第17話 簪と鈴・後編

「どうした琥太郎! はやくとどめを刺せ!」


次門が琥太郎の様子を見て、苛立いらだったようにそう言う。

しかし、琥太郎は次門の命令を受け付けない。


しばらくその場で苦しそうにうめく琥太郎。

そして力無くしゃがみ込むと、彼は同時に自分の足の甲に刀を突き立てた。


沈黙してそのまま動かなくなってしまう。


「琥太郎!?」


驚いた艶鬼は、琥太郎に駆け寄る。

琥太郎は気絶している様で、呼びかけにも一切反応を示さなかった。


「おのれ役立たずが…。誰かあの鬼を始末しろ!」


次門が吐き捨て、周りの男達に命令する。


一番近くにいた男が艶鬼に掴みかかり、片方の角を力強く握った。


「やっ、やめろ!」


痛みに苦しむ艶鬼は表情を歪めた。

抵抗しようとするが、傷や角が痛み、力が思うように入らない。


「鬼の角は高く売れるらしい。こいつは俺がいただくぞ!」


周りの仲間達に承諾を求めるように言った男は、返事を待たずに握った刀を艶鬼の頭に振り下ろした。


肉を切り裂き、骨を断つ音が聞こえる。




次の瞬間。

艶鬼に襲い掛かった男は、自分の両腕が無くなっている事に気が付いた。


「え…?」


間の抜けた顔をする男は頭上をあおぎ見る。


男が無くした二本の腕は、勢いよく宙を舞っていた。





「…彼女に…触れるな」


かがんだまま刀を振り払った姿で、俺は静かにそう呟く。



状況が飲み込めない男は、次門の方を振り返った。


二本の腕が音を立てて地面に落ちる。

それと同時に、男の傷口から大量の血液が流れ出た。


「ああああああああっ!? 俺の腕がぁぁぁぁ!?」


その絶叫を聴いて、周りを囲む全員が血の気が引くのを感じている様だった。


俺は立ち上がると、叫ぶ男を背後から斬りつける。


斬撃と共に言葉を失った男は、そのまま地面に倒れて絶命した。



「こ…琥太郎ぉ…」


艶鬼は声にならない声で俺の名を呼んだ。

その姿を見ると、髪を乱し、肩からは血を流していた。

地面にへたり込み、声を震わせて涙を流している。



俺が彼女を傷つけた。


歯を食いしばり、刀のつかを握り締める。

俺の中に後悔と絶望、そして怒りが湧き上がる。


「すまない…艶鬼」


そう言って俺は周りを囲む男達の前に出る。


「二度とお主を傷付けることはせん。そして誰にも傷付けさせん! …お主のことは、俺が守る!!」


「二人を殺せ!! 今すぐにだ!!」


次門が叫びをあげる。


その言葉を聞いて、周りの男達は慌てて武器を構えた。


俺は睨みつけてくる男達を一瞥いちべつしてから、静かに言い放つ。


「死にたくなければ、すぐにこの森から去れ。去らぬと言うなら…全員俺が殺してやる!!」


「琥太郎…乱心したか!!」


一人の男が叫び、駆け出す。

それに続く様に、左右にいた男達も陣形を組んで突撃してくる。


俺は息を吸い込み、向かって来る男達に向かって一歩踏み出した。



勝負は一瞬でついた。


男達の間を電光石火の如く駆け抜けた俺は、そいつらの背後に立つと刀を振るって刃の血を散らす。


「ばか…な…」


先頭にいた男がそう呟いたのと同時に、三人の体から激しく血が吹き出し、赤い雨を降らせた。


男達は人形のように、力無く地面に転がる。


「ひいっ…化け物だ…」


次門以外で唯一残った男は、そう口にして腰を抜かし、地面に這いつくばる。

がたがたと歯を震わせながら後退りする。


「ふっ、化け物か…。それじゃあ、化け物同士どちらが上か。はっきりさせようじゃないか」


俺はそう言って、離れた位置に立っている次門に刀を突き向ける。

次門は特にあせった様子もなく、ただ気に食わなさそうにこちらを見つめていた。


「調子に乗るなよ…人間風情が!」


次門はそう口にすると体を痙攣けいれんさせる。

頭の形が歪に変わり、左目が大きく肥大化していく。


「あやつ…妖怪じゃったのか…」


次門の姿を見て艶鬼は呟いた。

露わになった醜い目玉の妖怪を、忌々いまいましそうに睨みつける。



頭に妖怪を宿した次門の体は刀を引き抜く。

同時に妖怪の体から、いくつもの触手が突き出した。


俺はその姿を真正面から見据えて、自分の刀を鞘に収める。


「死ねえっ!!」


目玉の妖怪が叫んで、次門の体が走り出す。

妖怪は大きな目玉を見開いて、俺の瞳を捉えようとしていた。


おそらく金縛りの絡繰からくりは、その目玉にあるに違いない。

そう考えた俺は、瞳を閉じて大きく息を吸い込んだ。


