第13話 離せぬ視線・前編

その男は里で一番大きな屋敷にいた。


五階建ての屋敷は、周りを高い塀で囲まれている。

この場所が元々何に使われているのかはわからない。

だが百目鬼次門どうめき じもんが里に来てからは、この場所を宿として使っているとの事だった。


大きな門の前に立つ番兵は、俺が名乗るとあっさりと中へ通してくれる。

そのまま女中じょちゅうに案内されて、篝火が照らす薄暗い廊下を、奥へ奥へと進んでいった。


百目鬼次門は屋敷の最奥に位置する部屋にいるようだった。

案内を終えた女中を見送り、俺は装飾の施された扉の前に仁王立ちする。


中にいるのはそれなりに位の高い役人だ。

その役人と、今から俺は駆け引きをしようとしている。

そう思うと、思わずつばを飲み込んでしまう。



俺は意を決して部屋の前から声を掛ける。


板戸を開けて中へ入ると、そこには豪奢ごうしゃかみしもを身につけた年配の男が立っていた。

この男が百目鬼次門だろう。


部屋の中に窓は無く非常に薄暗い。

灯された蝋燭ろうそくの炎が揺らめくと、二人分の影も小さく震えていた。


俺は次門の前まで移動すると、かがんで頭を下げる。


「お主が琥太郎か?」


「左様で御座います」


次門の問いに、俺はおごそかに答える。

次門はしばらく黙って、俺の事を観察しているようだった。


「なるほど…。わざわざ足を運ばせて悪かったな」


俺をねぎらう言葉を皮切りに、次門は俺に質問をし始める。


「話を聞いたが。オオイタチを討伐した後、仲間とはぐれてから七日間も森を彷徨っていたとか…」


「はい。幸い、森の中には食べることのできる物が多く、飢えには困りませんでした」


「そうか。しかし何故森を出なかった。怪我をしていた訳では無いのだろう?」


「それは…。情けの無い事に、道に迷って帰路を見失いました。非常に深い森であったため、あまり無闇に動き回るのは得策では無いと判断し、助けが来るのを信じて待つことにしたのです」


「ほう…。山や森を抜ける手法は様々あると思うが。方々ほうぼうを旅しているお主が、その類を知らぬとは驚きだ」


「…次門殿は、わたくしを買い被っておられる。所詮はしがない侍の身であります。そのような学を私は持ち合わせておりません」


「……まあよいか」


次門は俺に疑いの視線を送っている。

それを肌で感じて、緊張で汗が噴き出てきそうだった。


「お主に聞きたかったのは、あの森の妖怪についてだ」


その言葉を聞いて、俺は内心で身構える。


「オオイタチは討伐されたが、あの森には他にも妖怪が住み着いていると聞く。お主は森にいる間、そういった類いのものと出会わなかったのか?」


「あまり動き回ることはありませんでしたが、妖怪と思える存在には出会いませんでした」


「…鬼を捕らえたという話を聞いたぞ」


「確かに、仲間と合流した際に、檻に捕らえた鬼の姿を見ました。ですが非常に非力で、とても人に危害を加えるような度胸があるとは思えません。あの鬼しかおらぬのであれば、討伐隊を送らずとも大事には至らないかと…」


「ははは面白い。では、お主はその非力な鬼に檻を破られ、腕の傷を負わされたと申すのか」


「それは…」


「私をたばかろうとしても無意味だぞ琥太郎。面を上げよ」


俺は顔を上げたくなかった。

動揺しているのが表情に出てしまっているからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る