第10話 生きておれば・前編

森を調査していた討伐隊の一団は、夜になると拠点へと引き返すことになった。


生茂る木々の間を抜け、森から繋がる街道をひたすらに歩く。

森の外に野営地があるらしく、俺は男達と共にそこへ向かって進んでいた。



野営地までの道中、背後に気配を感じて後ろを確認すると、何かが後を追ってきていることに気づく。

身を隠しながら這い寄るそれは、以前に俺の枕となっていた狼のような妖怪だった。


襲ってくる気配は無く、一定の距離を保ってついてくる。

おそらく、艶鬼の身を案じて追ってきたのだろう。

彼女を助けたい気持ちは、俺と同じであった。



野営地に到着した俺は、暗がりの中で目を凝らす。

街道から少し外れた場所にある低い断崖だんがいの側には、粗末な天幕てんまくが張られていた。

篝火かがりびで照らされた天幕は、大きさだけは立派なもので、大の大人が七人入っても十分休むことができそうだった。



天幕の中に入り、討伐隊の男達は談笑しながら休息をとる。

そんな中で、俺は男達の輪から外れて一人で思考を巡らせる。


どうにかして、艶鬼を助けてやらなければ。

彼女を捕らえたおりは、荷車に乗せてここまで運ばれた。

道中、彼女とは一切言葉を交わさなかったが、姿を見ただけでひどく落ち込んでいる様子であった。


討伐隊の面々に、あのまま森の中に居座られなくてよかったと心底思う。

あそこには他の妖怪達が居るし、何より外部の者が森の中を荒らすことに、俺はいきどおりを覚えてしまうからだ。



「もう食糧も底をつきそうだ。鬼の件もあるし、朝になったらいったん里に戻ろう」


野営地での男達の会話だった。


俺は少しだけ安心する。

こいつらが次に森に入るまで、ある程度の時間があるようだったからだ。


俺は艶鬼を救い出す算段を整えながら、ひとまず時間が過ぎるのを待った。




数時間後。

夜の闇は深くなり、周りの男達は天幕の中で寝静まる頃合い。

俺は静かに寝床から抜け出すと、少し離れた場所に置かれた檻の所へと向かう。


みなは捕らえた妖怪を恐れているのか、天幕から目に入る場所には、檻を置こうとしなかった。

この時間ならば、起きているのは檻の見張りだけになるはずだ。



檻の前には、今にも寝てしまいそうに頭を揺らす見張りが座っていた。


自然な素振りを意識しながら、俺はそいつに話しかける。


「疲れておるようだな。よかったら見張りを変わろう」


俺に気が付いた男は、眠そうに瞬きを繰り返しながら答える。


「む、琥太郎か。よいのか? お主は七日間も森を彷徨さまよっておったのだ。気を遣わなくてもいいのだぞ」


「森の夜は気が抜けんかったからな、昼夜が逆転しておるのだ。なに、明日になったら荷車の上で寝かしてもらうさ」


「ふふふ、里への道中を我らに運ばせようとは、抜け目のない奴め」


俺の言葉を信じた男は、立ち上がり伸びをする。


「では、すまぬがよろしく頼む。眠くてかなわん」


そう言って、男は寝床の方へと歩いて行く。


俺はしばらく時が過ぎるのを待った。

そして先程の男が眠りについたであろう頃合いを見計らって、荷物と一緒に置かれている檻の鍵を手に取った。


「おい艶鬼よ、大丈夫か?」


檻に駆け寄り、俺は小声で問いかける。

艶鬼は眠っていたのか、膝を抱えた姿のまま、気怠そうに顔をあげた。


「…っ、琥太郎!!」


俺の顔を見た途端、艶鬼は瞳をうるまませて声を上げた。

すがるように檻に駆け寄る。


「あまり大声をだすな。奴等が目を覚ましてしまう」


俺がそう言うと、艶鬼は焦った様子で自分の口を両手で覆う。


「遅くなってすまぬ。お主が無事なようでなによりだ」


俺は音が立たないよう静かに鍵を開ける。

鉄格子の扉が開くと、艶鬼は中から飛び出して、俺の胸に飛び込んできた。


「うぅ…。琥太郎ぉ…」


泣きじゃくる艶鬼の頭を、俺は優しく撫でてやる。

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