術には掛からない訓練を受けています、のでその可能性はとても低いでしょう、では私は何故二人の後を追うのか??? 不思議です」
静寂がまた訪れ、若い女性の声がスピーカーから聞こえた。
「私は2台目のバスに乗っている者です、考古学の学生です、私は心配です、私は一体何時まで二人を追うつもりなのか自分でも解らない・・・解らないのです、追う理由も解りません、彼女が綺麗だから彼の考えが独創的だから・・・何か違う様な・・・解りません、二人が国へ帰ったら私は付いて行くのでしょうか、怖い、怖いです」
暫く静寂が続き突然誰かが喚いた。
「私は何故追い掛けるんだ、何故だ、何故なんだ」
「私も解らない」
「何でだ」
「何故よ」
三台のバスの中は泣くもの叫ぶ者、阿鼻叫喚になった。
先頭のバスの運転手がマイクを掴み怒鳴った。
「おい、次に止まれる処で一旦止まるから付いて来てくれ、どうぞ」
「了解」
「了解」
5分程走って行くとバスが5台程止められると思われる処が見えたので速度を落し後ろに2台が止められる様に先頭のバスが止まり後ろの2台も続いて止まった。
ここはオーストラリアである、アメリカと違いイギリスの交通方式で車は左車線を走る、日本も同じである。
「ドアを空けますが車道には出ないで下さい、危険ですからね」
先頭の運転手つまり会社のオーナーが後ろの2台にも聞こえる様にマイクに怒鳴った。
その時、眠っていた彼が運転手からマイクを取りエマに渡した。
「お静かに・・・私は貴方がたが追い掛ける二人の女の方です・・・彼が皆さんが困惑しているのでお役に達なら何でも答える、と言っています、彼は英語が余り得意ではありませんので私が通訳します、勿論私への質問は私がお答えします、こんな場所では落ち着きません、先程、町の会場をセッティングするとの申し出がありましたが、それをお受けします、細かい事ですが会場とその料金は私たちは関知しません、皆さんで決めて知らせて下さい、私たちの泊まるホテルと部屋番号はご存じと思いますので連絡をお待ちします、決して逃げたりはしません、お約束します」
エマはマイクをオーナー兼運転手のクローに返した。
三台のバスの中は静まり返り横を通り過ぎる車の音だけが響いていた。
「運転手の休憩です、5分程休ませて下さい、ドアは開けません」
運転手兼オーナーのクローがマイクで3台のバスの乗客に伝えた。
クローはマイクを置くと直ぐに自分の携帯電話で何処かに電話をした。
「あぁ、クローだ、・・・・・・・・・・・・・・」
クローは10分程電話で話した後電話を切ってマイクを握った。
「今、二人が泊まっているホテルの支配人と電話で話ました、ホテルではショーを行っているホールがあります、観客は300人収容出来ます、そのホールの出し物、つまりはショーとして二人の質問の場を設けても良いとの事です、いかがですか、皆さん」
「わぁ~」「おぉ~」などと様々な驚きと喜びの叫び声が上がった。
歓声と騒めきが続いた。
「運転手さん、運転手さん、う・ん・て・ん・し・ゅ・さ~ん」
歓声と騒めきが徐々に小さくなり、最後は運転手を呼ぶ声だけが聞こえた。
「運転手さん、細かい話ですがその会場の料金は一人幾ら払えば良いでしょうか」
皆が「おぉ~」と言う顔で話した人と運転手を交互に見つめる人が多かった。
「奥さん・・・」
「私は独身です、運転手さん」
「お嬢さん、私も少し修正と言うか追加情報を・・・私は確かに運転手ですが、この旅行会社のCEOでもあるのです・・・そしてその付き合いからホテルのオーナーと支配人とも顔馴染みなのです、支配人が言うにはホテルのお客様の中にもお二人の話を聞きたい、質問したいと言う方がいるそうです、それも可成りの人数だそうです、其処にこの話です、支配人が言うには何時もの舞台の出し物よりは人が入るだろうとの事です、お二人には申し訳無いのですが、そう言う訳で劇場は無料で貸してくれるそうです、但し特別入場料10ドル、お二人には出演料との事です」
またまた大歓声と拍手の嵐となり他の二台からの歓声と拍手もスピーカーから大音量で聞こえた。
「貴方、この場合、日本語では外堀を埋められた、と言うのでしょう」
「その通りです、本当に貴方の日本語の知識は素晴らしいですね」
「では、依頼をうけますか」
「仕方無いですね、そう思いませんか」
「運転手さん、いえオーナー・ミスター・クロー、マイクをお貸し下さいな」
クローはにっこりと微笑みマイクをエマに渡した。
「私は皆さんが望まれる二人の勿論女性の方です、芸能人でも有名人でも無い私達の話をこれ程の方達が望まれるのを断る事は出来ません、先程も言いましたが改めてお受け致します」
またまたのまた三台のバスの中は大歓声と拍手が鳴り響いた。
クローはバスを降り電話を掛けた。
「クローだ、支配人を頼む・・・うん、そうだ、了解してくれた、うん頼む、うん、うん、じゃあ後でな」
クローがバスの中に戻りマイクを持った。
「只今、ホテルの支配人と話しました、会場の確保を確約してくれました、ご安心下さい、但し、入場料は夕食付きで50アメリカ・ドルになりました、ご了承下さい」
三台のバスはもう何度目かの大歓声と拍手に包まれた。
その頃ホテルでもフロントと入口に張り紙がなされ、それを読んだ人々に歓声が起こっていた。
[本日、夜19時より噂の二人の講演会を劇場にて開催致します。
料金は夕食付きで50アメリカ・ドルで定員は300人です、既に125名分が埋まって居ります。
お申込みはフロントへお願い申します]
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