次門は刀と触手を武器にこちらへ向かってくる。


俺は視覚以外の感覚で次門との間合いをはかった。

そして前方に駆け出し、その勢いを乗せたままひと思いに、愛刀を引き抜いて横一閃よこいっせんに斬り払った。



斬撃音の後。

次門の体は胴体と下半身が離れ離れになり、地面に音をたてて叩きつけられた。


「琥太郎! 上じゃ!」


艶鬼の声が響き、俺は目を開いて振り返った。


次門の体から離れて上空に浮かんだ妖怪は、触手を寄り合わせて突き出し、俺に向かって突進して来る。


咄嗟とっさに俺は刀を振るう。

しかしその攻撃はかわされ、妖怪の触手が俺の腹へ深々と突き刺さった。


「琥太郎っ!?」


激痛が走り、俺は口から血を吐き出してしまう。


「馬鹿め! これでわしの勝ちだぁっ!」


勝利を確信した妖怪が叫び声を上げる。


しかし、俺は悲観など全くしてはいなかった。

むしろ懐に飛び込んできた妖怪に対して、嘲笑を浮かべてしまう。


俺は腰の脇差を引き抜いて、体に食い込む妖怪の目玉に向かって勢いよく突き立てた。


「ギャアァァァァ!?」


先程とは真逆の苦痛の叫び声を、妖怪が辺りに響かせた。

俺は頭を妖怪に近づけて、脇差の刺さった瞳をまじまじと見つめる。


「貴様、この世は弱肉強食と言っておったなぁ!!」


「やめろぉぉ!? やめてくれぇぇぇ!?」


「だったら貴様はっ…」


俺は脇差掴んで、腹に刺さる妖怪を引きり出す様にして引き抜く。

そしてそのまま空中へと投げ放った。


放物線を描き重力に引かれた妖怪の体は、地面に向かって落下してくる。


「弱いから俺に喰われるんだよぉっ!!」


俺はその言葉と共に、妖怪を刀で斬り捨てた。


真っ二つになった妖怪は、もはや喋ることもできないらしい。

無言でそのむくろを地面に叩きつけた。




「…終わった」


体から力が抜けていく。

腹から流れ出す血液と共に、俺の全てが外に出て行ってしまう感覚。


わずかな静寂。

そこに、生き残った男の悲鳴が響き渡った。


「ひぃぃぃぃ!!」


まだ終わってはいなかった。

最後の仕上げが残っている。


俺はなんとか体を動かして、妖怪の骸を拾い上げる。

そして怯えている生き残りの元へと近づいていくと、睨みをきかせて言い放つ。


「貴様は大人しく森を出て、人里へ帰れ。そして伝えろ…」


生き残りの男は、目を見開いて俺のことを見ていた。

俺はその瞳に焼き付く様に、わざとらしく大袈裟な身振りで妖怪の骸にかぶり付く。

血肉を口で引き伸ばし、顔を返り血で汚す。


「この森には鬼がおる! 一歩でも踏み込めば、全員命を奪い、喰うてやるとな!!」


「あああ、あああああああ!!」


半狂乱になった男は、叫びを上げながらその場から駆け出していく。



俺はその男が森の中へ消えたのを確認してから、口の中に入れた血肉を吐き出した。


体の限界を迎え、俺はその場に倒れ込んだ。


「琥太郎ぉっ!!」


艶鬼が泣き叫び、俺に駆け寄って来る。


「死ぬな琥太郎! 今河童の薬を用意する! 誰か! 早う薬を持ってこんか!!」


その言葉を聞いて、森に隠れていた妖怪達が次々に現れる。

こぞって大木のねぐらに向かい走っていく。


「安心せい…あの薬があれば、こんな傷すぐに治るぞ!」


「ああ…分かっている。だからこそ、ここまで無茶をできたんだ…」


「馬鹿かお主は! 死んでしまったら元も子もないのじゃ! まことの大馬鹿者じゃぁ! うえぇぇぇん!!」


「泣くな艶鬼よ。お主には笑っていて欲しいのだ」


俺の言葉を聞いた艶鬼は、涙を流しながらもなんとか笑顔を作る。

しずくに濡れたその笑顔が、今はとても美しく見えた。


「うむ、実にあでやかだ…」


「なんじゃ…、いつもはわっぱと馬鹿にするくせに。こんな時にしか褒めてくれんのか」


「いいや…。これからは毎日言葉にしよう。俺はお主と共に生きたい。俺がお主と、この森をずっと守ろう」



艶鬼は驚いた表情をしながら顔を赤くする。

そして俺の胸にうずくまると、嬉しそうにむせび泣くのだった。



狼の様な妖怪が、薬の入ったつぼを引きずって運んでくる。

俺達の周りを小さな妖怪達が取り囲んでいた。



再びオオイタチの時の様な重傷を負ってしまった。

またしばらくは、こいつらと艶鬼の世話になるのだろう。


俺はその日々が楽しみで、にじみ出てしまう笑みをこらえることができなかった。

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