第15話 簪と鈴・前編

夜の闇。

暗い森の中を、いくつもの足音が駆け回っていた。


「はぁ…はぁ…。何故じゃ…何故こんなことに…」


艶鬼は全力で走る。

木々を掻き分け、悲鳴を上げる妖怪達の元へ急ぐ。


「皆…逃げて…」


艶鬼は遠目に倒れている妖怪を見つける。


息はあるようだったが、その側には刀を持った人間の姿があった。


その人間が刀を振り上げる。


「だめじゃっ…。やめてくれぇっ!!」


艶鬼の叫びも虚しく。

刀は倒れている妖怪へと振り下ろされる。


小さな泣き声を上げて、地面の妖怪は絶命した。


「おい! こっちにもいるぞ!」


人間たちの声は艶鬼に向けられる。


艶鬼は涙をこぼしながら、森の奥へと駆け出す。


「これほど人間達が戻ってくるのが早いとは…琥太郎…」


こんな状況になっていると言うことは、琥太郎にも何かあったに違いない。

そう考え、艶鬼は走りながら琥太郎の身を案じる。




不意に、空を切る音が聞こえた。

同時に片足に鋭い痛みを感じる。


飛んできた矢が、艶鬼の足元をかすめたのだった。


突然のことに気を取られ、そのまま艶鬼はつまずいて倒れ込んでしまう。


「っ、痛い…」


「こっちだこっち。囲い込め!」


背後には人間達が迫っていた。

後ろを振り返ると、暗闇の中に複数の松明らしき灯りが見える。


慌てて立ち上がり再び駆け出すが、艶鬼は怪我のせいで思うように走れなかった。




そのまま逃げ続けたが、大木の根本で、とうとう人間達に囲まれてしまう。


艶鬼の周りを半円になって囲むのは、武装した七人の男達だった。


「もう逃げられないぞ! 観念しろ! 妖怪め!」


「ここで息の根を止めてくれるわ!」


男たちは口々に、そのような言葉を艶鬼に投げつける。


四方八方から罵声ばせいを浴びせられ、艶鬼は耳を塞ぐようにして頭を押さえるのだった。


「なんでじゃ! わらわ達が何をしたというのじゃ! どうして放っておいてくれないのじゃ!」


涙を流しながら、艶鬼は叩きつける様に叫ぶ。


その姿を見た一人の男が、腕を上げて周りの者達を静止する。


数歩前へ出て、薄ら笑いを浮かべながら艶鬼のことを眺めるその男は、百目鬼次門どうめき じもんだった。


「別にお前はなにもしていない。しようとしても何もできない。だがそれこそが罪だと思わないか鬼よ」


「何じゃお主は…」


かみしもまとい、人の姿をした次門は、静かな森によく通る声で語り出す。


「世の中弱肉強食なのだよ。どんな生き物だって、その円環の中で生きている。弱者は強者によって食い潰される。そういう運命なのだ」


次門の言葉を聞いた艶鬼は、牙を剥き出しにして顔をしかめる。


「お主の言っている事はまるで理解ができぬ! 皆で助け合い、幸せに生きるほうが遥かに尊い在り方じゃ!」


「そんな発想が生まれる事自体が弱者の証なのだ。生き物として、他を淘汰とうたしようとするのは自然の摂理だ。狂っているんだよ! お前達の価値観は!」


次門は吐き捨てるようにそう言った。

そして気味の悪い笑みを浮かべると、指を鳴らして陣の後ろへと下がる。


「それを思い知らせてやろう。前に出るのだ。私の傀儡くぐつよ」


次門の背後に広がる闇。


その中から、ゆっくりと前に出る人影があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る