第11話 生きておれば・後編

「本当によかった…」


俺が安心してそう言うと同時に、近くの茂みから何かが飛び出してきた。


狼のような妖怪が、息を切らしながら艶鬼の体に飛び込む。


「お主、ついてきおったのか!?」


驚いた艶鬼は、妖怪を持ち上げてから愛おしそうに強く抱きしめる。



「どうして捕まったのだ。森の中であれば、うまく隠れることも出来ただろう」


俺は素朴な疑問を投げかけた。

その言葉をきいて、艶鬼は手の中の妖怪を見つめる。


「こやつが捕まりそうになったのを見て、思わず飛び出してしまったのじゃ…。抵抗したが、わらわの力ではどうにもならなかった…」


艶鬼は鼻声で、落ち込みながらそう答える。


「そうか…。それでこいつは追いかけて来たのだな」


俺は毛に覆われた妖怪の頭を撫でる。

狼の様な妖怪は、控えめな声で甘える仔犬の様に声を上げた。


「…すまぬ。人間の勝手で、森を荒らすことになってしまった」


「なぜお主が謝るのじゃ!? 琥太郎は悪い事などしていない! こうしてわらわを助けに来てくれたではないか!」


「そうだが…。この先、再び人間達が森に入るのを、俺には止められそうに無い。前に偉そうな事を言ったのにこのざまだ」


俺は視線を落とし目を伏せた。

その俺の頬に小さな手が添えられる。


「そのような顔をするな…。わらわは生きておる。生きておれば、住む場所なんぞどうにでもなるではないか」


艶鬼が俺を見つめている。

俺もその瞳を見つめ返す。


「わらわはお主の命を救った。お主もわらわの命を救った。お互いまだ生きておる。ならば、何も悲観する事など無いじゃろう?」


「…そうだな」


俺は強く拳を握り締める。

艶鬼の言う通りだった。


大切なのはこれからどうするかということだ。


「お主は森に戻り、妖怪達を引き連れて、別の土地へ移り住んでくれ」


「琥太郎はどうする?」


「俺は人間の里に戻り、出来る限りのことをしよう」


「しかし、わらわを逃したのがばれたら、ただでは済まぬのではないか?」


「大丈夫だ」


俺はそう言って、艶鬼から離れて刀を引き抜く。

そしておもむろに、自分の片腕を切りつけた。


「なっ、何をしておるのじゃ!?」


驚いた艶鬼は声を上げる。

俺の腕からは静かに血が滴り落ちた。


「お主は自分の力で檻から逃げ出した。こうして怪我をしていれば、皆その話を信じるだろう」


「お主…」


「後は任せておけ。名残惜しいが、お主とはここでお別れだ。お互いに出来ることをしよう」


俺は艶鬼の頭を撫でる。

かんざしに指が当たり、括り付けられた鈴が、小さな音を鳴らした。


「…わかった。お主のことは、決して忘れぬ」


「ああ、俺も忘れることは無いだろう。生きていれば、再び会える事があるかも知れぬ。その時を楽しみにしておるよ」


艶鬼は頭に乗せられた俺の手を取り握る。


しばらくそのままでいたが、意を決したように頷くと、抱えていた妖怪を下ろして、小走りに俺から離れて行く。


「達者でな。体は大事にするのじゃぞ!」


振り向いてそう言った艶鬼に合わせるように、狼のような妖怪は小さく吠えた。


「お主もな!」


俺の言葉を背中に受け、二匹の妖怪は夜の闇の中へと消えて行く。

その後ろ姿を見送った俺は、大きく息を吸って、檻の周りを見渡した。


刀を握りしめ、辺りにある物を手当たり次第に叩き壊す。

飛び散った物資や道具やらが、派手な物音を立てて散乱する。


俺は仕上げに、腹の底から叫び声を上げた。




その騒ぎに飛び起きて、血相を変えて集まってきた討伐隊の男達に、俺は嘘の経緯を説明する。


誰一人疑わずに話を信じ、俺の身を案じる男達を尻目に、俺は小さく笑みを浮かべるのだった。

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