第14話 離せぬ視線・後編

それでも命じられたのだから、渋々顔を上げる他無い。


「私の目を見よ。そして真実のみを話すがよい」


頭を上げた俺は次門じもんと視線を合わせる。


その瞳は血走っていた。

眼球が飛び出そうなほどに見開かれ、瞬きを一切しなかった。


明らかな異常さを感じてしまうその瞳から、俺は目を離せなくなる。

見ていて愉快なものでは無かったが、不思議と心が安らぐ感覚を覚えてしまう。


「あ…」


俺は自分の手足が動かないことに気がつく。

体の自由がきかなかった。


一体何が起こったと言うのだろうか。


「さあ琥太郎よ。答えるのだ。あの森に妖怪はおったのか?」


言っては駄目だと、心の中で思う。

しかし俺の口は意志とは真逆に言葉を発してしまう。


「小さき…幼い妖怪が大勢おる。…鬼が一人…森の長だった鬼の娘…」


「森の長だった鬼はどうした」


「死んだ…オオイタチとの戦いで…命を落とした…」


「そうかそうか…」


「っ…。貴様、俺に何をした!」


俺は睨みをきかせて問いかける。

だが次門は俺の話は聞いていない様子だった。

その場を行ったり来たりして、嬉しそうに体を震わせていた。


「あの忌々いまいましい鬼はくたばったか…。それは僥倖ぎょうこう


次門の体が、大きく痙攣けいれんする。

次第におかしな動きを取り始める次門を目の前に、俺は寒気を感じずにはいられなかった。




次の瞬間。

白目を剥いた次門の左目が、大きく膨れ上がった。

骨格ごと奇妙な形に変形した頭から、細い触手のような物がいくつも伸びて飛び出す。


「貴様っ、妖怪!?」


俺は体に渾身の力を込めて、腰の刀に手を伸ばそうとする。

しかし、金縛りにあっているかの如く、体は少しずつしか動かせない。


「動くなぁっ!!」


次門がそう叫ぶと、俺の体は完全に動かなくなってしまう。


「愚かな男だ。わざわざわしの前に姿をみせるとは…」


その声は次門ではなく、大きく肥大化した左目から発せられている。


巨大な目玉の姿をした妖怪が、次門の体を乗っ取っていた。


「あの森にオオイタチを放ったのは儂の計らいだよ。森を牛耳ぎゅうじる鬼が邪魔だったのでな!」


「貴様が…黒幕だったのか…!?」


「そうだ! 狙い通りに鬼の奴は排除出来た様だが、言うことを聞かなくなったオオイタチが今度は邪魔になってしまった。だから仕方なく人間を使うことにしたのさ!」


次門の左目からはみ出した妖怪の体に翼が生え始める。

それはまるで羽化した昆虫の羽の様に、高速で広がっていく。


「お前は見事に奴を殺してくれたよ。そのままお前もくたばればよかったのになぁ!」


「おのれはぁっ…!!」


今すぐに目の前の妖怪を殺してやりたかった。

だが完全に体が言うことを聞かない。


「でもまあ、せっかくだ。お前も俺の玩具おもちゃにしてやろう。こうやって人間どもを一人一人洗脳して、この国を乗っとるのも悪くは無いなぁ!!」


妖怪の触手が、俺の頭に伸びる。

絡みつき、口や耳の穴から体内へと侵入してくる。


「や…めろ…」


次第に呼吸ができなくなり意識が遠のく。

そのまま、俺の体は妖怪の傀儡となってしまう。


「ふふふ…。人間とは実に弱い生き物だ…」


嘲笑を口にする妖怪の声は、もはや俺にはとどかない。


自分ではどうすることも出来なかった。

抗うことが許されない洗脳に、俺は身を委ねる他なかった。

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